チャプター64
「ん、また気温が……」
「お、雪も降って来たぜ?」
「まるでこの炎を消そうとしているかのようなタイミングではないか。だが、この勢いでは……」
足下で燃え盛る黒い炎は、はらはらと舞う雪ではとてもその勢いが弱まる事はなかった。気温が下がり、先ほどよりは強い勢いで降っていたが、それはあくまでも先ほどとの比較であり、炎を消すほどの勢いではない。
このまま強くなれば、という期待はあったが、そもそもが季節外れの降雪、いつ止んでも不思議はない。
『また降って来たようだが、この程度では私の炎は微塵も弱まる事はない! さあ、どうするか? この炎に巻かれて死ぬか、私に斬られて死ぬか』
「そんなん、どっちも選ばねーよ!」
「だね。俺たちが戦って勝つ。炎も、消す!」
「そなたら、その勢いはよいが、具体的な策もなく、どうするというのだ?」
ルードヴィッヒの心配は尤もだった。二人には、なんの具体的な策も提示できていない。これでは、ただの空回りで終わってしまう。
「そうなんだよ……」
「せめて、この雪がもっともっと強くなってくれれば。いや、自然に任せてたらダメだよね。俺たちでなんとかしなくちゃいけないんだよね」
気合い十分の意気消沈、しかし、それでもなんとかしなければならないという思いだけは消える事はなかった。
「じゃあ、俺は水と氷の力を試してみるよ。ゲートムントは、王様を安全な所に」
「おう! 王様、できたら森の中まで避難しててくれないか? 絶対燃え広がらせたりしねーからよ」
「いや、私も何か手伝える事はないか? やはり、私に発端としての責任があるのだし……」
申し出はありがたかったが、今のままでは足手まといだ。それなら、安全な所に非難していてもらうのが一番だ。自覚はあっても何かせずにはいられない。そんな性分が邪魔をした。
「でも、出来る事を考えてみてください。それに、そこには悪魔がいるんですよ? 戦いながら消火活動をするんです。守りながらじゃ、さすがに俺たちでも……」
「そうか。では、仕方ないか……」
二人の説得は簡単な物だったが、ルードヴィッヒを諦めさせるのには十分な効果があった。体を森の方へ向け、歩いて行く。
若干悲しそうな顔をしていたが、それでも従ってくれたのは、物事の理非が分かっているからだ。
その判断力に、二人は安堵する。
「よかった。これでなんとか」
「だな。これならまだなんとかなるからな」
ルードヴィッヒの寂しそうな後ろ姿を見ながら、ゲートムントは槍を構えた。今度は炎の灯りがある。黒い炎と言えど、そこから放たれる光は、通常の炎と変わらなかった。
一方のツァイネは、光の力を残した宝石を外し、水か氷の力を宿した宝石を探した。持って来ているのは間違いないのだが、暗がりの中で探すため、手間がかかる。
「悪いけど、また少しだけ時間稼ぎ、お願い」
「任せとけ!」
二人は相変わらずの連携だった。
「やばっ!」
なんとか降雪量を増やせないかと森の中でうなり声を上げていたエルリッヒ。しかし、向こうでの声や大まかな行動は見聞きできていた。ルードヴィッヒがこちらに来るとなれば、これは危ない。作戦も大事だが、まずは保身だ。
「でも、この状況で雪を止ませるわけにも……だったら、まずは悪魔を倒すのが先か……そうすれば、じっくり火消しできる!」
ゲートムントは悪魔との戦いを再開した。それを好機と捉えずどうするのか。
「王様と会わないように森を抜けて、力を使いながらだから慎重に……武器は持ったまま。よし!」
段取りを確認すると、木々の間を抜けて駆け出した。
「本調子じゃないはずなのに、やっぱお前強えーわ。全然歯が立たないなんてな……」
『分かり切った事ではないか。それを今更、何を言うか』
一太刀交えれば、その強さは嫌でも実感させられる。まともにたたかっても勝てない。あれほどのダメージを与え、なおかつツァイネの攻撃は光の力を纏った攻撃で、その光の力も効果を発揮したと言うのに、ダメージの大半は回復され、それでもまだ完全回復していないはずなのに、全然歯が立たない。体と目が慣れて来たせいか、それまでよりは動きについて行けるようになっていたが、こちらの疲労も相まって、勝てない相手という関係性が変わる事はなかった。
それに加えて足下の炎。いかに炎に強い鎧と言えど、これでは戦いづらい。軽く宙に浮いているためか、不思議な力による物か、炎をもろともしない悪魔との差に、ますます差が開いてしまう。
「くそっ!」
『そら、どうした? 愚痴っていても私にはダメージは与えられぬぞ? 先ほどの攻撃、よかったではないか。当たりさえすれば、勝てるかもしれんぞ?』
この余裕が嫌らしい。だが、癪だが今はその余裕に乗っかるしかない。こうしている今、ツァイネは火消しのための宝石を探し、ルードヴィッヒは避難しているのだ。これが自分の役割だと思えば、いかにして時間を稼ぐか、という発想も出来る。
「当たりさえすれば、か。それはつまり、当たらないって前提で話してるんだよな。感じ悪りぃ話だぜ」
一筋、嫌な汗がゲートムントの頬を伝った。
「悪魔とゲートムントが話をしてる。今だ! 今しかない!」
その会話内容から、時間稼ぎの意図を感じ取る。ゲートムントの性分なら、話をするよりも体を動かして、行動でアピールするはずだ。それをああして話をするという事は、時間稼ぎに違いない。
そうであれば、その話術が及んでいるうちになんとかせねば。
「ツァイネもいるわけだし、なんとか悪魔だけを捉える場所に移動して……」
木々を縫うように走り、距離を詰め、位置を調整する。そうして場所を決めれば、後の行動は少ない。始動は早かった。
「んじゃ、いっちょ行きますか」
ぺろり、と唇を湿らせると、フライパンを手に、思い切り振りかぶり、先ほどと同じように投げつけた。
愛用の調理器具であるフライパンを二度までも投げつける行為には、罪悪感が沸き上がるが、ここは世のため人のためと、フライパン自身に納得してもらうより他はなかった。
「そーれっ、とりゃあああ!!!!」
思い切りのいいその動きは、フライパンにものすごい加速を与えた。
「っ! 今、なんか通ったよな……」
とはゲートムントの一言である。一瞬走り抜けた風が、何かの存在を示していたが、なんだったのかは、分からなかった。そして、問題の悪魔はと言えば……
『何っ、これは! これは、あの時の!』
不意を突かれた格好になったが、なんと、悪魔はフライパンを両手で受け止めていた。重量と加速の勢いで、いくらかの後退を余儀なくされたが、しっかりと受け止め、自身へのダメージを回避していた。
「しまった! キャッチされた!」
森で見ていたエルリッヒは、一瞬慌てた様子を浮かべたが、すぐさまその表情を切り替えた。
「なんてね。こっちが本命だっ!」
次に投げたのは、ゲートムントが用立てたあの銀の剣。悪魔の血でいくらか曇っていたが、それでもまだ美しい輝きは残っている。
それを、先ほど以上の勢いで投げつけた。
「っ! また、風が……って、なっ!」
次の瞬間ゲートムントが見たのは、今一度心臓に銀の剣が突き刺さった、悪魔の姿だった。
『な……ん……だと……』
フライパンを手にしたまま、驚きを隠せないでいる。傷口からは絶えず白煙が立ち上っているが、少なくとも、回復よりもダメージの方が大きい様子に見えた。
そして、フライパンを取り落としたのを見計らって、葉擦れの音をさせながらエルリッヒが森から出て来た。気温低下と降雪の力を操りながらだからか、若干表情に余裕がない。
「エルちゃん! 今までどこで何を!」
「それは後で話すよ。それよりもそこの悪魔さん、ようやく、お終いの時間だよ。二人には、最後の決着、付けてもらうから、よろしくね」
にこりと笑ったあどけない姿に、悪魔は戦慄していた。
『これを、このように投げたのは、貴様かぁぁぁぁ!!!』
「そうだよ。こっちの行動は半分見透かされてると思って、まずはフライパンをキャッチさせて、その隙にこの剣を突き刺す。銀の剣を心臓に突き刺せば、さすがにダメージは小さくないだろうからね。なんとか作戦成功で、よかったよ」
その瞳の輝きは、悪魔が見下している人間のそれではなかった。
〜つづく〜




