自己紹介
あっちが訳ありならこっちの詮索もされづらいですよね?
最後まで口には出さず微笑むマユちゃん。こういう腹芸がさらりとできるのは非常に頼もしい。短い間だったけれど確実にレイナさんからの影響を受けたんだろうね。
それとは別に、何となくだけど口にせずとも伝え合えるってのは心地良いものだ。
マユちゃんの思うように、アルくんはあからさまに訳ありだ。
それは豊かな服装をしつつも詮索しないで欲しいと仮面を着けていることから明らかだ。逆に目立っているけど。
そんでリリーシェは付き合いの長い友人、かな?
お付きの人にしては自己主張が激しすぎると思う。
俺としてはわかりやすい地雷は回避したいところなんだけど……。
アルくんもリリーシェも、もちろんマユちゃんも含めて、子どもなんだよね……。
どうにも俺は『子ども』に弱いらしい。自覚もある。
レイナさんやナーナ村の子どもたちを見捨てられなかったのも、心の奥からここで逃げちゃ駄目だと脅迫的な感情が浮かんできたからだ。
むろん彼女らは平和ぼけしている俺に守られるほど心も体も弱くない。
レイナさんなんて一人で村を潰せるぐらいだ。
目の前の怪しい二人組だって見た目高校生ほどの年齢だとしても、俺よりずっとしっかりしているのかもしれない。
いや、今日明日の食事に困ってもやしを頬張る大人よりしっかりしているのは間違いない。
それでも、気になってしまうのだ。
自分で思うけど、悪い意味で甘い……。いつか悪意に騙されるんだろうね。
はあ、と溜息一つ。
「こっちはひとまず良いよ。そっちはどう?」
「うーん。僕もユウキさんたちと組むのは賛成ですが、『自己紹介』をしあってからにしませんか?」
「そういえばそうだった……気が早かったね」
余計なことを考えてばかりで、肝心なところが抜けていたのに気が付いた。
『自己紹介』をしていなかった。
食事をごちそう頂いていることと、パーティーメンバーになれそうな人たちが来たことに頭がいっぱいになっていたけど、良く考えれば何のためにパーティーを組むのかもわかっていなかった。
『自己紹介』は冒険者としての目的や現状なんかを伝えあう行為のことだ。
恥ずかしくなって、つい指先でポニーテールをくるくるといじってしまう。
「私たちは前衛が拳闘士の私、後衛が水魔法使いのマユちゃんの二人組だよ。私がDランクで、マユちゃんがCランク。パーティーランクはD。パーティー目的は胸躍る冒険を夢見て小銭稼ぎ中、ってところかな」
日々赤字という魔物と戦っております、とまでは情けなくてボケられなかった。
もう少し気のきいた冗談も言えるようになりたい今日この頃である。
「僕はアル、こちらの女性はリリーシェです。先ほどリリーシェが言いましたように、僕は火魔法使いでリリーシェは重騎士です。二人ともFランクで、パーティランクはまだ申請していないので未設定です。いずれ世界樹の杖を手にしたいのですが、週に一度か二度ぐらいしか依頼を受けることができず……」
「おおう……」
世界樹の杖。
魔力を蓄える性質をもつ世界樹の枝を素材にした杖は、周囲の魔力を取り込み術者へ還元する優秀な魔道具だと聞いた。
魔力切れを心配しないですむようになるその杖は全ての魔法使い垂涎の魔道具である。
魔力切れのない魔法使いは、投入すれば国家同士の争いであっても戦局を左右しかねないほど強力であるため、領主が許可した者だけがそれを手にすることができる。
「領主様に認められるぐらいの冒険者になるってこと、ですか?」
マユちゃんが思わず声をあげる。
気負いなく発せられたアルくんの宣言は、冒険者としてトップクラスになるつもりだと当たり前のように告げている。
夢物語として語る将来の像ではなく、確かな道筋を予定しているように落ち着いたものだった。
「……詳しい話は部屋で聞くよ」
「え? そうなんですか?」
戸惑うマユちゃんの手を引いて席を立つ。
酒場には様々な職種の人間がいる。
黙々と食事をする鍛冶屋や神経質そうな道具屋、上司の愚痴を言う兵士であったり、今日の戦果を語り合う冒険者が明日のための情報交換を行ったりと目的は多様である。
そしてそこで交わされる言葉は単なる噂に留まらない価値を持ち、情報の売買を専門にする人だっている。
週に一度ぐらいしか活動できない素生の知れない冒険者が世界樹の杖を手に入れるなんて、まっとうな方法でないはずだ。
壁に耳あり障子に目あり。気をつけておくにこしたことはない。
「『保護者』が部屋に来いだってさ」
「くそ、顔よりも年齢だったのか……読み違えたな」
「いや食事じゃねえか?」
「おごりは重要じゃないって前に結論でただろ」
「低年齢に賭けてたやついたか? エール配るぞー」
聞き耳をしていた一部の冒険者がニヤニヤ笑いながら俺たちを見送る。
お返しとばかりに先輩冒険者たちをジト目で睨みつけるが効果はない。
この酒場兼宿屋を拠点にして二か月。
先輩冒険者たちは悪い人たちじゃないし気にかけてももらっているんだけど、賑やかな酒場は内緒話にはちょっと向かない。
睨みつけるついでに俺たちの座っていたテーブルに目をやると、まだ温かい湯気を放っているシチューの大皿と、飲みかけのエールがある。
もったいない、食べてから話せば良かったと後悔が襲いかかるが、あるものを見てすぐに引っ込んだ。
一つだけなみなみと注がれているエールがあった。他の三つは大なり小なり減っているが、そのエールは口も付けられていないのだろう。
そこに座っていたのは誰だったか。すぐに年端もいかない少年に思い至る。
「今度は冷めてもおいしいものをみんなで頼もうかな」
相手の事情なんて構わなければいいのに、ちょっと関わってしまったらおせっかいを焼きたくなる。
彼に何ができるってわけでもないけれど、話がうまくまとまれば安心して食べられる食事ぐらいは用意してやろう。
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