アルとリリーシェの密談(3人称視点)
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四方を分厚い石の壁に囲まれた部屋に、二人の男女が円卓を挟んで座っていた。
テーブルの上には相当量の羊皮紙が置かれていて、それぞれびっしりと文字が書き付けられている。
ここはアルの私室の一つ。窓もない酷く殺風景だが、代わりに外部に声が漏れる心配もない。
秘密のお話をするには適しているといえるだろう。
男はアル、女はリリーシェ。さきほど女二人組の冒険者とパーティーを組むことにしたその帰りのことである。
「はー、とりあえず無事にすんで良かったわ……しっかしあんな二人組をよく知ってたわね?」
動くたびにガチャガチャと音の出る金属鎧をうっとおしそうに脱ぎながらリリーシェはアルに感心した声をかける。
この部屋で若手冒険者たちの書類とにらめっこした彼女だが、あの二人――ユウキとマユ――の名前は見た覚えがなかった。
「調べてもらった中にユウキさんたちはいなかったけど、冒険者ギルドからの推薦で上がってきたんだよ……あんまりにもリリーシェがダメダメ言うからギルドに頼み込んだんだよ」
ぐっ、と息を詰まらせるリリーシェ。
彼女はアルが調べさせた若手の有望株たちの調査書を見て「男ばかりはいや」「魔法使いに依存しそうだからいや」と駄目出しし、会ってみても「言葉づかいが乱暴だからいや」「卑屈な態度が気に入らない」と言って全然話が進まなかった。
冒険者を志す人間は大なり小なり勢いのある人たち――誤解を招きかねないが、乱暴者たち――だと家庭教師から聞いて育ったアルとしては、リリーシェの基準に沿える冒険者がいるのかと頭を悩ませる。
彼がユウキたちに話した事情に嘘はない。
親から人を見る目を鍛えてこいと申しつけられて早一ヶ月。最初の一歩から躓いてしまって、どうしようか途方に暮れかけていた。
机の上に広げられた冒険者たちの選考が散々な結果となってしまうに至って、焦った彼は冒険者ギルドに事情を話し条件に合いそうな人材を推薦してもらった。
それがユウキとマユの二人組。書類が届くや否や彼はリリーシェに詳細は伏せたままで会いに行くことにした。
彼女が目を通せば「計画性のないやつらはいや」と一蹴するのが容易に想像できたから。
「ユウキさんたちの詳細だよ。見る?」
「うん。ってどこに隠してんのよ……」
本と本の間に隠しておいた羊皮紙を取り出し、リリーシェに手渡す。
「えっと……まずはマユからね。なになに……。
マユ。冒険者ランクC
性別は女。出身はナーナ村か。わりと遠いわね。
踊る兎亭を拠点に活動する冒険者。
現在二人組で冒険を行っている。
水魔法の素養がある。初級水魔法使いか。
誰に対しても穏やかで礼儀正しいが、やや自己主張に欠ける。
他冒険者の引き抜きに乗ったことはなく、友人のユウキと常に行動する。
野草に詳しく、依頼ついでに採集している姿がよく見られる。
特記事項は……比較的安全な依頼を受注するため常に金欠なようだ、ね。
ユウキと共に『ショウエネ』という謎の戦闘スタイルを取るが詳細は不明、か。なんなのかしら?」
「あそこ一帯の冒険者は、大成功する人は少ないけど自分の脚で冒険者を辞められる人も多いって聞くよ」
冒険者はごく一部の英雄とそこそこの蓄えを持って引退できる者たち、そして大多数の物言わぬ屍となる者たちで構成される。
同族は惹かれあうのか宿屋の店主の人柄か、性質の似た冒険者はだいたい同じ地域を拠点としている。
ユウキたちの拠点とする踊る兎亭は、冒険者にしては慎重な人が集まりやすい。たとえば斥候を探したければこの地域でスカウトするのが無難だ。
「次はユーキね。ウを発音するのね……難しいわね。
ユウキ。冒険者ランクD。ウッドクォーク単独撃破功績あり。……やるわね。
性別は女。出身は不明。
踊る兎亭を拠点に活動する冒険者。
性格は寡黙で冗談好き。……何よそれ?
登録クラスは拳闘士。前衛ね。
マユと共にパーティーを組んでおり、舵取り役。
ギルドの実施する講習にかなりの頻度で顔を出していた。
特記事項は……魔道具、腕輪の所持。能力は未鑑定……そういえば腕輪を付けてたわね」
「最後がパーティー評価だよ」
アルは裏面を見るように伝える。
「パーティー名未確定。ランクはC。
依頼に対して真摯な姿勢を持っている。
若い女二人組の珍しいチームなため初心者からベテランの間まで様々な意味で注目を集めている。
新人冒険者たちにしては穏和なため職員間の評価が高い。
すぐに解散するかどこかに併合されるかと予想されたが、二ヶ月間メンバーの変更はなく堅実に依頼をこなしていく。
依頼受注傾向は採集依頼と比較的容易な討伐依頼を中心とする。
討伐依頼ではときおり火を放つことが確認されている。
役割分担の観点からユウキは限界を感じており現在メンバー探しを行っているが難攻している。
女性二人組――男性のみで構成されていない点、魔法使いと戦士間の待遇が適正である点、無用な争いは避ける性質、両名とも他者への気配りができ、頭の回転も悪くない点をもって推薦する、か」
「火を放つんだってさ。火魔法を扱う僕と相性が良いかもしれないね」
「……実際会ったら気の良さそうな人だって思ったから反対しないけど……なんだかパッとしないわ」
素直な感想を言うとアルは手厳しいねと笑った。
「リリーシェが満足する基準の冒険者は若手と言われるレベルじゃないんだよ。それに推薦なんだからユウキさんたちは期待されてるんだ」
「ふーん、えらくユーキたちの肩を持つのね。気をつけなさいよ。ああいうタイプはきっと腹黒なんだから!」
「いや、そういうんじゃないよ……」
ごく短い時間しか座っていなかった食事の席で、毒見役をしていたリリーシェと結局エールも飲まなかったアルにユーキは気付いていたんだろう、と彼女は思う。
だからわざわざ部屋を出るときに「食べられるものをもってくるよう」忠告してきた。
貴族の間では毒見は当たり前とはいえ、庶民でそういう所作に気付くところが彼女たちが推薦された所以だろう。
「それに会ってわかったんだ。あのユウキさんのはめていた腕輪、たぶん魔封じの腕輪だよ」
「魔封じの腕輪……?」
彼女たちの出身はどこだったか、と羊皮紙を見直してみると、マユはナーナ村出身だった。
魔封じの腕輪、ナーナ村、そして二か月前、リリーシェには三つの符号で思い当たる人物が一人いた。
二か月前、信頼していた冒険者仲間に裏切られ危うく命を落とすところだった次期領主筆頭の女魔法使い。
彼女は魔封じの腕輪を両腕にはめていたのに、帰って来た時には一つなくなっていた。
「レイナ様……」
「魔封じの腕輪は心配な友人にプレゼントしたって言ってたよね」
「……うん。レイナ様が信頼したんだったら、信用できそうね」
レイナは信じていた冒険者に裏切られたのだから彼女の人を見る目は証明されていないのだが、リリーシェはそんなこと気付かない。
「そういうこと。ユウキさんのことは今度会ったときにでも聞いてみるよ。それよりようやく僕らも動き出せたんだし、明日は頑張ろう」
冒険者の街タルミア。
たとえ貴族の間で慣習的に行われている人を見る試練であったとしても、有力な冒険者とパイプを繋いでおくことは無駄ではない。
冒険者の多いこの街では彼らを味方につけることで得られるメリットは他の街とは段違いだ。
頑張ろう、二人は心の中でそう強く決意した。
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