チャプター58
ーリュージュブルク城裏手の森ー
「ねえ王様、これはどこに通じてるの?」
「黙って付いて来るんだ」
ルードヴィッヒは森の中を分け入って行く。迷いもせず、森の中の細い道を進んで行く。エルリッヒは、どこに通じているのかも分からないまま、その後を付いて歩いていた。
進んだ距離を考えると、結構歩いたような気配があり、方角が分かりにくい森の中だが、道は曲がっているように感じられた。しかし、これだけ細い道をよく覚えているものだと関心する。
いや、それ以上に、一体なんのために誰がこんな道を整備していたというのか。
「ここは、昔からこの森で暮らす者が使っていた貫道だ。それを私が整備させた。まあ、そなたたちの話からすれば、数百年前の事だがな。まさか、今もこうして残っているとは思わなかったが」
「ふぅん……」
すっかりエルリッヒは砕けた話し方になっていたが、ルードヴィッヒも気にするそぶりは見せない。信頼関係という事ではなく、そのような事を気にするほどの余裕がない、という事であった。
「さあ、もうすぐ抜けるぞ」
「は、はいっ!」
急に言われてあわてて返事をするが、確かに森は急に切れた。森の向こうにあったのは、リュージュブルク城。昨日は見えていなかった、城の裏手だった。
「これ、お城……」
「そうだ。これは城に抜ける道なのだ。何かあった時のためにと整備していたのが、まさか今役立とうとはな。悪魔の行動範囲は地下の魔法陣の効力が及ぶ範囲のみ。そして、それはこの道の内側に収まるように設計させておいたのだ。つまり、この道を通っている限り、悪魔は私たちの行動を検知できない。つまり、この城に入った事を悪魔は知らないのだ」
目から鱗だった。悪魔が自分の行動範囲にいる者の事を把握できるという事はエルリッヒたちも知っていたが、まさか、その外から城に戻れるとは。
「裏手の門は、私も滅多に使わないが、ここから城に入れる」
「まあ、王様ですもんねぇ。王様がここに入る事はない、か。て、王様、お城の中に入ったら、悪魔の察知範囲に戻っちゃうんじゃないですか?」
これもまた、エルリッヒの懸念事項だった。魔法陣の効果範囲を把握していない事もあるが、城内全てが効果範囲なのではないか、と思ってしまう。
「数百年ぶりに入ったが、相変わらず埃っぽいな。もともと裏口だったし、仕方あるまい。さ、ここからまだ歩く、付いて参れ」
「は、はい……」
エルリッヒが今こうして従卒のように同伴しているのは、ひとえにその身を案じての事。ああして森の中にいる限り、悪魔の察知範囲の中にいる事になる。それでは、あの二人も全力では戦えない。しかし、こうしていなくなってしまえば、それに気付いた時点で悪魔が何かを言うだろう。そうすれば、二人にも伝わる。ルードヴィッヒは、そこまでを見越していた。
誰かを守るための戦いは確かに強いが、同時に遠慮も生まれる。こうして気にしなくていい範囲に移動してしまえば、より全力で戦えようというものだった。
そこまで深くは考えていなかったが、ルードヴィッヒなりの思惑や配慮がある事は感じ取っていたエルリッヒである。
しかし、なぜ城に戻ったのか、その目的まではようとして分からないのだった。
「そなたの懸念事項、もちろん分かっておる。だが、あの槍使いの青年の言葉を、そなたはどこまで覚えておる? 彼がこの城で、何を見たのか」
「はい。地下を進んで行ったら地下二階に通じてて、そこをまた進んだら、魔法陣があって、家来がたくさん死んでたけど、お姫様だけは無事だった、ですよね。それで、ゲートムントに王様の事を託して、また気絶しちゃった」
料理のレシピ以外には人並みの記憶力だが、印象的な出来事、忘れるはずはない。このような体験、なかなか出来る事ではないのだ。体験談といえど、とても貴重な価値がある。
「そうだ、覚えているならよい。なぜ、私がそうして地下の外れに魔法陣を作らせたか、分かるか?」
「あ、そっか! お城にも、自由に動ける範囲を作るため……」
答えの正誤は、ルードヴィッヒの表情が示していた。にやりと笑ったその姿は、中年男の魅力にあふれていた。
しかし、それが正解だとして、一体どこへ何をしに行くというのだろうか。
「悪いが、そこを登るぞ」
「えー、これ、尖塔? でも、ここにいるわけにはいかないですもんね」
城の裏門は、すぐに台所に繋がっていた。そして、そのすぐ脇に、石造りの簡素な階段があった。
昨日の探査の時に見た尖塔への階段とは違う、ごくごく質素な造りのものだ。
「この階段はな、私の私室に繋がっているものだ。普段使うものとは違う、臨時用のものだがな」
「そっか。王様だから、そういう備えをきっちりしておくんだ……」
要人には用心がいる。恐らく、この城に備えられた裏口や緊急用の階段を避けるように魔法陣を描いたのだろう。まさか、数百年経った今、それが役に立とうとは思わなかっただろうが。
「使われなければその方がよいようなものだがな、ここへきて利用するというのも、おかしなものだ。さあ、無駄話をしている余裕はないぞ。あの者たちが元気なうちに、ここでの用を果たしてしまわなければ。この階段は造りが雑で登りにくい、気をつける事だ」
「わ、分かりました」
ごくり、と唾を飲み込み、尖塔を見上げる。確かに、よく見ると階段が二種類ある。昨日見た時には、気付かなかった。この二重階段構造が、結果的に自分たちを助ける事に繋がるのだろう。
二人は、早速登り始めた。
「そういえば、経年劣化も考えねばならぬな。石造り故さほどもろくはないだろうが」
「王様、それ大事な事ですから。怖いなぁ、もぅ」
一歩づつ、どきどきしながら登って行く。崩れやしないか、足下を確かめて。先を行くルードヴィッヒがすたすたと登って行くのだから、その限りでは安全なのだろうが、どうしてもびびってしまう。
竜族の王女という身の上で考えれば、この程度の高さから落ちた所で大した事ではなく、竜の翼を持ってすれば、飛んでしまう事も出来るのだが、今は人間の体、ついつい思考回路も人間の価値観になってしまう。
「さて、まだまだ先は長い。少し、昔話でもするか?」
「聞かせてください」
沈黙に堪え兼ねたのか、自身が暇に思ったのか、ルードヴィッヒは語り始めた。
「この城を造った当時の話だ。この城には大きな図書室があってな、各地で収集した書物はそこに収蔵してあった。元々ここには小さな城が建っていたのだが、それを私の代でこの城に改築したのだよ。いや、元の城は壊してしまったから、新規に築城したというのが正解か。とにかく、その蔵書は、私もほとんど把握できていなかったのだ」
「はぁ。でも、そんな部屋なんてありましたっけ」
エルリッヒは昨日調べたこの城の間取りを思い描いていた。しかし、そこには図書室のようなものはなく、まして立派な図書室があったと思えるような大きな部屋もなかった。
一体、どこにあったというのか。
「そうだろうな。それが、この話の大事な所なのだ。蔵書には、当然様々な物があった。物語、植物の研究書、まじないの本、武器の製造指南書、兵法、哲学書、ジャンルは問わず収蔵しておったからな。ある時、暇を明かして図書室を散策しておった私は、偶然一冊の本を目にしたのだ」
「それは何の本だったんですか?」
エルリッヒの瞳が、強く輝いた。それを見ていたわけではなかったが、ルードヴィッヒの語調にも、張りが出ていた。元々、こうして話をするのが好きなのだろう。
「それは、悪魔召喚の本だった」
「悪魔……召喚……」
目の輝きに反して、背筋には嫌な汗が流れた。もしかしたら、この話は、今回の事件とも繋がっているのではないか。そんな予感すら覚えたのだ。
〜つづく〜




