初依頼の朝
「そうですね……依頼毎に銀「待ってください!」
元気に挙手するマユちゃん。
「報酬なんですが、普段は無報酬で依頼報酬は適正分配。代わりにアルさんたちが世界樹の枝を手に入れるときに私たちにも分けてもらう、というのはいかがでしょう?」
どうでしょう、といささか興奮した面持ちの彼女。
「えー、それはどうだろ」
「駄目ですか……? 世界樹の枝を探し求めるなんてドキドキしませんか?」
「……あちらさんが良いって言えばいいよ」
アルくんたちにどうかなと聞いてみる。
俺が冒険者らしい『冒険者』に憧れがあるように、マユちゃんは英雄を見たい願望を持っている。
幼いころから擦り切れるほど読み込んだ『時の迷い人』の絵本に影響を受けているから、根なし草の貧乏暮らしの俺を見捨てず一緒にパーティーを組んでくれているんだろう。ありがたいことだ。
彼女にとって、世界樹の枝なんて特別な武具を手に入れる機会はまさに天啓だろう。
まあ、俺としても面白い冒険になりそうだから反対はない。
お金だって節約すればなんとか生きていけるもん。
「……確約できません。……が、出来る限り尽力します。それで納得いただけるなら……」
マユちゃんは満面の花を顔に浮かべる。
話は決まったね。
「それじゃこれからよろしくね、アルくん。リリーシェ」
四人みんなで握手を交わした。
最初は棘のあったリリーシェも、アルくんが仮面を取ったときの反応ぐらいから抜けていき、最後は率先して握手してくれた。
存外さばさばしてて付き合いやすいタイプなのかもしれない。
「では、とりあえず明日にでも簡単な依頼を受けてお互い親睦を深めましょう」
「「異議なし」」
別れよう彼らが扉に向かったところで大事なことを思い出した。
「あ、忘れるところだった。アルくん」
「はい。何でしょうか?」
ドアに手をかけたまま振り向く彼にイタズラじみた口調で、
「明日はちゃんと『食べられるもの』を用意しとくんだよ? 体は資本」
と、彼にお弁当を持ってくるよう伝える。
アルくんは毒見なしでは食事のできない人だ。気付いたのは偶然だけど、酒場でエールにも口をつけていないことから明らかになった。
「私たち、もやしばかり食べていますけどね……」
「うぐぅ……」
マユちゃんの軽口に反論できず胸を抑える。
「……御しやすいと思われるかもしれませんが、あなたたちを選べた僕らは本当に幸運かもしれません。ユウキさん」
「ありがとね、ユーキ。マユ」
控えめに微笑むアルくんと歯を見せて笑う対照的な二人組はドアを閉めて出ていった。
「緊張しました……」
マユちゃんはへなへなベットに倒れ伏すと、そのまま枕に顔をうずめてしまった。
あの二人相手に相当気を張ってたんだね。
「明日から、新しい冒険だ」
これからも宜しく、という思いを込めて彼女の頭に手を置く。
「明日ユウキさんの凄さ見せつけちゃいましょう!」
「いやいや、それを言うならマユちゃんの方だよ」
寝ころぶマユちゃんに手を貸して起こしてあげる。
「さ、食べ損ねた晩御飯を食べに行こう」
「はい」
二人連れ添って音の出る古い階段を下りていく。
階段を下りきると、夜も更けはじめているのに収まらない酒場の喧騒が俺たちを温かく迎えてくれる。
「マスター。さっきのシチューまだ残ってる? それともやし炒め」
―――――
鳥が鳴き始めるより早くベットから体を起こす。隣のベットの上は丸く膨らんでいて一定のリズムで上下に揺れている。一緒の部屋で寝始めた頃は、彼女の方が早起きだったんだけど。農家ならともかく、冒険者はこんな早く起きる必要ないもんね。
軽く髪を手櫛で伸ばし、麻の紐で後ろで括る。どうせ女性になっちゃったんだしお洒落な髪型にも挑戦してみたいけれどやり方がわからない。簡単にできてちょっと見栄えのするサイドポニーがお気に入りだ。
そして革の靴に足を通して酒部屋を出る。
夜遅くまで賑やかな酒場はまだやっておらずまだ無人だ。もう数時間もすれば宿泊している冒険者が起きだしていつものように賑やかさを取り戻すだろう。
店を通り抜け裏手に出ると、少し開けた空き地に出られる。その空き地には店で使うための丸太がまとめて置かれている。
夜霧に濡れた野草を露出したふくらはぎに感じながら、空き地で入念なストレッチをする。
いつもの朝だ。
何故朝一に起き出すかというと店の手伝いで薪を作るためだ。
宿代をわずかでも浮かすためと、身体強化』の練習のために積極的に行っている。
ちなみにマユちゃんはその日余った魔力を水に変えて店に提供している。共同風呂と食器洗いに使用するための水だ。
「やるかー。……肉体は限界を超え、眼前の敵を打ち砕かん『身体強化』」
気の抜けた宣言とともに身体強化の詠唱を始める。
魔力が血液のように全身を巡るイメージとともに、体の奥から活力が湧いてくる。
「今日は依頼も受けるから、一本にしておこう」
一番上に置かれている目測六メートル近い長さの丸太を両手でグッと持ち、空き地の中央に降ろす。落とすと大きな音がでてしまうから慎重に。
太ももから抜き出した小型のナイフを均等な感覚を目標にして投擲する。
一本、二本、三本と投げられた順にナイフは深々と丸太にヒルト――根本――まで突き刺さる。
「いつも思うけど……弾丸かよ」
だいたい均等に刺さった三本の埋まったナイフを『楽に』抜き取り、また目印として投擲していく。
その作業を端まで行った後は、目印に向かって鉈を振り降ろ――そうとして止めた。
辺りを見回して未だ人気が全くないのを確認する。
「たまには思いっきり練習しとかないと……」
腕を長く、巨大な鉈のような形状に変化させ硬化させる。さっき使おうと思っていた鉈よりも刃渡り一メートルぐらい長い長さだ。
「せーの!!!」
気合いを入れて振り降ろした腕で丸太の幹に大きな裂け目を作ることができた。
「さすがに一発は無理か……」
だけど後二度も叩きつければ割れそうだ。
「……!!」
あとは無言で腕を叩きつけた。
「ふう、これで薪は出来たね」
額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
久しぶりに力いっぱい肉体変質を使えたのが存外楽しくてつい最後まで変身したままやってしまった。
魔力の温存をしたかったのに……。
「普段はこっそり部屋で練習してるだけだもんなあ……」
誰にともなく言い訳をしながら薪を纏める。すでに空は赤く染まっている。
朝を告げる鳥の声を聞きながら、一仕事した充実感に酔いしれる。
「よっし、ギルドまでランニングしよっ!」
身体強化は使わず走り出す。無理せず体が温まるぐらいの速度で。
「おはよう。良い依頼ある?」
人前用に取り繕った口調でギルドの戸を開ける。
「緊急事態じゃないならもう少し後に来てくださいよユーキさん……まだ本日分は受け付けてません」
夜番担当の若い職員が溜息を吐きながら、くまになった目の下をこする。
「まあまあ。見に来ただけだから……これとこれかなあ」
数件の依頼に目星をつけて、ギルドから出る。
普段は朝食を取ってからのんびり見に行くんだけど、せっかく新しい仲間と依頼を受けるんだから幾つか候補を見つくろっておきたかった。
……もっとも、彼らとの合流が遅ければ条件の良い依頼は他の誰かが受注してしまうのだけど。
「良い天気だね」
空は快晴。余計な荷物も必要ないし、初めてのパーティーで冒険するにはうってつけだ。
切りがよくなかったのでいつもより長めです。




