戦闘開始
ナイフをベルトから引き抜き、ダリルの横に立つ。
魔物は木の枝を振るっているが、近づいてくる様子はまだない。
奇襲が失敗したことにより警戒しているのだろうか。
「ダリル、ダリル。あの魔物のこと知ってる?」
努めて冷静な声で問いかける。
ここで俺たちがうろたえてしまうと、子どもたちの収集が付かなくなるかもしれないという恐れからだ。
「ま、魔樹、ウッドクォーク。Dランクの魔物で、静かに獲物が通るのを待つ魔物だ。こんなところに来る魔物じゃないはずだよ……」
彼も取り乱した様子は見せたりはしない。
Dランクか。
新米冒険者の平均能力がおよそEランクだ。
Fランクはゴブリンや森ウルフを倒す程度の実力で、Eランクはゴブリンや森ウルフ数体を問題なく倒す程度。
たしかDランクは、魔物の基準ではゴブリンや森ウルフを日常的に餌にしているレベル、だったかな。
つまり魔樹・ウッドクォークは、万全の状態であっても相当な覚悟を持って相対しなければならない敵ということか。
背後にはいつ緊張の糸が切れるかわからない子どもが4人。とても戦力としては数えられない。
そのうちの一人――マユちゃんはケガもしているし逃げ切れないだろう。
「ダリル――勝てるかな?」
ウッドクォークから目を離さず小声でダリルに問いかける。
「――お互い装備が厳しいな」
彼の装備はショートソードに革の盾。
動きやすく、身軽なのが利点だけど、大きな生き物を傷つけるには向いていない。
対する俺は身体変化と粗末なナイフ一本が武器だ。
自由に肉体を変化すれば、ダリルよりは相性は良いかもしれない。
だけどその分、戦いはド素人。
「逃げたいね」
「だな……」
「「可能だったら」」
ぴったり息が揃ってしまう。
ダリルは新米とは思えないほど肝が据わっている。
さすが冒険者らしい冒険者に憧れる同士だ。
俺たちが逃げると、子どもたちはバラバラになり、マユちゃんは疑いの余地なく命を落とす。
だから逃げられない。
怖いけど、勝てる見込みはほぼないけど、逃げちゃ駄目なんだ。
それが俺たちの意地だ。
「まず、子どもたちを最低限安全な場所まで誘導しよう。ダリルお願い」
「なっ、それなら俺が残る」
「君はあの子らの護衛でしょ。私も冒険者、自分の身ぐらいは守れる。私じゃ安全な場所の道もわかんないよ?」
問答は無用と一方的に要求を突き付ける。
「――わかった。すぐ戻る。マユを頼んだ」
わずかな間をおいて、彼は唇を噛んで返事をした。
身をひるがえすと、ダリルは子どもたちに二、三言伝え、一緒になって丘を駆け下りていく。
マユちゃんは足を痛めているので俺の背後に座り込んだままだ。
置いていかれたことをどう思っているのか顔を見たいけど、悠長に後ろを向く勇気はない。
「マユちゃん、安心して。ここから先は絶対あいつを通さない」
肉体変化は見せないように。レイナさんとした約束が頭をよぎったが、人命には代えられない。
決意とともに、腕を大きな斧に変化させ地面に線を引く。
後ろでマユちゃんが息を飲む音が聞こえる。
驚かせてしまったのだろう。
蠢く肉体は見ていて気持ちの良いものではない。
「歩けるようになったらすぐ逃げ出して、ね!」
振るわれた枝を斧頭――平らな部位――で受ける。
盾として構えた斧に片手を沿えて受けてみたけれど、止められず弾かれてしまった。
「痛っつ……」
重い一撃だ。まともにぶつかれば叩きつぶされてしまいそうだ。
大きいというのはそれだけで一つの武器なんだね。
重く、広範囲な一撃は避けるのも受けるのも困難だ。
ウッドクォークの体長は俺三人分より大きいぐらいで、短い武器しか持っていない冒険者だとリーチ差に近づくこともできやしない。
「奇襲は失敗したんだし、とっとと引っ込んだらいいのに」
不敵に笑い、魔物を挑発する。
この魔物に知能があるかはわからないが、やって損はないだろう。
マユちゃんを安心させることにも繋がるし。
もちろん現実は余裕なんてとてもない。
ウッドクォークは格上の魔物である。俺はゴブリンだって相手にしたことがない。
さらにダリルの応援が来るまでの時間は、どこまで子どもを逃がすかによるが数十分は覚悟しておいた方がいいだろう。
……ダリルは俺と同じ新米冒険者、猫の手が二本になったところでたかが知れている。
俺は数十分も戦い続けることができるかと自問すると、答えはノー。
そんな長い時間を一人で戦い続けられるほどの訓練は積んでいない。
悠長な作戦は取れない。
持久戦はなしで、目の前の魔物を撃退するか、マユちゃんの回復を待って撤退するかの二択だ。
「――一番いいのは、回れ右してくれることなんだけどね」
牙を鳴らし、今にも襲いかかろうとしている彼(彼女?)を見る限り、そんな平和的解決は望めそうにない。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ――!」
魔物のもつ絶対的なアドバンテージ、崩す
大斧に変化させた腕を伸ばす伸ばす伸ばす。
イメージはひたすら重く。切れ味は二の次において、ウッドクォークの幹に強い一撃をお見舞いするだけの重さを。
関節は必要ない。打撃の威力を節が吸収してしまう。
「な、なんですかその腕……」
マユちゃんの声が聞こえるが気にしない。
右手を左腕に沿えて、ハンマー投げの要領で一回転。
刃先を魔物に向け、渾身の力で叩きこむ。




