レイナさんの思惑
「私、レイナ・クリストファーの前で、ユウキさんが『時の迷い人』であることを公言しないと誓えますか?」
思わず変な声を上げてしまった。
誓うって、そんな口約束でいいんだ。
人の口に戸は立てられないものだけど……いいのかな。
それか、レイナさん――身分の高い人――の前で誓うというのは強制力を持つのだろうか。
マユちゃんの表情を盗み見ると、真っ青になって震えていた。
見ていて可哀想なぐらい、今の言葉に動揺している。
「私としましては、言わないと誓ってさえ頂ければ素敵な提案だと思います」
にこりと微笑むレイナさんはいつも通りだが、マユちゃんはどんどん顔色が悪くなり、そのギャップが恐ろしい。
「あ……う……」
「『時の迷い人』だと公言しないと誓えますか?」
そうか!
思い当たることがあった――何かしらの魔法による束縛だ。
それもかなり強力な契約魔法なんかが存在する可能性がある。
俺の知らない共通認識が二人の間にはあり、それが今の状況を作りだしているのだ。
「わ、わかりました。誓いましょう!」
絞り出すようにか細い声で、しかし確かにマユちゃんは言った。
何か引っかかる。
だけどそれが何かがわからない。
「では、私、レイナ・クリストファーが命じます」
いつか聞いた言葉と共に、レイナさんの体から視認できるほどの魔力が溢れ出る。
魔力というものがまったくわかっていなかったこれまでは気が付かなかったけれど、レイナさんの持っている魔力量は尋常ではない。
今彼女から漏れ出ている魔力は、制御しきれていない魔力で、大本は彼女の体の中でドロドロと粘度を増して渦巻いている。
「うっ……」
レイナさんを見ているとあまりの魔力溜まりに気分が悪くなってしまった。
俺が必死で絞り出せる魔力のうん十倍もの魔力量が次の一瞬のために使われようとしている。
恐ろしいのに、彼女の次の言葉がききたくてたまらない。
耳を揺さぶる心地よいメロディーに頭がとろけそうだ。
ただ、嫌な予感がする。
彼女の言葉を聞き続ければ、俺たちの間に決定的な溝が生まれる、そんな予感だ。
「『汝、マユは、ユウキ・ニシムラが時の迷い人だと公言してはならない。もし、その意思をもったときは――』」
レイナさん――今は魔力の塊にしか見えない――が頭を下に向ける。
躊躇った、俺はそう直感した。
その先をレイナさんに言わせてはいけない!
「自が「スト――――――プ!!」 ……え?」
机をバンと叩き立ちあがる。
あまりに強く叩いたせいで、カップが大きな音を立てて床に落ちてしまったが気にしない。
「なんでしょうユウキさん……?」
魔力がすっかり四散したレイナさんが戸惑いの言葉を口にする。
さっきまでの異様な雰囲気はもう残っていない。
「俺のことは良いよ。自分でなんとかするから……」
「そう、ですか?」
レイナさんの疑惑の視線。
ここで彼女への対応を一歩間違えれば――ないとは思うけど――さっきの膨大な魔力が俺に向けられることだってあるかもしれない。
魔法使いは怖い、以前彼女が口にしていた言葉の意味がよくわかった。
「この世界の常識とか全然知らない。けれど、わたしのためにレイナさんが悪役にならないで欲しい」
さっきのレイナさんからは敵意とか悪意とか、とにかく害意を感じた。
深い考えがあっての行動なんだろうけど、これからパーティーを組もうという話に必要なものではないだろう。
「そう、ですか」
張りつめた風船から洩れる空気のような溜息とともに、レイナさんは目を瞑る。
「あの、『号令魔法』は……?」
話に入れなかったマユちゃんがおずおずと間に入ってくる。
「『号令魔法』は使用しません。」
「あ、ありがとうございます」
「申し訳ありませんでした。大変失礼なことをしてしまいました」
ぺこりと頭を下げるレイナさん。
「ユウキさんの安全を考えるあまり、マユさんに対して非道な行いをしてしまうところでした……」
「そんな……どうか頭を上げてください……」
謝罪するレイナさんと、恐縮して手をブンブン振るマユさんの構図。
しばらく見ていても終わらなさそうだったので
「何だかタイミングが変だけど、よろしくね。マユちゃん」
と手を差し出す。
「はい! 宜しくお願いします! ユウキさん」
太陽の花を顔に咲かせて、マユちゃんは両手で俺の手を握り締める。
小さくなった俺の手よりもさらにちょっと小さい。
「あんなことをしてしまいましたが、私も宜しくお願いいたします」
控えめにレイナさんの手も重ねられた。
マユさんの手越しに感じるレイナさんの重さが嬉しい。
「改めて、レイナさん宜しくね」
「はい、不束者ですがお世話になります」
それは別の場面で使う言葉ですよレイナさん。
頬を緩ませる彼女の意図はわからないけれど、ほんのりドキドキだ。
男にそんなセリフを言ってはいけません!
「むう、なんとなく面白くない気配が……」
呟くマユちゃん。
「そういえば、『号令魔法』って?」
慌てて話題を変える。
『号令魔法』――そもそも魔法ってなんなんだろう。
憧れの幻想世界に来たというのに、文字の読み書きと基礎訓練にかまけてまったく知ろうとしてこなかった。
「魔法ですか……。わたしも、詳しくはわからないです」
便利なものだってぐらいしか、とマユちゃんは首を横に振り、俺とマユちゃん、合計四つの瞳がレイナさんを捉える。
「――私の知っている範囲となりますが、お話いたしましょう」
「「ありがとうございます!」」
レイナさんの返事に二つの声が響く。
さっきまでの微妙な雰囲気なすでに霧散していた。
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