冒険者
「少し長くなりますが……」
レイナさんは壁をコツンと叩いたり、ドアの厚さを確かめたりした後、再びベットに座って話し始めた。
「ゴブリンは魔物と分類されている生き物で、成体で大人の腰程度の大きさになります。土色のゴツゴツとした肌が特徴的です。身を守るために簡易的な服を作る習慣もあるのですが、あくまで生物としての本能によるもので、意思の疎通は確認されていません。だいたい3から5匹ほどの小隊を作り巣の付近を哨戒します。また、数こそ多いですが、性格は臆病ですので、いかに恐怖心を与えるかが制圧の際の基本となります。戦う訓練を受けていなくても武器さえ持っていれば、小隊の撃退ぐらいはできます。ですが、拾った木の棒などを利用する個体もいるので油断は禁物です」
レイナさんは、知識を持っていない俺のために、丁寧にゴブリンの解説を続ける。
「飢えたゴブリンは人を襲うこともあり、害獣です。ですのでもし討伐することになってもユーキさんが良心の呵責を感じる必要はありません」
普通(?)の害獣で、良かった。
これでゴブリンが普通に町で生活していたり、コミュニケーションが可能であったりすると非常に目覚めが悪いところだった。
「腰ぐらいの生き物が集団で襲ってきたら普通の人は危なくない?」
ちょっと違うかもしれないけれど、ゴールデンレトリバーぐらいの生き物が集団で襲ってきたら勝てる気はしない。
普通の人は武器を持っていても撃退どころか、今夜の晩御飯になってしまうんじゃないだろうか……。
「あ、そうでした。伝えていませんでしたね。ええと、この世界の人間は多かれ少なかれ魔力を持っているんですよ。それを体中に巡らせていつもよりずっと強い力を出せるんです。もちろん個人差はありますが、ユーキさんも慣れればできると思います」
聞いた話にぶるると身を震わせる。
つまり何か。
さっき出会った村人たちや村長も下手すれば野性動物より強いってことじゃないか。
この世界の住人は怒らせてはいけないな……。
そんな世界で戦闘を生業とする冒険者って化け物かよ。
「何はともあれ、依頼が来るまではのんびり過ごしましょう」
レイナさんは長い髪の毛を触り、すんすんと鼻を鳴らした。
ほこりが気になっているようだ。
「そうだね。まずは泥を落とそうか」
今の時間のお風呂は確か女湯だと説明を受けたはずだ。
お先にどうぞと手をひらひら振る。
「それでは、お言葉に甘えさせてもらいますが……」
立ちあがり、ドアノブまで歩いた彼女は意味深な視線をこちらに向ける。
「ん?」
「ご一緒でも私は構いませんよ?」
イタズラ気に目を細める彼女。
「女の子がそんなこと言ってはいけませんー」
彼女の口調から冗談なのはわかりきっているので、俺も指でバツ印を作りながら軽く答える。
「ふふ、では行っていきます」
荷物をまとめて機嫌良く彼女は出ていった。
「冗談を言えるぐらいには信用があるのかしらん?」
誰もいなくなった部屋で独り言。
「それか元男だから、気にしてないのかも?」
そんなものかもしれない。
なにしろ元々男だった証拠は何一つないしね。
ま、どんな理由であれ彼女が元気でいられるのはいいことだろう。
大きく伸びをして、ベットから離れる。
部屋にいたって仕方ない。
幸い言葉は通じるんだ。なんとでもなるだろう。
レイナさんがお風呂から上がるまで探検だ。
鍵とお風呂セットを持って、一階の冒険者ギルドに降りていく。
席を見回すと受付以外は誰もいなかった。
さっきは何人かの冒険者が食事を取っていけれど、お昼をすぎたからかな。
木製の椅子を引き、丸机に肘をついて壁の依頼票を眺める。
大きな字で書かれているのが依頼の表題で、その下に小さく書かれている文章が詳細だろう。
一番下の数字が報奨金だね。
「って、数字!?」
思わず椅子から立ち上がり、壁の前で数字をなぞる。
「に、ご、ぜろ、ぜろ、ぜろ。25000だ!」
依頼票に書かれた数字はアラビア数字で書かれていた。
異界の文字と慣れ親しんだ数字が混在している不自然さに、元の世界との繋がりを感じる。
「『時の迷い人』の影響って結構あるんだな」
思わぬ発見に嬉しくなり、顔をゆるませて席に戻る。
いつの時の迷い人の功績かはわからないが、元の世界の人間が確かに生きた証が見られからだ。
「嬢ちゃん、依頼票が珍しのかい?」
受付の男性――筋肉質なおっちゃんだ――がジョッキを豪快に俺の座った机に置いた。
どういうつもりだろう。
「これ、何?」
目の前の赤色の液体を指差しておっちゃんに問いかける。
「ははは、心配要らねえよ。サービスだよサービス。なんてったって白貨で宿代貰っているしな」
おっちゃんは右手で丸を作りガハハと笑う。
「それじゃ遠慮なく。ありがとう」
手を合わせ、いただきますと飲み始める。
味は……ザクロみたいで甘い。ザクロジュースと呼ぼう。
良く冷えていて、昨日から歩き通しな体を優しく癒してくれる。
うむ、実に気の聞いたサービスだ。
よくあるチャージ料の一品などではなく、完全に無料なのがなお素晴らしい。
俺は庶民なのだ。
「嬢ちゃんはレイナ様の同行者らしいが、冒険者かい?」
おっちゃんは俺の対面に座り、腕を組む。
利用客が居なくて暇だから世間話でもしに来たのかな?




