チャプター68
「はぁぁ〜、緊張したー!」
「ホント、肩にいらん力が入ったよな。いや、熱もこもっちまったけどさ」
テントを後に、二人はほっと胸を撫で下ろす。なんとか、必要以上の情報を出さずに報告が出来た。グリーグと相対するのは緊張するが、報告は義務だし、必要以上に語りたくはないしと、二人は妙な気負いの元で報告を行った。
グリーグの人柄は、その気負いを吹き飛ばす勢いがあったために、余計に肩の荷が下りた感じがしているのである。ついつい、話に熱が入って不用意な言葉を発していなかったか、と。
「でも、無事に終わったんだし、俺たちのテントに戻ろう。王様にはまだ色々聞きたいし、お腹も空いたしね」
「おお、そうだ! 帰ったらエルちゃんの晩ご飯が待ってるじゃねーか! こりゃあ待ち遠しいぜ!」
エルリッヒ手作りの美味しい夕食が待っていると思うと、ふっと気が軽くなり、二人は自分たちのテントへ向け駆け出した。
グリーグのテントでの報告の記憶は、一旦頭の奥にしまいこみ、退散願った。
「グリーグ様ー! グリーグ様ー!」
「なんだ騒がしい。今日はあの二人に戦闘を委ね、我らは安息日だと言っただろう! そのような声を上げるな!」
グリーグがのんびりと安息日を決め込んでいると、そのテントに一人の兵士がやって来た。とても慌てた様子で、武器も持たずに駆け込んでいる。
今日は安息日、というおふれを出したため、どのテントでも、兵士や騎士は体を休め、ゲートムントたち二人の勝利を祈りつつも、久しぶりの休息に心も休めていた。だから、このような慌てた態度には、ついつい口を酸っぱくしてしまう。
「あの者たちが戻ってくる時以外には声をかけるなと言っておいただろう! 全く騒々しい。何事だと言うのだ!」
「ですから……」
兵士はグリーグの勢いの圧倒され、言葉がすんなり出てこない。
「で、ですから、その者たちが……」
「その者とはなんなのだ。ええい、はっきりせんか!」
「その言い方じゃ、言いたい事も伝わらないと思いますよ?」
「だよなぁ」
一緒に現れたのはゲートムントとツァイネ。兵士がここに現れたのは、紛れもなく二人を案内するためなのである。
二人はこのテントの場所を知っているため、この場合案内と言うのは適切ではなく、取り次ぎを頼んだのである。
「ですから! その者たちが帰って来たのです!」
「おお、そなたら! そなたらではないか! よく無事で戻った! して、首尾はどうだったのだ? 勝ったのであろうな!」
二人の姿を見つけるなり、豪快な足音を立て、近付いてくる。その威圧感に耐えつつ、二人は強い瞳で答えた。
「はい!」
「ふむ、ではその悪魔は更なる本気を隠しておったと言うのだな? しかし、よく倒したものよ。して、どのようにそれを倒したのだ。何か秘策でも持っておったか?」
テーブルを囲み、椅子に座って説明をする。基本的には、先ほど取り決めた内容に従い、何かを訊かれた際に少しずつ細かい話をして行く、という形式を取っていた。
秘策として、銀の剣の話はせねばなるまいか。しかし、城から持ち出した方の銀の剣についてどう話すべきか、それに関してはまだ決めあぐねていた。
見せ物ではなく、研究の対象でもなく、かと言って一本で対処したわけでもなく。
「はい。銀の剣を使いました」
「ほほぅ、銀の剣。確かに、古来銀は悪魔に特別な力を発揮すると言われていたな。では、それが有効だったのだな? 確かに、秘策としては十分よ」
思いの外しっかりと食いついてくれた。ここで話を膨らませる事がよいのかどうかは分からない。しかし、説明だけはせねばならない。これもまた、この戦闘に参加した者の義務である。
いかに指揮系統上の分断、独立を約束されていたとしても、指揮官には現場から上へ報告する義務がある。その義務が果たせるよう、情報を伝えるのは、当然の行為だった。直接砦まで戻るのも一つの方法かもしれないが、それはあまりにも不義理、とても二人に出来る事ではなかった。
もっとも、たとえ直接砦まで戻る事になったとしても、体力や時間の都合で難しいのだが。
「そうなんです。信心の世界ですが、王都で銀の武器を調達しまして、持って来ていました。だから、それを使ったんです。銀の武器で攻撃すると、悪魔の切り傷からは、もうもうと白煙が上がりました。その直後、回復されてしまったんです」
「なんと! それでは倒せぬではないか! それをどう乗り越えたのだ? さあ、早く話して聴かせよ!」
この食いつき。これが話す側としてとてもありがたい。冒険譚、武勇伝を語っているのだから、聞き手の反応というものは、とても大切だった。
「はい。それは、あるタイミングで、悪魔を気絶させる事に成功したんです。そこで、思い切り攻撃してみましたら、これが全く回復されないまま、白煙だけが上がっていたんです。そこで俺たちは結論を得ました。この白煙は、銀の剣、いや銀製の武器で攻撃された時に起こる反応なんだ、と。そして、悪魔の驚異的な回復力は、自然に発揮されるものではなく、悪魔が意識的に回復の術を使っていたのだ、と」
「ふむ、気絶させる事が出来ただけでもすごいがな! しかし、それで回復させぬうちに悪魔を倒した、という事か?」
「はっはっは! まだまだ甘いぜ? 悪魔はな、そこで死ぬほど甘くはなかったんだよ。一旦は死んだと見せかけて、気配だけはぷんぷん残ってるじゃねーか。少しして、いきなり元気な姿で復活したんだよ。あれにはたまげたぜ。なぁ? いや、もちろん俺たちも油断してたわけじゃねーからさ、これで倒したっつー事でいいのかなー。いや、でもちょーっと簡単すぎやしねーか? と思ってはいたんだよ。だから、想定の範囲内っつーの? それはあるんだけど、それにしてもたまげたぜ」
つい、グリーグのリアクションに堪え兼ねて、ゲートムントが口を挟んでしまった。不用意な発言でもしないか、内心ツァイネはドキドキものだったが、幸いそのような事はなかった。そして、このゲートムントの語りに、やはりというべきかグリーグが大いに食いついて来た。
「ほう! 復活と! だが、話によると壮絶な強さだったようだが、それをどうして倒したのだ?」
「じゃあ、またここからは俺が続きを。俺が、少し機転を利かせたんです。悪魔は、自身が持つ剣に赤々と燃える炎をたぎらせていました。俺たちもそんな武器を目にするのは初めてで驚いたんですが、本気を出して以降、その炎が黒い炎に変わったんです。そんなもの、見た事もありませんでしたが、ここで考えたんです。闇の力というのであれば、自分の武器に光の力を宿してみたらどうだろう。目くらましを使って、相手の視界を奪った隙に、この光の力を宿らせた武器と、ゲートムントの槍で猛攻撃を仕掛けました。そうしたら、案の定光の力は有効で、大きなダメージを与える事に成功しました」
ツァイネが装備する親衛隊支給の剣は、宝石に宿った魔法の力を使う事が出来る。その説明をしていればこそ、すんなりと話を進める事が出来た。
光の力自体は曖昧なものだが、闇、黒、というキーワードを盛り込む事で、そこに相対する力なのだという印象を与える事が出来る。
「ふむ、そういう事か。では、そうして弱らせて、先ほどのように銀の剣で倒したのだな?」
「甘い! あまあまのあんまみーやだぜ! 悪魔がそんなにかわいいわけねーだろ? 悪魔は、そんな傷回復できちゃったんだよ! もちろん、普段よりは時間がかかって、完全回復まではさせなかったけどな。ここで、弱った隙を突いて、銀の剣を心臓に突き刺してやったんだよ。ほら、そうすれば大きなダメージが見込めるだろ? それに、木の根っこに突き刺さるくらいの勢いで刺してやったんだよ。そしたら、動きも封じられたんだ。さあ、ここで出てくるのが新たなアイテム!」
またしてもゲートムントが引き継ぎ、説明を盛り上げた。本当なら、全てツァイネに任せるつもりにしていたのだが、彼の性格では、この場で黙っていろと言う方が酷だった。
「おお、ここで新たなアイテムか! それは年甲斐もなくワクワクするではないか!」
こちらもこちらで、聞き手としては一級品の存在だった。ついつい、話にも熱がこもり、芝居がかって行く。
これはあくまで報告であり、武勇伝を話す場ではないのだが、もはやだれもそれを気にしてなどいなかった。
もちろん、ゲートムントの話し方も、同じように気にしていない。この気質こそ、グリーグという男の魅力なのである。
「じゃじゃーん! て、この場には持って来てねーけど、俺たちには城で見つけた銀の剣ってのがあったんだ! 昨日、土壇場で手に入れたんだけどな。弱った隙にこいつを元々持ってた方の銀の剣と差し替えた所! なんと剣が光り出すじゃねーか。たまげたもんだぜ? 綺麗だったけど、何が起こってるか分かんねーんだ。でも、見てるとドンドン悪魔の力が弱まってくじゃねーか。どうも、その剣は悪魔の力を奪い取る力があったみたいなんだな。んで、十分に弱らせてから、俺たちが必殺技でとどめを刺した、てわけだ。どうだ? すげーだろ?」
「おお、十分だ! これぞ待ち望んでいた戦勝報告だ! して、その銀の剣はどちらにあるのだ?」
「はい。どちらも今はテントに持ち帰っています。このまま、王都で管理してもらおうと思いまして。教会なら、その保管場所にはふさわしいですし」
落ち着いたツァイネの言葉が、場のテンションをゆっくりと鎮めつつ、報告は進んで行った。
「そうか、それがいいだろうな。だがしかし、まさか本当に二人で勝ってしまうとはな。ガッハッハ! これは愉快愉快! これで枕を高くして寝られるわい! さーて、報告は今ので十分だぞ? 何もなければ戻るがよい。何より、貴公らこそ体を休めるべきだからな」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、今日の所はこれで下がらせて頂きます」
「だな。んじゃ、どもー」
こうして、酒場の武勇伝のような雰囲気の戦勝報告は終わったのである。
この夜、グリーグは喜びのあまり持参していた酒をしたたかに飲み、すっかり酔いつぶれてしまったのだが、それはまた、別の話。
〜つづく〜




