夜に紛れろ
きりの良いところまで。いつもよりほんのちょっと長めです。
2016/5/22 誤字脱字が目に付いたので修正です。
依頼はこれで達成だ……問題は、ない。
「まかり間違って俺たちが貴族になれたらお前はどうするよ?」
「んー、そうだなあ……俺は」
……しかし、レイナさんへの悪意が見えているのにみすみす逃がしていいか心に引っかかる。
戦って勝てるかは不明。
あたりは真っ暗闇で、光源は彼らの持つ松明だけ。
この条件下でスライム状になれる俺を見つけることができるだろうか?
俺なら無理だ。
天秤は恩人への借りを返す方へ傾きつつある。
どうする?
体の重心が変わるのを感じる。袋を男の一人が背負ったんだ。
時間はもうほとんどない。
「レイナ様を嫁にして今度は領主を目指しちゃおうかな」
そりゃいいや、と夢物語を描く男たちの言葉に心は動いた。
一人は置いていってもらう。
「肉体は限界を超え、眼前の敵を打ち砕かん『身体強化』」
「ん? 何か聞こえたような……?」
全身に温かい魔力が満ちるのに続いて、肉体変化で先端が尖った槍先を三本作りだす。
速やかに袋の中から男の無警戒な背中に射出。射出。射出。
「ぐっ、が…」
男は背後からの奇襲には対応することはできず倒れ伏す。
その隙に俺は袋から脱出し元の体に戻る。
「おい、敵だ! 助けてくれ!」
足を上げ、何が起きたのかと夜空を見上げようと体を捻った男の脚を踏み抜く。
身体強化の有無は、大人と子どもの力量差よりも大きな差だ。
元々身体能力に優れているこの体は容易く男の膝をくの字に曲げる。
足下の男が魔術師でなければ、これでリタイアは間違いないだろう。
先制したアドバンテージを生かすため、即座にその場を離脱し鬱蒼とした藪に身を隠し距離を取る。
足に絡みつく雑草は身体強化の力で強引に引きちぎった。
「はあ……はあ……。やって、やっっちゃった……」
荒れる呼吸を溜息とともに吐きだす。
明かりは頼りない月明かりと、もう一人の男が持つ松明の一本きり。
松明持ちに居場所は掴まれていないと思うけれど、足を折った男が逃げた方向を見ていただろう。
どこでもいいから移動しなければ。
――いけないんだけど、
「足が震えて立てないや」
さっきは無我夢中で攻撃したけれども、一旦状況が変わり熱が冷めると軽々しい行動をしてしまったという思いが頭を巡る。
「早まったよなあ……」
運良く、たぶんきっと、男の一人は無力化に成功したからいいものの、相手の力量もわからず攻撃をしかけるなんて無謀だ。
俺の役目は事態を把握したら安全な場所に逃げることだったはずだ……けれども、レイナさんが酷い目にあわされるかもしれないと思ったらつい体が動いてしまった。
この世界に来てから二週間。
生き物の命を奪うことに抵抗はなくなってきていたが、人を襲うなんて大それたことをしてしまうとは……。
以前戦った冒険者は、戦わなければ命が危険にさらされていた。
しかし今回は自分の意思で、明確な戦意――殺意――でもって攻撃を開始した。
「……やるしかない」
やってしまった――その感覚に溺れたい誘惑に負けそうな心を絞め直す。
やるしかないのだ。泣き言なんて言ってられない。
心の中で言い聞かせながら根性無しの脚を上下にさする。
レイナさんは絶対に喜んではくれない。それどころかきっと怒られる。けれど、出会った時の彼女を思い出す。レイナさんは一人ぼっちなんだ。
……やるしかない。
根性が入った脚をほめながら、顔を上げ草の隙間から男たちを見つめる。
松明を持った男は用心深く、それを振りながら足元を照らしている。
何を考えているのか大声で叫んでいる。
「ここにいるのはわかってんだぞ。出てこい!」
その明かりの先に居るには居るが、まだ距離がある。
「とっとと諦めて出てこい!」
今度は明後日の方向へ松明を向ける。
背中がガラ空きだ。
とはいえ相手の戦力は未知数。まともに戦う気はさらさらない。
男の隙をつき、大きく孤を描いて距離を取る。
ザワザワと草のが擦れる音が鳴る。地面の小枝が音を立てて割れる。
「そっちだったか!?」
叫び声とともに松明が大仰に振り回される。
が、彼の照らした先には何も見えない。
松明の男を中心に反対まで来て、スライム状態を解除。
また、音を鳴らしながら移動を開始する。
そしてすぐにまたスライムになって薄く広がる。
男が光を向けた頃には、すでに何もいない。
月明かりだけが夜を照らすこの状況で、草陰に薄く広がるスライムを見つけられるはずもない。
「くそ、くそ……!」
何度か繰り返していると男は悲鳴ともとれる声を出しながら手をかざす。
「全てのものは眠りにつけ! 『スリープフォグ』!!」
男の手が一瞬光ったかと思うとかざした手の前方に白い靄が広がる。松明で照らされなければ見えもしなかっただろう。
そして男は霧が薄くなるのを見計らうと松明を掲げ、霧の広がった範囲を雑に捜索し始めた。
「ひひひ、これでもう大丈夫だ。化け物め……」
誰にもばれずに泥棒できたのはこの魔法があったからだろう。
どんな効果かは推測しかできないけれど、魔法抵抗力を高める腕輪を受け取っておいてよかった。
今はあの腕輪は袋の中に入っているので、白い靄に包まれたら無力化されてしまうのは間違いない。肉体変化を解除してすぐ逃げてきたので裸なんだ。
服も何も来ていないため、身体強化がなければ体のあちこちを切っていた。
本当に身体強化はすごい。
さて、男に付き合ってやる必要はない。
男は叫びながら居も居ない俺を幻視して探し回っている。
男は俺の姿を見ていない。気がつけば相方が倒れていて、元凶を探してみればキツネに化かされたよう。見られているのに、見つからない。
害意を持った相手――俺――の意図もわからぬまま、大声を出して探し回っている。
十分に距離を取れたので、脚を折った男の下へと向かう。
折れた脚を引きづりながら必死に歩いたのだろう、荷物を運んできた荷車に持たれていた。
男の脚をすった跡が轍となっていたので追いかけやすかった。
「くそ、あのバカ何をぐずぐずやってるんだ……」
小さな声で相方を罵倒する男は、自分の服を裂いて脚に添え木をしているところだった。
さすが冒険者、こんな事態でも落ち着いて冷静に治療ができるんだね。
しばらく、といっても一分か二分程度だけど、様子をうかがっても俺の接近に気付いた様子はない。
「やるぞ……」
両腕を硬化させ草陰から男に飛びかかる。
「うわ!?」
身体強化を使用していたのか、固い感覚はあったものの呆気なく男は意識を手放す。
「逃げ出そう……」
置き去りにしていた麻袋から着ていた服を取り出し、さるぐつわ代わりに噛ませる。
レイナさん曰く、捕縛の常套手段だそうで、この世界ではしゃべらせないことが一番大事なんだって。
服は男の拘束に使ってしまったけれど、魔法の腕輪だけは手に装着する。
これは命綱だ。自分は魔法耐性が非常に低いらしいからね。
意識のない男を麻袋に詰め、森の中へ運び込む。
大の大人程度、身体強化があれば苦にもならない。
あとは朝が来るまで身を潜めて、ナーナ村に帰るだけだ。
松明を持った男はしばらく相方を探していたが、やがて悲鳴を上げてどこかへ走り去っていった。
気持ちはわかる。
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