魔力
「な、なんですかその腕……」
マユちゃんの声が聞こえるが気にしない。
右手を左腕に沿えて、ハンマー投げの要領で一回転。
刃先を魔物に向け、渾身の力で叩きこむ。
鈍い音と共に何かにめり込む小気味良い感触が斧の先から伝わってくる。
どうだ!?
魔物をみやる。
腕に感じる圧力を考えると傷くらいは付けられているといいんだけど。
「お、食い込んでる!」
左腕は見事ウッドクォークの幹に突き刺さっていた。
刃先の三分の一ぐらいが魔物に埋まっている。
良かった、これでダメージなしだったら詰んでた……。
とはいえ、丸太ほどもある胴体を分断するのは不可能だろう。
別の場所を狙う必要がある。
喜びに浸る間もなく、ウッドクォークは自身を傷つけた獲物に憎悪の目を向ける。
圧倒的優位に立っていたからこそこの魔物は積極的に動かなかった。
余裕をもって対処できると、なんとでもなると思っていたんだろう。
だが残念だったな。小さな獲物は牙を持っていた。
魔物と獲物にある有意差、間合いの違いを覆す牙を隠し持っていた。
「―――――!!」
どこにあるかもわからない声帯を震わせ怒りの咆哮を上げる。
その怒りの感情に任せ、ウッドクォークは左右に広がる枝を束ねて地面に叩きつける。
俺の腕を折りに来たか。
瞬時にそう判断し斧を抜こうとするが、抜けない。
くそ、刃先に圧力をかけられてる!
焦った俺は腕を柔らかくしてやり過ごそうとあがく。
が、軟質化の練習はほとんど行っていない。
イメージを形作るより早く魔物の腕は振り降ろされた。
頭の中で危険信号のパーカッションが鳴り響くけれど、もう間に合わない。
曲がった。
鉄の塊と化していた腕があっさりと曲げられた。
魔物の腕が落とされた部位に沿って、腕は湾曲させられてしまった。
さきほどの噛みつきよりも強い力だったのだろう。痛々しい痕跡を残されてしまった。
魔物はもう一度振りかぶり、枝を振り落とす。が、二度目を食らうわけにはいかない。
スポンジのような柔らかな素材をイメージし腕を変化させ、魔物の体から斧を抜き取る。
腕を元に戻すと、不快な痺れがあり、力を込めようとしても反応はない。
嫌々具合を確かめるために目をやると、腕の真ん中あたりが紫色に変色していた。
「こんな簡単に折れるんだ……」
じんじんと痛みの信号を発する左腕と、幹に大きく溝を残す斬撃痕。
今回の一当てはどちらの勝ちかと問えば――痛み分けだと思いたい。
魔物に残った傷痕も深いが、切り倒すにはかなりの時間が必要としそうだ。
戦闘中に何度も同じ個所を狙う余裕はない。
頼むから警戒して逃げて欲しい。
一縷の望みをかけて魔物とにらみ合う。
―――――――
魔物ウッドクォークは逃げてはくれなかった。
憎悪に燃え、牙を鳴らしながら襲いかかってくる。
幸い魔物の動きは鈍重だったので、一撃一撃をじっくりと見極めればなんとか対処は可能だった。
余裕のある攻撃は避け、どうしようもない攻撃は使えなくなった左腕を盾になんとか受けた。
そんなに時間は経っていないはずだけど、すでに体は傷だらけだ。
特に盾代わりに使っている左手は酷く、全体がどす黒い紫色に変色していて見るのもいやだ。関節だって一つぐらい増えているかもしれない。
対する魔物も無傷ではない。
初めに俺が付けた傷からは透明な液体が流れ出ているし、細い枝はのきなみ伐採してやった。
地面には魔物の一部だったものが散乱している。
傷の多さで比べると、やつの方がずっと重傷だ
既にやつも引くに引けないところまで来ているだろう。
どちらも小細工なしのぶつかり合いだった。
「マユちゃん、調子はどう?」
努めて明るく、背中ごしの彼女に問いかける。
「……ごめんなさい」
彼女は極めて重い声で、謝罪の言葉を口にする。
やはり短時間では動けるまで回復はできなかったようだ。
もう逃げる選択肢は残ってないね。
しかし、長期戦も事情により不可能だ。
傷は魔物の方が多いけれども、俺にも深刻な問題が立ちふさがっているから。
それは――魔力不足。
最初は気にもならなかったが、体を変化させる度に自分の中の大切な何かが減っていくのがわかる。
魔物の咆哮と共に、地面が盛り上がり何かが飛び出してくる。
突き刺そうと伸ばされた根だ。
大きく横に飛ぶことで根を避け、お返しと左脚を長いギロチンに変え体重を乗せて断ち切る。
魔力の集った脚は熱く、そして他の部位は寒く冷え体の感覚が鈍くなる。
また減った。
体が冷えていく毎に失っていくものに鋭敏となっていく。
皮肉なことにレイナさんにいくら教えてもらってもわからなかった体に流れる『魔力』を今ははっきりと感じる。
もっと前に魔力を感じ取れていれば……言っても仕方ないけど。
歯が寒さに震えそうになるのを食い縛ることで封じ込める。
呼吸も乱れ、少しでも酸素を取り入れようと喉が大きく動いてしまう。
喉の傷に眉をしかめる。
魔物は自分から攻撃をしかけて反撃を食らいたくないのか、様子を見ている。
今がチャンスだ!
「よく燃える薪にしてやるから、覚悟しろよ!」
動かない左手に、右手を沿えて混ぜ合わせる。
形作るのは、傘のような三角錐。突撃槍――ランス――だ。
目減りする魔力に、目が眩み元の腕に戻りそうになるがここで失敗するわけにはいかない。
地面を強く踏みしめ、意識を保つ。
この武器は、突く時の早さが命だ。
これまでは斧や鉈に体を変化させ、斬り払ってきたが、相手の一部を傷つけるだけで決定打にはならなかった。
そこで、一点を突く槍にかける。
重要なのは突くときの速度だ。
本来は馬に乗って突く武器だから、ただの突進では威力不足だろう。
冷える体に鞭打ち、今にも尽きそうな魔力を体中に巡らせるイメージ。
荒い呼吸とともにぐるぐると循環させると、全身が暖かくなってくるのを感じる。
――これが切れたらもう立っていられないね。
最後の魔力を燃料に、魔物に向かって飛び出した。
「食らえええええええ!!」
狙うは口。
牙を壊し、柔らかい内側から破壊する――!




