チャプター67
ーリュージュブルクの森 前線キャンプー
「ややっ、貴方様はこの国の王様であらせられますか。これは立派なご身分の方に来て頂きまして。むさ苦しい所ではありますが」
「うむ、苦しゅうない。こちらこそ、本来は数百年前に死しているべき人間、謙虚な気持ちで入らせてもらおう」
御者との間にこんなやり取りを挟みながら、ルードヴィッヒはエルリッヒたちとともにテントにやって来た。
今朝ここを出発したので、一日空けただけだと言うのに、ひどく懐かしい。まるで数日いなかったかのようだ。
狭いテントは四人が寝起きするのにちょうどいい広さ。そこにもう一人となると、どうしても手狭になった。
エルリッヒは気を利かせ、
「それじゃ、私はお夕飯の支度してくるから、みんなで話しててくれるかな。何か情報が分かったり出たりしたら、後で絶対教えてね。それじゃ、王様、狭い所だけど、くつろいでてください」
と、テントを出て行った。調理器具一式は外にあり、愛用のフライパンも持ち帰った後、そこに片付けた。
あの後、城の地下に向かい、悪魔召喚の部屋に赴いてみたが、そこには何もなく、ただ、淡く光る魔法陣とその四隅に立つ燭台だけが残されていた。結局の所、あの時ゲートムントだけが過去に飛び、姫と会った、という事なのだろう。
あまりにも不思議な事に頭を悩ませつつも、姫はその後の様子を日記に残している。やはり、これでよかったのだろうと結論づけた。
「さーて、何を作ろうかなー」
食料の保管してある箱を物色しながら献立を考える。立ち寄った村での購入や、立ち寄った森での採取など、現地調達を含め、ここに持って来た食料は三割ほど減っていた。痛みにくい季節である事を考慮して少し多めに持って来たのが幸いした。
やはり、旅の身の上では食料の残量というのは、心の支えになる。
「野菜と薫製肉があるから、これで炒め物を作ろうか。あーでも、人数増えたし、香辛料もあるから煮込んでスープでも作ろうか。パンは作ってる時間ないし、芋類を入れて代用して……」
「どれ、私に手伝える事はないかい?」
食材を前にしゃがみ込んで思案していると、後ろから御者が声をかけて来た。彼もまた、旅の身空では自ら料理をする事が多い。
いわば同志に近い存在だった。
「いいんですか? おじさんも中で待ってたらいいのに。仮にも私本職ですよ? 任せてくれたら、ちゃちゃっと、ていうと語弊があるけど、作っちゃいますよ?」
「いや、あっちは難しい話をしてるだろ? 私には小難しいしあんまり関係ないしね。というわけで、手伝わせてくれるかい?」
ニッと白い歯を見せて笑う姿は、とても愛嬌があった。こんな顔で申し出をされたら、断らないわけにはいかない。
「んじゃ、お願いしますね。わたしが指示する食材を持って来てもらえますか?」
「了解だよ!」
テント内では、ツァイネを司会に今後の話をしていた。指揮官グリーグへの報告や姫の行方の捜索など、ルードヴィッヒがいつ消滅するのか、もしくは消滅せずこのまま残りの寿命を全う出来るのか分からない以上、元気なうちに話し合う事は色々あった。
「さて、無事に悪魔を倒したわけだけど、報告、どうする? 王様が数百年前から蘇っただの、王様が世界征服を狙っていただの、ちょっと信じてもらえないよね。当事者としては、どうですか?」
「そうだな、私もそのような話は信じてもらえないと思う。だから、報告は難しいだろうな。仔細を尋ねられた際の受け答えは考えておくべきだろう」
「ってもよー、俺は頭脳労働は苦手だから、そういうのは思いつかねーぜ? どうする? 昨日の報告より突っ込んだ事はなかなか言えねーよなぁ」
グリーグの性格を考えれば、最初は細かい説明は不要だろう。しかし、何も考えないで報告に向かうのは、やっぱり愚策と言える。何かしら納得してもらえる説明は用意しておかなくては。
「頑張った結果、倒しました。最初はこれで行こう。で、詳しく訊かれたら、まずは冒険活劇みたいに、途中で悪魔が本気になって、苦戦したけど王都で借りて来た銀の剣を刺して一旦退治したら、今度は空を夜に染めて復活しました。また苦戦したけどお城に隠されていた武器で倒しました、て言おう。ここまでは大丈夫ですか?」
「とりあえず、俺は異論なし。王様は?」
「私も、異論はない。いや、それ以前に、口を挟む権利すらあるのか。この時代の人間ですらない私には、プライバシーも何もないしな。報告する内容に嘘偽りさえなければ、よいのではないか? 私が悪魔を召喚した事やその理由も、必要によっては語ってしまってもよいぞ? それでどうののしられようと、これも罪に対する罰なのだからな。ただ、今こうしている事だけは、隠しておいてくれ。先ほどもここへ来る道中、ひどく気まずい思いをしたものだが、もしここにいると知られれば、そなたらの街で、実験動物のように調べられるかもしれぬでな。それはさすがに勘弁と言う所だ。よいか?」
長々と語ったその表情は、ひどく晴れがましかった。悪魔の呪縛から逃れる事が出来ても、先ほどまでは悪魔がまだ生きていたために、心に刺さった楔は残っていたが、今はそれも抜かれ、あるのは犠牲者に対する懺悔の思いだけだった。
「じゃあ、本当に今の流れで報告に行きますよ。大丈夫ですね?」
「ああ。男に、いや国王に二言はない。っとと、もう私の国はないのであったな。私が一代で国を大きくし、そこで滅ぼしてしまったわけだが」
「王様、それ冗談キツくね? いやまあ、でも、話がまとまったんなら、早く報告に行った方がいいかもしんねーな。あの指揮官のおっちゃん、絶対待ちわびてるだろうから」
二人の脳裏に、グリーグの豪快な笑い声がよぎった。基本的には、気持ちのいい指揮官なのだ。後は、その気っ風を信じるしかない。
「それじゃ、行ってきますか」
「だな。王様の事は、エルちゃんとおっちゃんに任せておくから、とりあえずここで大人しく待っててくれよな」
「あい分かった、そうさせてもらおう」
こうして、話し合いの第一弾は終わった。だが、まだ話す事は残っている。
「戻って来たら、今度はお姫様の話です。できるだけ色々思い出しておいてくださいね」
「ああ」
「そういや、お前が見つけて来た日記、あれでも読んでてもらうか?」
あれは大事な資料だ。テントの奥から取り出して、それをルードヴィッヒに渡す。その装丁が懐かしいのか、表情が歪んだ。
「おお、これは確かに姫の! では、これを読ませてもらおう」
「じゃ、行ってきます」
表紙をめくりはじめたルードヴィッヒの姿を見届けて、二人はテントを出た。
「エルちゃーん、おじさーん」
「ん、何?」
外で夕食の支度をしていた二人に、ツァイネが声をかけた。
「俺たち、これから指揮官のグリーグさんに報告しに行ってくるから、その間、王様の事頼めるかな。何かあったら、守ってあげてほしいんだ」
「いいけど、か弱い女の子と、戦士でも何でもないおじさんに任せちゃうんだ」
「う! それを言われるとつれーな」
冷静に考えれば、あれだけの身のこなしで、あれほどの重量のフライパンを軽々と振るい、料理に攻撃にと活用する少女のどこが「か弱い」のか、甚だ疑問なのだが、二人とも、そこまで頭が回らないでいた。
なんだかんだ言って、話が出来るだけでも嬉しい存在なのだ。知らず知らず、鼓動が早くなっていた。
「ほらほら、指揮官の人待ってるよ? 王様の事は任されたから、さっさと行っちゃいなよ」
「そ、そうだね。じゃあ行こうか」
「だな。おっちゃんも、頼んだぜ?」
「ああ、任せてくれ」
二人はすこしぎこちない歩き方でグリーグのテントへと向かって行った。その様子を見送りつつ、エルリッヒの胸中には「こんな私でもまだか弱い女の子扱いしてくれるんだ」と、不思議な思いとありがたさが浮かんでいた。
「さてと、ちゃっちゃと支度を進めなきゃね。おじさーん、こっちは材料切り終えたんだけど、そっちはどう?」
「こちらも大丈夫だ。野菜は全部洗ったよ」
調味料が入れられ、火のくべられた鍋からはもうもうと湯気が立ちこめ、次第に、辺りにいい匂いが漂い始めた。
〜つづく〜




