違和感
「それではわたしたちの仕事をしましょうか」
もっと話を聞きたかったんだけどなー、と言いながらマユちゃんは網を持つ手に力を込める。
いよいよだ。
俺も反対側に手早く移動し、合図を待つ。
「今だ!」
ダリルが手を降ろすのと同時に網を引き揚げる。
「きゅいっ!」
ウサギが網の目に足を取られているうちに、マユちゃんと二人でぐるぐると網をかぶせて巻いていく。
ウサギが抜けだそうと暴れれば暴れるほど、手足は網に絡まり、拘束はより強固なものとなっていく。
これで一羽。
ウサギ狩りは存外簡単に行うことができたけど、これでは人数分には足りていない。
まだまだ狩りは続行するのだろう。次の網を取りだしまた広げていく。
さっき取ったウサギはまだ網の中でもがいていて、殺してはいない。
後でまとめて血抜きを行うんだそうだ。
こうした作業を幾度か繰り返し、日が傾き始めたころウサギ狩りは終了を迎えた。
――――――
日が傾き、肌をなでる風が冷えてきたころ、ダリルが終わりの合図を出した。
子どもたちはウサギを追い立てていた丘に生えている樹を目印に集まり、歓声を上げる。
今日の成果を喜んでいるのだ。
ウサギの数は、一、二、三……五羽か。
人数分には足りないけれど、子どもたちだけで一日かけて狩った数としてはなかなかどうして大したものだ。
俺やダリル、マユちゃんたち年長組は子どもたちが楽しそうにウサギの取り分を決めるのを眺めている。
自分たちでうまく分配出来なさそうであれば、口を出すつもりだ。
「お疲れ様。ダリル、マユちゃん」
しゃがみこんで分配を相談している子どもたちを覗き込みながら、彼らをねぎらった。
ダリルは護衛兼監督として、マユちゃんは子どもたち一番のお姉さんとして各々役割をこなしていた。
俺はダリルとマユちゃんたちの指示に従って作業をこなしただけだから気楽なものだった。
「おう。と言っても魔物も出なかったしいつもと変わらなかったよ」
「お疲れ様です。ユウキさんのおかげで網引きがとても楽でした。ありがとうございます」
彼らは樹に背を預け、今日の成果にほっと一息を吐いている。
彼らの様子を見ても、子どもたちは十分な結果を出したとわかる。
ちびっ子たちも年長組の様子に照れくさそうに笑っている。
俺はそんなちびっ子たちに満足して、覗き込んでいた腰を伸ばす。
「あいたっ」
木の枝に頭をぶつけてしまった。
立派な広葉樹の枝で、俺の頭がぶつかってもびくともしていない。
「いたたた。恥ずかしい所見せちゃった」
頭に手をやり、たんこぶが出来ていないか確かめながら年長組に笑いかける。
「けっこうドジなんですね。ユウキさん」
くすりと笑うマユちゃん。
「いやー、こんなところに枝があるなんて思わなくてさ」
さっきまで枝が伸びているなんてまるで気が付かなかった。
俺も疲れが出ているのかな――って
「あれ? こんなところに樹なんかあったっけ?」
――なかったはずだ。
俺がポツリと漏らしたその瞬間。
ダリルとマユちゃんが背を預けている樹の幹が口のように大きく裂けた。
「危ない!!」
走っていては間に合わない。
考えるより早く、腕から先を鞭として伸ばし、彼らの体に巻きつける。
「なっ」「きゃっ」
その腕を手前に引っ張り、全力をもって彼らを地面に転がす。
ケガがなければいいのだけど。
俺は彼らを無理に引っ張った分だけ、件の樹に引き寄せられてしまう。この世界でも作用・反作用の法則はあるらしい。
くそ、踏ん張りがきかなかった。
行動への後悔はないが、周囲の状況に気を付けていればもっと適切に動けた。
眼前には鋭い木の牙が今にも俺を噛み砕こうと閉じられようとしている。
口腔は真っ暗闇が広がっていて、俺の行く先を示しているかのようだ。
「こ、硬化!」
恐怖を糧に、肉体を鋼に固く変質させる。
死の恐怖を身近に感じた体は、生存本能に従いスムーズに体を硬質化させる。
耐えてくれ。
全身が固まるとほぼ同時に、魔物の牙は振り降ろされた。
高い音が辺り一面に響き渡る。
金属質の物質同士がぶつかったな音だ。
「い、い、いたあああああああ!!」
くぐもった声で絶叫を上げているのは俺。
幸い、硬化した髪の毛がクッションになったことで後頭部は傷つかずに済んだ。
代わりに喉には浅く牙が食い込んでしまっていて、呼吸の度に痛みが走る。
冒険者の一太刀にも傷つかなかった体だったけれど、この魔物の力はそれ以上のようだ。
ただ、痛いで済んだのは行幸だ。
最悪頭と体が分かれていた可能性も十分あった。
現状をなんとかしようと暴れていると、光が口腔に流れ込んできた。
魔物が俺を噛み切ろうと再び口を開けたからだ。
腕に力を入れ喉から牙を離す。
「皆、無事!?」
肩を大きく上下に揺らしながら後ろを振り返ると。
「なんとかな」
「いったい何が……」
子どもたちの前に立ち魔物を威嚇するダリルと、足首を押さえているマユちゃんがいた。
子どもたちは震えている子も居れば、泣き出している子もいるけれど、パニックになって逃げ出している子はいなかった。
良かった。ひとまず皆無事だ。




