なんでもない日2
「じゃあそこの石をいっぱい取っておいで」
と聞き覚えのあるハスキーボイスが応える。
ユウキだ。
彼女は細い木の枝を片手に持ち地面になにやら書き込んでいた。
「数字がまだの人はこれをなぞるように。その時は必ず数字を口に出すんだよ。大人も恥ずかしがらずにね」
たくさんの子どもと数人の大人がぞろぞろと移動し、ユウキが地面に書いた数字を順番になぞっていく。
「いち、に、さん……じゅう。これはたしか……はち だっけ?」
「おじさん、それ、ろく だよ」
「おお、そっか。ありがとな」
一列に並んで順番になぞっていく。
間違えればもう一周。
「石持ってきた!」
先ほど石を取るように言われた少年がユウキの前に、両手いっぱいの石を置いていく。
「これが10の箱ね。こっちが1の箱。最初にあった数だけ石を置いてみて?」
地面に描いた箱を指差すユウキ。
「えっと……最初が6つだったから……」
ここまで見てリリーシェたちにも彼女が何をしているか理解できた。
「計算の勉強ね」
「はい。ユウキさんってとっても頭が良いんです!」
自分のこととばかりに自慢げなマユ。
この国の識字率は決して高いとは言えない。
多くの平民は字が読めないし、商売人とその子でもなければ数の計算もできない。
平民にとって喫緊の必要性とそしてなにより金がないからだ。
字を読めるようになるだけの金銭をかける余裕がないのである。
しかし、字を読めれば、計算ができれば、それだけで役所に重用されることもある。
たとえば冒険者ギルドや商人ギルドの受付がそうだ。
字のかけない依頼人の依頼内容を文字におこし、日々冒険者が納める魔物の素材を金に変える。
特に字が書けないために、ほとんどの平民にとってこれらの職業は門前払いになっている。
代筆だって十分職業として食べていける。
リリーシェはむろん教養として識字もできるし数も計算できるが、隣のエレンは果たして字が読めるだろうか。
それくらいの識字率である。
「あの子たち、とあの人たちね。お金に余裕があるように見えないけど……」
タルミアでは家庭教師は特権階級専用ではないけれど、維持費のために裕福な人間でないと雇えない。
ここに集まった人間は肌も浅黒く毎日の生活で精いっぱいな層に映る。
「マユ、あなたは参加しなくていいの?」
数字文字を教わる機会をふいにするなんてもったいない、そんな思いから聞いてみる。
「私は幼い頃から魔法使いの才能があるとわかっていましましたので、父と母がとても苦労をしながら教えてもらったんです」
その時の教本にも使った『時の迷い人』の絵本は今でも彼女の大切な宝物となっている。
マユの父と母は無理がたたってこの世を去っているが、ただの村人が行うには過ぎた英才教育は確かに彼女に息づいている。
「よし、今日はこんなもんかな。最後になんと、この通りに住んでいる酒場のマスターや果物屋のおばちゃんらがお金を出し合って買ってくれた初代王の絵本を読んであげよう」
冒険者通りの住人の出資により実現した絵本の読み聞かせを始めるユウキ。
『時の迷い人』の影響でローマ数字で書かれた数字はともかくとして、字の読み書きはユウキもまだ得意ではない。
レイナ・クリストファーに簡単なものを教えてもらい、とにかく毎日メニュー表と格闘しながら覚えているレベルだ。
ちなみにメニュー表を置いている店だって店主が字を読めるわけではない。
身分の高い人が来たとき用に置いているだけ。
「始まり始まりー」
小さな観客たちの拍手を合図にユウキは流暢に絵本を読んでいく。
なんなら絵本の文字がなくなって諳んじられるほどのユウキの語りは子どもたちを絵本の世界に引き込んでいく。
そして周りの大人たちは字をすらすらと読むユウキを賞賛の目で見ている。
絵本を購入してもらってから日夜音読をしていたのを知っているのはマユのみだ。
「酒場のマスター主催で、宿代代わりに週に二度、一時間ずつ開いているんですよ」
読み聞かせに配慮して小さな声でマユはリリーシェたちに耳打ちする。
「あの一番前でかぶり付いている男の子。あれがマスターの息子さんです」
彼女の視線の先には三角座りで目を輝かせている少年がいる。
「ずっとやっているんですか? お金はいくらでやっているんですか?」
エレンは自身の娘をここに来させたいようでマユに矢継ぎ早に質問を浴びせている。
「実はですねえ……」
「はい。お終い」
パタンと絵本を閉じる音と共に、上映会は終わりを告げた。
「宿題やってくるんだよー」
散っていく背中に声を飛ばして、彼らを見送ったユウキは腕を上に伸ばしながらリリーシェの下へやってくる。
「待たせちゃってごめん。何かあった?」
一仕事終え、リラックスした様子でユウキは彼女たちに微笑みかける。
「お疲れ様。冒険に必要な物のアドヴァイスを聞きに来たのよ」
事情を説明すると、ユウキはこう言った。
「他は持ち運べる毛布とかがあれば良いけど……そんな長居しないなぁ……。となると、あ、そうだ。10フィート棒だ!」
「は?」
自信満々に答えたユウキの言った言葉は彼女たちに通じなかった。




