大人の女な男
切りのいいところまで。
ストックが。。
「たとえばだけど――」
結んでいるサイドポニーの髪先を伸ばす。髪の先は机に阻まれてアルくんたちには見えていない。
髪を机の下にある彼の足にさわさわと触れさせる。どうせならとローブの中に入り込み、足首辺りを狙う。
「ひゃ!」
「アルくんの足に当たっているものわかる?」
驚き小さな悲鳴を上げるアルくん。
年相応に甲高い響きが、何かいけないことをしてしまった気にさせる。
そんなわずかな背徳感に身を任せる。
「こんなこともできたりして?」
そのまま髪を伸ばし、彼のふくらはぎにまとわりつかせる。
髪は彼を柔らかく締め付け、その先端はどんどん上へと螺旋を描いて登っていく。
「ちょ、何ですかこれ!?」
アルくんは机の下のローブを押さえつけ、得体のしれない何か――俺の伸びた髪――の侵入を防ごうと力を込める。
けれど残念。髪は手で押さえたぐらいじゃ止まらない。
髪先は俺の意思に従い体をはい回り、上へ上へと進む。
「ユーキ何してるの!?」
友人の異常に腰を浮かせかけるリリーシェ。
「とまあこんな風に体の一部を自在に変化、操作できる。無詠唱で」
種明かしとばかりばかりに、そのまま彼の体をぐるぐる巻きにし、ローブの袖から髪先をこんにちはさせる。
「汎用性には自信がある。けど、威力はあまりないかな。やっぱり魔法にはかなわない」
興奮するリリーシェを手で宥めながら、髪を元の長さに縮めていく。
来た道を戻り、するするとアルくんの体を這っていく。
彼は下を向いてうつむいている。
仮面の隙間から見える頬が赤くなっているのはなんでだろう?
「ああああんたアルの中に突っ込んでででで!!?」
俺の努力むなしく、リリーシェは眉尻を上げ顔を真っ赤に変えた。
「年頃の女が男性をまさぐるなんて、破廉恥でしょっ!!」
机の上に手を叩きつけリリーシェは吠えた。
「はれんち? ……あー、そっか」
俺は女の子だった!
みんなを驚かせたいちょっとしたいたずら心だったけれど、髪の毛で異性を拘束するなんて傍から見たら、ど変態に見えるじゃないか。
冷えた頭で隣を見ると、マユちゃんは俺の奇行に固まってしまっていた。
もちろんリリーシェは怒っていて、頼りの綱はアルくんなんだけど……どうだろう。
「ユウキさん……」
「は、はい」
彼は乱れたローブの袖を直しながら、気丈にも俺に視線を合わせてくれる。
仮面越しでも涙目なのがわかった。
そりゃ、恥ずかしいよね……ごめんなさい。
年上の女性に体を弄ばれたんだもん。
「……ユウキさんに他意はないのだとは思いますが、もう驚かさないでくださいね」
「ごめんなさいーー! ほんのちょっと驚かせたかっただけなんです!」
アルくんの紳士で大人な態度に思わず大声の謝罪が出てしまった。
年長者としてごめんなさい!
これからは気を付けます……。
「リリーシェも座って。僕は大丈夫だから」
アルくんに宥められて、ぶつぶつ言いながらリリーシェも席に着いてくれる。
「アルくん、ごめんね」
もう一度彼に頭を下げる。
「いえ、驚いてしまっただけですので……今までユウキさんみたいなタイプの女性は僕の周りには居なかったので……」
痴女なんていないよね!
「それにしても……」
と言って声を落とすアルくんには真面目な響きが戻っている。
話を聞き取りやすいよう四人はそろってテーブルの中心に顔を寄せる。
「無詠唱って凄いものですね……。反応できませんでした」
「そうなんです。ユウキさんはすごいんです!」
と喜ぶのはマユちゃん。
「小手先には自信があるよ」
「――変な使い方をしなければね」
ごめんなさい!
どうにもリリーシェの俺に対する評価はさっきのことでかなり落ちてしまったようだ。
ジト目で俺をにらんでいる。
「相手は貴族よ? アルやあたしじゃなかったら大変なことになってたかもしれないわよ……」
リリーシェはため息交じりの忠告をしてくれた。
レイナさんから始まり、アルくん、リリーシェとなんとなく話しやすい貴族ばかり接したおかげで貴族に対する不信はないけれど、同時に貴族に対する適切な距離感を俺は知らない。
いつかやらかさないように、貴族に対する常識もそのうち彼らから仕入れておこう。
「他には何かありませんか?」
「あとは――――言っておくべきことが一つと言えないことが一つある、かな?」
隠し事の存在は素直に話しておこう。
「まだ何かあるのね……」
「言えないことはあまり重要じゃないから置いといて。もう一つは特にアルくんに覚えておいてほしいんだけど。私は……魔法がすごく効く」
「と言いますと?」
「今の今まですっかり忘れかけてたんだけど。私は普通の人の何倍も魔法の効果が出るみたい。良くも悪くも」
「またどうしてでしょう」
改めて周囲を見渡してから、
「魔力に対する抵抗力がないんだって」
と、告げる。
この世界の住人は、多かれ少なれ魔力にさらされ幼い頃に抵抗力を得るけれど、俺はそうじゃない。
「私は肉体強化も支援魔法も普通の人よりずっと効果が高く出る。けど、マユちゃんやアルくんの攻撃魔法に巻き込まれたら、とんでもなく効くの」
「へえ、興味深いですね」
「だからこれで外部と魔力を遮断してる」
右腕に装着している腕輪をさすりながら、この腕輪が魔道具であると伝える。
「この腕輪があっても完全じゃないんだけど……前に腕輪なしで魔法を食らう実験をしたら」
実験当時を思い出し背筋が震える。
「マユちゃんにちょっとしたウォーターボールをぶつけてもらっただけで、吐いちゃった……」
ウォーターボールは痣が残るかどうかぐらいの威力だったにもかかわらず、水球に込められたマユちゃんの攻性の魔力が体を浸透し、内臓に大きなダメージを残した。
「腕輪を外すことはまずないと思うけど。付けていても私は魔法の影響を受けやすいから気を付けてもらえると嬉しい」
「それはどうしてなかなか大変ですね……」
その後は、アルくんにしてしまった俺の失敗もいつの間にやら話の中に埋もれるぐらい今日の感想をたくさん話した。
マユちゃんとアルくんは魔法使い同士共通点があるのか、熱く魔法の使い方について語り合っていた。
と言っても二人とも控えめな性格なので、静かに熱く、といった雰囲気だった。
最後はアルくんリリーシェそれぞれの従者さんが迎えに来て、時間だと引っ張られていってお開きになった。
さ、俺たちも明日のためにも早く寝よう。
勘定のために立ち上がると、体がふらりと揺れる。
とっさにマユちゃんが支えてくれて、俺は彼女に照れ隠しの笑みを浮かべる。
どうやら浮かれて飲みすぎてしまったようだ。
「やっぱさ、新しい仲間ってうれしいよね」
同意を求めるように彼女を見ると、マユちゃんも口元を緩ませて笑っていた。
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