チャプター62
「それで、どのような作戦を思いついたのだ?」
「はい、簡単な話です。王様には悪魔と話をしてもらいます。その隙に私が武器を投げつけて、悪魔にダメージを与えるとともに、それを二人に渡すんです。ね、簡単でしょう?」
エルリッヒが語ってみせた作戦は、本当に簡単だった。上手く行くかは別にしても、実行するのはとても簡単そうだった。
問題は、悪魔が聞く耳を持っているかどうか、である。
「それじゃ、私はフライパンと銀の剣を拾ってから、タイミングを見計らって森の中から投げつけます。王様は一足先に行って、悪魔と話をしてみてください。ゲートムントたちは、必ず守ってくれるはずですから」
「そうか。では、その言葉、信じさせてもらうぞ」
エルリッヒを見つめる瞳は、真剣そのものだった。
「ありがとうございます。それじゃ、その剣もお預かりしておきますね」
「なぜ……そうか、私たちの意図を見抜かれないためだな? よかろう、確かに託した。では、また後で会おう」
ルードヴィッヒは剣を託すとそのまま駆け出し、森の中に入って行く。魔力によって作られた擬似的な夜空の下では、ルードヴィッヒの黒いマントはすぐに見えなくなる。
駆け出すと言うのだから、よほどこの作戦を信頼してくれているのだろうか、悪魔と話をしてみたいという思いがよほど真剣なのだろうか。いずれにしろ、これでエルリッヒは一人になった。
「さて、と」
一人になれば、戦うのも守るのも簡単である。誰にも見られなければ、どうにでもできるのだ。
「ここから先に入れば、悪魔に検知される、か」
そんな事は百も承知。いくら相手が悪魔でも、自分の本気と比べれば、勝負にはならないだろう。相手が魔法の力を使うと言うのなら、こちらは自然の力だ。能力において何も負ける所はない。
「まー、私が躊躇する理由はないわな。王様が戻ったのはもうとっくに知られちゃってるし」
一歩、魔法陣の効果範囲に足を踏み入れる。
「うわぁ!」
すると、不思議なくらいに周囲が暗くなった。空を見上げると、木々の間からは星空が覗く。一方、先ほどまでいた場所はと言うと、傾き赤く染まりつつある日差しが照り、優しい明るさに満ちていた。一体どういう仕組みなのだろうと思うが、夜だろうと森だろうと、構う事は何もない。
「この姿のままで自然の力を扱えたら、こんなに楽な事はないんだけど」
数時間前に無意識にやった落雷。あの時のように、体の一部分だけ元の姿に戻る事ができれば。さっきは出来たのだから、やって出来ない事はなかろう。それくらいの気持ちだった。
「お、あったあった。愛しのフライパン! それに、銀の剣。これだけあれば、よゆーよゆー」
武器を手に、木々が倒されて出来た道をのんびりと進んで行った。
ーリュージュブルク城・前庭ー
「よし……今の俺たちにできるのはこれくらいだ……」
「だな……さすがに疲れたぜ……」
悪魔が閃光で視界を奪われている間の猛攻。光の力がどの程度の効果を発揮したのかは分からない。竜殺しの力には特別の効果はないだろう。それでも、剣戟と槍による攻撃は、少なからぬダメージを与えているはずだった。
『おのれ……目が見えぬうちによくも。格上の相手であるこの私に、よくここまでのダメージを与えたものだ。その機転は褒めてやろう。だが、そろそろ視界が戻って来たぞ? 再びの形勢逆転だな』
そうなのだ。悪魔が回復してしまえば、再び不利な状況がやってくる。そして、二人にはもう体力が残っていなかった。
「さあ、それはどうかな?」
『なんだと?』
ツァイネはハッタリで場を繋ぎ、少しでも体力回復の時間を捻出しようと考えた。これもまた、場当たり的な作戦である。それでも、このままやられるよりはよかった。
「その体、見てみなよ」
『体、だと……? こ、これは!』
そこには、ツァイネが放った攻撃によって出来た、幾筋もの光の帯がまとわりついていた。実際には、斬られた所に光の力が残り、それがそのまま光となっているだけなのだが、それがまるで悪魔を縛る帯のようになっているのだ。
「これは、光の力の残滓さ。お前を斬った時に走ったもの。悪魔が闇の炎を使って、昼を夜に変える力を持っているんだったら、光の力が有効なじゃないかと思ってね」
『ぐあぁぁぁぁぁ!!!』
気付かなければよかったものを、悪魔は光の力で攻撃された事に気付いてしまった。あの剣から放たれた光は、ただの灯りではなかったのか。ツァイネが藁にもすがる思いで、ほとんど手探りで使ってみた光の力は、今悪魔の体を蝕む力として、全身を駆け巡っていた。
『おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
「やった! 効いてる!」
「こいつぁいいぜ!」
人間である二人には分からない苦痛が悪魔を襲い、もだえるように身をよじらせている。体力さえ残っていれば、そのまま追撃をするのだが。
今の疲労が恨めしくてならなかった。
「無様だな、悪魔よ」
葉擦れの音がして、森の中からルードヴィッヒが現れた。確か、魔法陣の外に出ていたはずでは、と思いを巡らせるが、何かの目的があって戻って来たのだろうと考えると、後はもう、速かった。
「王様!」
「ここは危険だ!」
「分かっておる。だが、どうしてもそやつと話がしたくてな、こうして舞い戻って来たのだ。悪魔よ、貴様がそうして苦しんでいる姿が見られるとはな」
『貴様! 王! わざわざ殺されに戻ってくるとは……ぐあぁぁぁ!!』
苦しみながらも減らず口を叩く余裕は残っているらしい。が、今なら話くらいは出来そうだ。ルードヴィッヒは自らの判断を信じた。
「貴様と話がしたいと言っただろう。話が終わるまでは、殺されるわけにはいかんよ。かつて私をそそのかし、世界征服の野望を見させたのは、何のためだ?」
『ただ……本の中に封印されていた毎日が暇だっただけだ。暇つぶしにそそのかしてみればあの通り……ぐぅっ! よもやのこのこと準備をし、本当に本の封印から解放してくれるとは、予想外であったがな。はぁ……はぁ……外にさえ出られれば、それで十分だったが、それでは面白くない。貴様の体を乗っ取ってみたというわけだ……』
苦しみながらも、あながち偽りではなさそうな答えを返してくれる。もし、これが本当なら、とてもやりきれない。元は悪魔の道楽だったと言うのだから。
「人間の心と言うのは、本当に脆弱だな。いや、お前たちの言葉が強い力を持ちすぎているだけなのかもしれないが。とにかく、そのおかげで私は多くの罪を犯した。時の過ぎた今、こうしてまた新たな罪を犯しているのだからな」
「でも王様、王様がこの土地に巡らせた保険のお陰で、被害は格段に小さく済んでます。良心が残ってた、という事に感謝してもいいんじゃないでしょうか」
「そうだよな。立場が重たきゃ、その分しでかしたことの被害は大きくなるだろうし。気にするより、こいつを倒す事で罪滅ぼしになる、くらい気楽に考えてるのがいいんじゃねーの?」
王故だろうか。ルードヴィッヒの責任感はとても重く、気ままに生きる二人には、眩しすぎ、鋭すぎた。だが、それだけの立場の違いを経ても尚、言葉をかけたかった。この一件に関わった以上、二人はもう部外者ではない。
姫の日記を発見したツァイネ、そしてその姫から直接王の身を託されたゲートムント。この事は、決してただの偶然ではないはずだ。
「そなたら。だが、そうだな。過去を悔いても前には進めぬ。悪魔よ、貴様が犯した罪、私が同じ罪を持つ者として、その血であがなうのだ!」
『何を! 何を世迷い言を! これほどの傷を受けて尚、私には貴様らを消すのには十分な力が残っているのだぞ! ん、なんだ、これは……雪?』
悪魔が叫んでいると、急に気温が下がって来た。そして、夜空は次第に曇り、雪が舞い始めた。これは一体なんだと言うのか。
悪魔を含めた四人に、混乱が走った。
〜つづく〜




