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竜の翼ははためかない2 〜竜の瞳より鋭い視線で〜  作者: 藤原水希
第九章 真昼の月、夜の領域
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チャプター66

「どぉっ、りゃぁっっ!!」

 ゲートムントは悪魔の制止を振り切り、銀の剣を引き抜いた。悪魔はこれで心置きなく回復できるという思いと同時に、これで人間どもの思惑に負けてしまうかもしれない、という思いが沸き上がった。

『お、おのれ!』

 それは、想定外の事態に対する恐怖にも似た感情だった。この世界に生を受けてからの長い年月、このような感情を抱いたのは、魔王の前に立った時以来である。

「ツァイネ、今だ!」

「うん!」

 必死に力を蓄え、機を窺っていたツァイネは、突きを放つように剣を構え、ものすごい速度で駆け抜けた。

 一瞬で悪魔の元に辿り着くと、素早くゲートムントと入れ替わり、まだ塞がり切らない悪魔の心臓部に、渾身の力で深々と突き刺した。

「っ! ついに!」

『おおおおおおおおっっっっっっっっっっっっ!!!!!!』

 悪魔の叫びがこだまする中、銀の剣は悪魔の血をすするように淡く輝き始めた。

「剣が……」

「光ってやがる……」

 そばにいる二人は感嘆する。もちろん、遠くから見ているエルリッヒたちも、同じ気持ちだった。魔法の力によって作り出された星空に、それは美しく輝いていた。

「ん? こ、これは! ゲートムント、見て」

「んあ? おっ、なんだこれ! ちょっと二人ともこっち来て見てみろよ!」

 ツァイネが新たな事に気付いた。そして、それを目にしたゲートムントがエルリッヒとルードヴィッヒを呼んだ。

「な、なんだというのだ」

「とにかく、行きましょう」

 苦悶の表情を浮かべ、ひたすらにダメージを受けている。この状態なら、さほど危なくはないだろう。そう判断した二人は、悪魔の元へと近付いた。

「どれどれ、どうしたの? ……な、何これ!」

 安全確保も兼ねて二人が立っている後ろから、エルリッヒが覗き込んだ。そして、その光景に驚きの声を上げる。

「なんだと!」

 その反応は、ルードヴィッヒも同じだった。

「王様、これ、なんなんですか?」

「俺たちにはさっぱりだぜ……」

 そこで起こっていた事は、ルードヴィッヒすら想像だにしない事態だった。なんと、剣に施された装飾、それも刀身の彫刻にあしらわれた黄金が、強く輝いていたのだ。それが何を意味しているのか、ここにいる誰もが分からないでいる。

『力が、力が抜ける! こ、この剣のせいだと言うのか!』

「もしかして、力を奪ってる?」

 力の流れのようなものは見えない。だが、もし悪魔の言っている事、いやさ感じている感覚が本当なら、この剣には悪魔の力を奪う効果があった事になる。心臓に突き刺したのは、最もダメージが高くなるだろうという予想の元、エルリッヒが提案した事だったが、ダメージと力を奪う特殊効果というのなら、これほどの特別な武器はないだろう。

「もしそうなら、行けるぜ!」

 ガッツポーズを取るゲートムントと、安堵の表情を浮かべるルードヴィッヒ。エルリッヒは油断禁物と安堵はしないでいたが、それでも、事態が進んだような気持ちになっていた。

「王様、これは一体どういう経緯で存在しているものなんですか?」

 事態の推移を慎重に見守りつつ、質問をしたのはツァイネ。武器の出自を知る事は、作戦立案や事態のその後を予測する上での重要な資料になる。

「これは、我々が悪魔召喚に備えて用意した、いくつかの保険のうちの一つ、いや、最後の一つだ。全ては文献の記述通り。今にして思えば、非常に安直だが、悪魔の召喚も、魔法陣による行動の制限と封印も、すべて成功している。あながち間違いではなかったという事だな」

 自嘲気味な言葉と表情からは、しでかした行為と自分の愚かさ、そして悪魔をコントロールしきれなかった事に対する、猛烈な後悔が感じられた。

「文献には、悪魔を退治するための、退魔の剣としてその製法が綴られていただけに過ぎないのだ。純銀で作り、刀身に退魔の紋章を刻み、そこに純金と真鍮を半分の割合で混ぜた合金を流し込み、装飾とする。製法について書かれていたのはそれだけだったのでな、その記載を元に、職人に自由に作らせたのだ。使用法についても、これを退魔の武器とせよ、とだけしか書いてなかったのでな、詳細の分からぬまま使ってもらったと言うわけだ」

「なんたるアバウト。それでこの成果、奇跡としか言いようがないですね。いや、心臓を狙えって言った私も人の事は言えませんけど」

 呆れ半分の言葉も、内心ではその奇跡に感謝する思いで一杯だった。もしこの作戦が上手く行かなかったら、エルリッヒは自らのドラゴンとしての力を以てこの悪魔を倒さなければならない所だった。そして、この状況では、それにはとても大きな困難が伴う。全員気絶、などという都合のいいシチュエーションには、なかなかならないのだ。

「いや、本当にそうだな。悪魔の召喚方法が載っている本だというのにも関わらず、その暴走対策まで仔細に記してあったのだから、それだけでも奇跡だが、それがことごとく記載の通りに効果を発したのだ、全てが奇跡としか言いようがない」

「二人とも、話してる場合じゃないよ。悪魔の様子が」

 ツァイネの言葉にたしなめられるように会話を中断し、促されるように悪魔の様子に注目する。そこには、先ほどまでとは打って変わって、気迫も力も感じられないような姿がそこにはあった。もしかしたら、すでに力を奪われ尽くしているのかもしれない。

「なあ、今なら勝てるんじゃないか?」

「か、かもね。でも、油断するのは……」

『おのれ、人間風情が……』

 言葉では強気だが、声にも張りはない。やはり、力の大半は奪われてしまったのかもしれない。勝つなら今しかないかもしれない。そんな予感がよぎった。

「この剣の効果は覿面だったね。でも、抜いたら抜いたで、また回復されるかもしれないし、放っておくと、剣が奪える力の許容量を超えてしまうかもしれない。今出来る事をしよう。ゲートムント、決着をつけるよ」

「お、いよいよだな。んじゃ、遠慮なく行くか。クロイツェンアングリフでどうだ?」

 二人がXの字を描くように突進を伴う突き攻撃を繰り出すクロイツェンアングリフ。二人で同時に大きなダメージを与えれば、それだけ回復もされにくいだろうという提案だった。もちろん、断る理由はない。

「よし、行くぜ!」

「だね!」

 ツァイネはすぐさま武器にはめ込まれた宝石を光の力のものに取り替える。こうする事で、より大きなダメージが期待できる。

「行くぜ」

 二人は武器を構え、一斉に駆け出す。

「「クロイツェン、アングリフ!」」

 互いにぶつからないギリギリのタイミングで交差するように駆け抜け、その刹那に鋭い突き攻撃を放つ。木々を避けるように突進を終了させると、肩の荷を降ろすように一息付く。

 そして、互いに振り返り、悪魔の様子を確認する。これで倒せていればいいのだが。油断せずに期待する。

『見事な……攻撃だ……』

 力なく言い放ったその様子に、まだしゃべるだけの力が残っていた事に驚きつつも、さすがのツァイネも勝利を確信した。

『本来の力であれば……軽く受け止めていたものを……』

「でも、これも戦闘での展開だ、お前のその言葉は、もう負け犬の遠吠えだよ」

「だな。さっきまでがどれだけ優勢だったからって、今こうして、勝利者として立ってるのは、俺たちだ。お前には悪いけど、その剣はお前が完全に息の根を止めるまでは抜かない。今のお前には、それを抜く力もないだろ。けどな、俺たちは、今ここで決まり切ってる勝利を、もう一度覆させるわけにはいかねーんだ。せめて、後は静かに息を引き取るんだな」

 息も絶え絶えの悪魔に掛ける言葉としては、人間向け過ぎたかもしれない。それでも、自分たちを見下して来た相手だとしても、人間の価値観で言う悪の心を持っていたとしても、剣を交えた相手、情を持たずに接する事は出来なかった。

『私が死んでも……魔王は復活しつつある……人間世界も……そこで終わり……だ……』

 とても嫌な言葉を残して、悪魔は絶命した。その生命活動を終えるとともに、次第に悪魔の姿が薄れて行く。人間ではない者だからか、死体を残す事なく消滅するようだ。

「消えてくんだな」

「みたいだね。悪魔を倒したのなんて、初めてだよ」

「こやつ私の若い頃の姿のままでおった。このように消えてくれて、安心したぞ」

「ぷっ、言われてみれば」

 ルードヴィッヒの一言に、つい笑いがこぼれた。それがきっかけで、場の空気は一気に和んだ。もう、先ほどのような気配もなく、次第に周囲の夜闇も薄れ、夕景が戻りつつあった。

 そして、足下で燃え盛っていた炎も、いつの間にか消えていた。これもまた、悪魔の力によって管理されていたのだろう。

「残ったのはこの剣だけか。ツァイネ、王様、これ、どうする?」

「どうするったって、それは王様が決める事のような気がするけどね」

「そうだな。これはそなたらが戦利品として持ち帰るがよい。退魔の剣だ、彼の悪魔専用でなければ、今後も使い道はあろう。私はいつ消滅するかもしれぬ身の上だしな」

 上空を見上げると、綺麗な夕焼けが広がっていた。ルードヴィッヒは、一瞬姫の消息を案じたが、ここは数百年後の世界、考えても無駄だと振り払った。

 そして、足下に突き刺さった格好の剣を抜き、鞘に収める。大量に掛かったはずの悪魔の血は、すでに消えていた。悪魔の死とともに、消滅したのだろうか。エルリッヒの体に掛かった返り血はそのままだったので、疑問が残った格好になったが、小さな事だろう。

「それじゃ、地下室にお姫様の様子を見に行って、それから戻る格好になるけど、いいかな」

「だな。王様も来てくれよ」

「ああ、そうさせてもらおう。この手で姫が救えるのなら、願ってもない事だ。して、その後はどうする?」

 これから地下室に向かうのは大変だったが、姫の様子は気になる。そのままキャンプに戻るわけにはいかなかった。

「お姫様の様子を確認したら、必要に応じて連れて帰ります。その後はキャンプに戻りますよ」

「だな。王様も一緒に、でいいのか?」

「ああ、構わんよ。というよりも、行く宛もないしな。この城もこのように廃墟では……」

「んじゃ、キャンプに着いたら美味しいご飯を作りますよ〜! みんな、ちゃっちゃと地下室行って来てね!」

 三人は引きつった笑みを浮かべる。

「え、エルちゃん行かないの?」

「だって、女の子をそんな所に連れて行こうっていうの?」

「ちょっと! ここで待ってる方が危ないだろ!」

「そうだ。私たちと共に来たまえ」

 三人の誘いをかたくなに断ったエルリッヒは、城のそばで待つ事を譲らなかった。

「じゃ、ここにいるからねー」

「ちぇ。まあ仕方ないか。じゃ、行きますか」

 エルリッヒを誘う事を諦めた三人は、少し早足で城に向かった。




〜つづく〜

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