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竜の翼ははためかない2 〜竜の瞳より鋭い視線で〜  作者: 藤原水希
第九章 真昼の月、夜の領域
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チャプター65

「そうやって深々と刺さってれば、そうそう身動きはできないだろうし、回復だって簡単にはできないでしょ?」

 世間話をしている暇はない。いつ回復されるか分からない。深々と突き刺したつもりでは投げたけど、いつ抜き出されるかは分からない。それまでに、なんとか作戦を遂行しなくては。

『小娘、貴様! このような事をした所で、時間の問題だぞ! すぐに回復してやる!』

「焦ってるね。でも、おあいにく様。こっちはこっちで、のんびり話をするつもりはないから。ツァイネ、これを」

「これ? 剣? もしかして、それを取りに?」

 城から持ち出した方の銀の剣を、ツァイネに差し出す。そして、ツァイネはそれを鞘から抜き、刀身を眺めた。

「ん、いい剣だね。でも、これで何を?」

 ツァイネには真意が掴めなかった。今更剣を託された所で、これがそんなに特別な武器なのだろうか。装飾の美しさは暗がりでも十分に伝わるが、それだけでは、わざわざ託す意味にはならない。装飾が美しい武器は色々見て来たが、それだけで強いわけではないのだ。幸い、この剣は仕立てもよくそれなりの攻撃力を秘めていそうだったが、それなら、今使っている剣とて負けていない。

「これで、その悪魔を倒すの。早くしないと回復されちゃうから、手短に説明するね。これは、王様がお城から持って来た特別製なんだって。信憑性のほどは分からないけど、最後にすがれる作戦が、これってわけ。ゲートムントは、ツァイネがこれで攻撃する瞬間を狙って、あの剣をあいつから抜いて。同じ所に突き刺した方が効くと思うんだ。できる?」

 このように言われて「できない」「自信がない」と答えるほど野暮ではなく、経歴に自負が足りないわけでもない。

 返って来る答えは、

「余裕っしょ」「だね」という短い言葉だけだった。

 やはり、この二人は信頼に足る。そう確認した。

「んじゃ、細かい作戦は任せるから。ゲートムントがあの剣を抜いた直後にツァイネが同じ場所に突き刺す。王様の話が本当ならそれで決着か、大弱り。いいね? わたしはここで応援してるから」

「それなら、尚更万全だな」

「うん。エルちゃんの応援があれば、百人力だよ」

 安っぽい精神論を振りかざすつもりはない。だが、人間は応援で普段よりも大きな力を発揮したり、残っている以上の気力を発揮する事がある。特にこの二人はその傾向が顕著だ、応援で百人力という言葉も、バカにする気にはなれない。

「じゃあ、百人分の力で頑張って。いいね。後、あいつも剣を抜いて回復しようとするだろうから、その動きも加味するように」

「言われなくとも!」

「俺たちだって、これが本職なんだから」

 本職、という言葉が、妙に心強い。そうなのだ。彼らはただの気のいい青年ではない。本職の戦士、騎士、戦いこそが仕事なのだ。

「それじゃ、行くよ!」

「うん!」

 二人はそのタイミングを狙い、駆け出した。




 一方、森に逃げたルードヴィッヒはというと、先ほど自分が意識を取り戻した場所まで戻っていた。

「ここまで退避すれば、彼らも納得だろう。しかし、エルリッヒとやらは、一体どこにいると言うのだ? 武器類は落ちていない所を見ると、もしかして、あちらに……」

 自分を差し置いて危険な場所に行ったと言うのか。もしそうだとしたら、とてもではないがやりきれない。なぜ自分が一番安全な場所にいるのか。一番身を案じられているのか。本当なら、我が身を犠牲にしてでも事態解決に当たらなければならないと言うのに。

 自分の国民ではないが、この土地に来訪し、この土地のために頑張ってくれている者に、王として出来る事はないのか。歯がゆい思いで一杯だった。

「しかし、今の私には……」

 出来る事が何も思いつかない。その事実に、肩を落とすのだった。せめて、何かあればまだいいのだが。

 木々にもたれかかったまま腕を組み、数百年使わずにいた頭を、ここへ来て必死に使っている。それはとても新鮮で、久しぶりの感覚だった。

 悪魔に体を乗っ取られていた間の事は、おぼろげながら覚えているが、行動の自由はなかった。ただでさえそのような状態なのに、さらには魔法陣による封印で、身動き一つ出来ないでいたのだ。

 唯一出来たとすれば、姫を手にかけないために、無意識に働きかけていた事くらいだろうか。あれは、どう考えても自分の仕業だろう。でなければ説明がつかない。

「私の姿を気に入っていると言っていたが、また、あの時のように干渉できれば、あるいは助けになるのだが、果たしてそのような事ができるだろうか」

 あの時は、自分の中に悪魔が同居していたからこそ可能だったと考えられる。ならば、今別々の体に分離している状態では、そのような干渉行為はできないのではないか。そもそも、どのような事をすれば干渉できるのかも分からない。乗り移られていた状態ならば、強く願うだけでも可能かもしれないが、状況がまるで違う。

 いくら考えても、ルードヴィッヒには自分にできそうな事は思いつけないでいた。

「考えていても始まらぬ、か。ならば、やはり彼らの行動を見届けるくらいはせねばならぬな」

 結局、この結論に達してしまった。本当なら、もっと画期的なアイディアを引っさげて戻りたかったが、今の状況を冷静に考えれば考えるほど、あの二人に任せるしかなく、そして、エルリッヒの動向が掴めない以上、こうするのはさほどの愚策ではないように思えた。

「待っていろ、悪魔め。貴様の最後、この私がしかと見届け、この土地に平和をもたらす!」

 再び戦場目指して駆け出すルードヴィッヒ。そこにあったのは、使命に燃える王の姿だった。




『むざむざと、やられはせん!』

「ところがどっこい!」

 銀の放つ力が蝕み、体の自由が利かない悪魔は、向かってくるゲートムントに向かい炎を放つが、それをもろともせず、棒高跳びのように槍を使い、高く飛び上がり炎を避けた。

『なんだと!』

 驚く悪魔。それはエルリッヒとツァイネも同じで、当人以外は一瞬目を丸くする事になった。

 そして、ゲートムントというターゲットに当たり損なった炎は、ツァイネの放つ水の力を秘めた剣戟によって消滅させられた。

「よし、目の前に着地だ! 今、その剣を引っこ抜いてやる!」

 槍を地面に突き刺し、両手で銀の剣を抜こうとする。悪魔にとっては本来ありがたい手助けのはずなのだが、それがより自分を追いつめる作戦の一環だと言う事くらいは把握しているために、抜かせまいとしていた。

『やらせるか!』

「うをっ、すげー力だ! でも、それでも、こいつが刺さってるからあんまし強くねーわ! さっきに比べたら、全然大した事ないね!」

 お互いの振り絞る力は、少しだけゲートムントの優勢だった。ずるずると、少しずつ剣が抜かれ行った。真っ赤に染まる刀身、剣が抜けるたびに飛び散る血しぶきは、見ていてあまり気持ちのいいものではないが、その一滴一滴が、勝利への着実な一歩に感じられた。

「ツァイネ、行かなくていいの?」

「ん? ああ、まだ行かないよ。タイミングっていうのはさ、自分の能力とのせめぎ合いでもあるんだ。大丈夫、作戦は上手く行くよ。ゲートムントが、得意の力で頑張ってくれてる。俺は、これから得意の剣とスピードで頑張る。エルちゃんは、そうして心配してくれるだけで十分。じゃあ、後は何が足りないの?」

「それは、見届ける私の目と責任だ」

 後ろから、突然ルードヴィッヒの声がした。

「お、王様! 危ないから下がっててください!」

「そうですよ。足下の火だってまだ消えてないんだし、危険ですよ」

 二人の説得が効果を持たない事は、その瞳を見れば明らかだった。固い意志と決意に満ちた瞳には、何者の言葉も通じない。

「私には、見届ける義務と責任があると言っただろう」

 王としての義務と責任。それは、何も返す言葉ながなかった。王族ではないツァイネは踏み込めず、人間ではなくとも王族として竜族の勝手を取り締まる立場のエルリッヒには、よく分かるからだ。

「じゃあ、くれぐれも必要以上に危険に飛び込んだり、悪魔を挑発したりしないでください」

「分かっておる。ただ、見届けさせてもらえれば、それでよい」

「ツァイネ、王様は私が見てるから、遠慮なくやっていいからね」

 返事を返す代わりに頷く。ツァイネのくせだった。この癖が出る時は大丈夫。エルリッヒは一人そんな事を考えた。




〜つづく〜

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