チャプター69
「ん? ご飯はまだ後三十分くらいかかるよ? 何?」
付け合わせの炒め物を準備していたところで、ゲートムントたちに声をかけられた。どうやら、なんとか報告は終わったらしい。
と言う事は、腹が減っただの晩飯を早くしろだの、その手の催促だろうか。だとするとあまりいいものではない。一瞬眉をひそめるが、これはいかんとすぐに口角を上げて明るい表情を作る。
やはり、心からいうのとは難しいが、表情だけでも嘘偽りなく明るく振る舞わねば。表情を曇らせていては、顔に余計なしわが出来てしまう。
「いや、俺たちこれから王様とお姫様についての話をしようと思ってるんだよ。で、できればエルちゃんにも参加してほしいと思ってね」
「あー、そういう話。いや、ごめんね勘違いして。でも、ここからは離れられないしねー。気になるけどちょっと無理。三人で話しててくれる? 後から結論と要点だけ教えてくれればいいから。あ、おじさん、おじさんももうテントに戻っていいですよ。ここまでやったら、後は私一人で十分だし、ここまでありがとうございました」
「そうかい? じゃあ、後はテントの中で完成を楽しみに待たせてもらうとするよ」
野菜を切っていた御者は、エルリッヒの申し出に従い、手持ちの野菜を切り終えると桶の水で軽く手を洗ってから、テントに戻って行った。
ゲートムントもツァイネも、せっかくだからエルリッヒに参加してほしいと考えていたが、夕食の支度も大事な用だ。諦めざるを得なかった。
「そっか、それじゃ仕方ないね。分かったよ。何か情報が出たら教えるね。晩ご飯、楽しみにしてるから」
「ん、任せて。てゆーか、そっちが本業だし。ほら、このフライパンだって、悪魔やリザードを殴るための物じゃないんだからさ」
けらけらと笑いながらも、愚痴めいた事を口にする。いかにものすごい重量と強度があろうと、それが本心なのだ。料理をするための道具というのが本来の使い道なのだから。
「リザード? リザードなんていつ殴ったんだ?」
「え? あ、そうだっけ。ん、いや、こっちの事。それよりも、早く戻ってあげなよ。王様、待ってるよ?」
「そうだね。そっちが先だよね。じゃあ、頑張って料理が出来上がるまでに終わらせるから」
テントに消える二人を見送ると、腕まくりのようなポーズをとり、包丁を強く握り直した。
「よーし、友情たっぷりでもっと美味しく作っちゃうぞ!」
ーテント内ー
「おお、そなたら戻ったか。報告は無事に済んだようだな」
「はい」
「ま、なんとかな。んで、王様は、その日記に何か面白い事でも書いてあったのか?」
ルードヴィッヒは床に座り込み、日記をずっと読んでいた。ランタンの薄明かりだというのに、集中していて気にならなかったのだろうか。
御者に続いて二人が戻って来たのに気付くと、日記を閉じて立ち上がった。
「ああ、もうこのように暗くなっていたのだな。気付かなかった」
「集中してたんですね。それで、何かめぼしい情報はありましたか?」
腰に提げた護身用の短剣をしまうと、ルードヴィッヒのそばに近付いた。それに合わせて、再び日記を開き、あるページを指し示した。
「ここだ。ここを見てくれ」
「ん? どこですか?」
「どれどれ?」
二人は日記の記載を目で追った。
『ーーあの日の事は、あまりよく覚えていない。若返ったお父様が儀式を始めると、周囲の人たちが次々に倒れて行った。誰も彼も命を失っているようで、およそ生きている気配がしない。恐ろしくなって、自分も気絶してしまった。ふと気付くと、見知らぬ騎士に抱き起こされていた。赤い鎧を着て、漆黒の槍を手にした騎士だった。その騎士にお父様の事を託し、そこで再び意識は途絶えてしまった。次に意識を取り戻した時、その周囲は何も変わっていなかった。悲しい事だが、城内で生きていたのは、自分一人だけだったーー』
黙読の後、その記述内容に驚き、ゲートムントは慌てた様子で日記をルードヴィッヒの手から取った。
「っ! 赤い鎧に、漆黒の、槍?」
「そうだ……」
ルードヴィッヒの声は重苦しい。それを察したツァイネは押し黙っているが、同じくルードヴィッヒの気持ちを察したゲートムントは、正反対の反応だった。
「俺? そこに書いてあるの、俺……だよな。じゃあ何か、やっぱり俺はあの時過去に行っちまってたって事なのか? んじゃあ、いつの間に? いや、よく分かんねーけど、俺すげーじゃん! 王様、俺はちゃんとお姫様に会ったって事になるな! いやー、世の中分からん事だらけだよな!」
「そうだな。まさに、事実は小説より奇なり、だ。して、姫の様子はどうであった? その、この日記のその後のページによると、森を出て、生活のつてを探す、というところで終わっておったのでな。儀式の後、覚えておるのは世界を征服するべく城を出て、その直後だ、私の仕掛けた保険の魔法陣が発動して、行動を封印された……そこから先は、悪魔の怒りにただただ付き合わされておったよ」
父としては、娘の様子は気になるのも当然だ。その気持ちを思えば遣り切れない。ゲートムントは思い出せる限りで語って聞かせる事にした。
「そうだなぁ。少しやつれた感じで、意識は混濁してたけど、命の危険はなさそうだったぜ。俺にはその後どうしたかは分かんねーけど、あの城には誰もいないんだ、森を出てたくましく暮らしたんじゃないか? 一国の姫なら、国民はそれなりに手厚く扱ってくれるだろ」
「だと、よいのだがな。姫よ、どのような生涯を送ったのだ。子孫はこの世界におるのか。出来る事なら!」
「知りたいのも、分かります。王様の気持ちはよく分かりますし……」
ツァイネの面持ちも、より一層悲痛な物に変わっていた。数百年ともなると、末裔が生きていたとしても、探すのは困難を極めるだろうからだ。
せめて、何か確実な手がかりがあれば。
「王様、俺たち、できるだけ頑張って探してみます。お城を出て、その後どうなったのか、末裔がいるのか、いるなら今どこで何をしているのか」
「そうだぜ。俺たちに出来る事はさせてくれよ。だから、何か姫の特徴を教えてほしいんだ。確か、栗色の髪に、青い目だったよな」
「おお、そなたら……」
二人の申し出に、ルードヴィッヒは涙が出るほど感謝した。姫だけ生きていた事は、自分の無意識が行った悪魔への干渉行為。だが、その後どういう人生を送ったかは、全く分からない。だから、どのような生涯だったかを考えると、何があったとしても、それは自分がしでかした罪への罰である、と思っていた。それが、探してくれると言うではないか。
大きな負担はかけたくない。日常のほんの合間にでも気にかけてくれるだけでも御の字だ。だが、もしその後の生涯、もしくは末裔の存在が分かれば、たとえ自分がその時死んでいたとしても、あの世で感謝するだろう。そして、もしその行く末が掴めなかったとしても、誰も恨む事は出来ないだろう。せめて、死した後天国で直接詫びるだけだ。
王としての立場を超え、父としての立場で、そのように思っていた。
「栗色の髪と青い瞳は、母親譲りの物だ。尤も、末裔ともなれば、交わった相手によって、髪の色も瞳の色も、変わっているかもしれぬがな。他の特徴と言えば、娘は青い瞳故、青い物を好んで身に付けておった。青いドレス、青い宝石のネックレス、青い髪飾り。そのような事でも、特徴になるだろうか」
「ええ。どんな小さい事でもいいんです。他には、ほくろの場所とか、体の特徴なんかも分かると嬉しいです。他にも、王族特有の遺伝的特徴とか」
「だな。やっぱ、体の特徴が一番だと思う。ん? あれ、これ、なんだ?」
先ほどゲートムントが奪うようにしてその手に取った日記。それを眺めていると、ふと何かを発見した。
「ゲートムント、何?」
「私も見つけていない何かを、見つけたというのか?」
「ああ、一番最後のページだ」
それは、後ろ半分を占める空白のページの向こう、一番最後のページだった。そこに、姫の言葉が書かれていたのだ。
三人は、再び先を争うように黙読した。
〜つづく〜




