基礎訓練と能力の使い方
2016/6/4 わかりづらい表現だった箇所を読みやすいよう変更しました。
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一人で村の外に出るのは初めてだ。
最初の一歩を踏み出す時、ああ今日はレイナさんはいないんだと改めて思い、背筋が伸びた。
村と外を分け隔てる柵の横で念入りに準備体操を行う。
足、腕、首、と関節を回し、軽く汗ばむまで体を動かす。
体があったまってきたら、特訓場所――およそ村から5キロ離れている――までランニングで走っていく。
整備されていない道で走りづらいため、足を取られないように油断せず地面を踏みしめる。
途中、ナーナ村に滞在する別の冒険者パーティーが居たので、手を上げて挨拶をした。
彼らはたしか――Cランクパーティーの大蛇殺しだったね。
今日は森へ狩りにでもいくのだろう。獲物を入れるための大きな籠を持っていた。
特訓場所に着いたら、呼吸を整えながら辺りに危険がないかを調べる。
特訓場所はなだらかな丘の上にあり見通しが非常に良い。
草木も多少はあるものの、生い茂っているというほどはなく奇襲なんてかけられない。
そもそも危険な獣は餌の豊富な森を縄張りにしているから、丘の方にはいない。
けれども、拠点確保は冒険者の命綱だと教わったので、手を抜かずきっちり行う。
「ふう、オッケーだね」
確認が終わると、切り株――以前レイナさんが目の前で魔法を使い切って見せた――の上に座り、瞑想を行う。
体に流れる魔力を感じ取る訓練なんだけど、成果は芳しくない。
時間にして10分少々。
夜でも出来る瞑想は体が冷える前に切り上げ、体を動かす基礎訓練に入る。
これまで行ってきた運動といえば、趣味で走っていた記憶がある程度で何かを打ち倒すための訓練はついぞ行ってこなかった。
やり始めてみると、意外にも忌避感はあまりなくすんなりと訓練を行えた。
自分の体を変質させ利用する。そんな未知の体験が、訓練への動機となった。
さすがに、小動物相手に実践(実戦?)してみたときは晩御飯が喉を通らなかったけれど、それも次の日には割り切れていた。
なんというか……元の世界の道徳やモラルとは違った歯車で動いているんだと心が納得したんだろう。
そんなわけで、戦闘訓練も楽しく行うことができている。
息を大きく吸って――腰につり下げた革のホルダーから鈍い光のナイフを勢いよく取りだす。
これは俺の肉体変質以外で戦うための訓練だ。
逆手で刃先を相手の頭に突き刺すように腕を構え、一突き切り株にナイフを振りおろす。
ヒュン、と空気を裂く音が鳴る。
狙うイメージは頭だ。今回の仮想敵はゴブリンであり、俺の胸元程度の身長である。
そのまま腕の関節を固定してナイフを引きぬくため、傷口をえぐるために横に振るう。
そして返す刀でもう一体の喉を薙ぎ払うイメージで切りつける。このとき足は絶えず動かし狙いを絞らせないようにするのがポイントだ。
――なんてことができればいいのだけれど。
実際にできたのは、もたもたとナイフを引きぬき、切り株に叩きつけるところまでだ。
叩きつけた後のナイフが抜けません……。
「よいっしょっ!」
木の幹に足をかけ、両手でナイフをつかみ力を込める。
「ふんっ!」
力を込めること数度、ようやくナイフを抜くことに成功した。
村の金物屋で買ったナイフの切れ味が悪いのは仕方のないことだけれど、根本的に俺の腕が問題だ。
反復練習するだけのナイフの引き抜きすらもたついているのだから。鮮やかな戦闘なんてまだまだ夢である。
「でも、できるようにならないとね……」
表面が穴だらけになった切り株に腰を下ろし、ナイフをしまう。
座りづらい。
レイナさんには、
「ユウキさんの能力――スキル――があれば武器は要らないのではないですか?」
とも言われた。
しかし、引っかかることがあってつい二日前、クエストの報酬金から安物のナイフを購入した。
「だって私のスキル――どう考えても対人向けだよ」
肘から先をグニャグニャと変化させながら一人ごちる。
職業適性を量る、見聞の球――だったかな――に表れた職業……暗殺者。
おっちゃんから聞いたそのとき、脳裏にはスキルの使い方が天啓のように閃いた。
意思ある生き物を殺すための力なんだ、と。
肉体変化は今のところ鈍器として使用したり、動物を狩るために利用したりしているが、本質はたぶん違う。
なにせ魔法のある世界だ。
鞭状に細く伸ばした腕をしならせて、およそ5メートルほど離れた先の木の枝に絡ませる。
そのままの勢いを利用して、力づくで地面に地面に枝を引きづり落とす。
鈍い音を立て、枝は根本から裂けて落ちる。
枝の太さは腕ぐらい。
俺にとっては十分すごいものだけど……魔法を使えれば同じ芸当は誰でもできる。
むしろ俺では威力不足なぐらいだ。
それに魔法が使えなくとも大人が体重を乗せれば同じようなことはできるだろう。
俺の不思議な力はその程度なもんだ。
では、俺に何ができるのか。
その神髄はおそらく、無詠唱にあると思っている。
言葉にしなければ魔法は使えない――その常識を崩す。
無手を装い意識の外から攻撃する奇襲用の力。
使い時はない方が良い力だ。
しかし、ここはルール無用の魔法の世界。
いざというときに使えませんではお話にならないのである。
最低限、ナイフの扱いにも慣れておいて、相手の注意を向けさせるぐらいにはならなければならない。
「練習は嘘をつかない、はず」
そのまま周囲に人影や危険な動物がいないことを確認し――盆地だから非常に見渡しやすい――訓練の続きをする。
呼吸が大きく乱れてもしばらく続け、へたり込みたくなる辺りでその日の訓練は終了だ。少し軽めだけど、とりあえずはこんなものだろう。
限界まで体を酷使して帰れなくなったら笑えない。
汗を服の先でぬぐい、大きく息を吸って呼吸を整える。
緑をふんだんに含んだ気持ちの良い空気が胸いっぱいに広がっていく。
これまで空気がおいしいなんて言葉はまやかしだと思っていたけれども、汚れていない空気は存外美味しいんだとこの世界に来て知ることができた。
吐く。吸う。吐く。
息を整えながら、体をゆっくりと動かし、ストレッチをする。
よく子どもたちが夏休みにするラ○オ体操ではなく、体を柔らかくするための柔軟体操だ。
これを訓練の始めと終わりに義務付けている。
足を百八十度近く開き、ゆっくりと息を吐いて頭を草の上に付ける。
以前の自分とはまるで違う柔軟な体だ。バク転だって軽々と出来るのだ。
地味にありがたいことに身体能力も向上している。
――この世界基準だと大したことないが。
「さて、帰りますか」




