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竜の翼ははためかない2 〜竜の瞳より鋭い視線で〜  作者: 藤原水希
第九章 真昼の月、夜の領域
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チャプター57

 相変わらずの星明かりの下、悪魔は両手を大きく広げ、大げさな仕草で再戦を誘った。その右手には、先ほどと同じように、黒い炎に包まれた剣が握られている。

 近くにいるだけで、その威圧を感じて足がすくんでしまう。それは、本気の状態で一度戦い、その強さを全身で味わっているから。

『待望の再戦、だろう? さあ、決着をつけようではないか』

「こんにゃろうっ!」

 余裕の様子に、ゲートムントが毒づく。しかし、ツァイネは平静の表情だった。

「そうだね。でも、悪いけど、作戦会議してもいいかな。俺たちはお前が強いって知ってる。だから、作戦会議くらい、してもいいよね?」

 あえて下手に出る事で、自分に有利な条件を引き出そうというのだ。事実、まともにぶつかっても勝機は薄い。正攻法で勝てない以上、何かしら作戦を練らなければ。

『なるほど。まともにぶつかっても私には勝てぬと認めたか。その謙虚な心意気に免じて、認めてやろう。好きなだけ話し合うがいい』

 その、上から物を見るような態度には少々カチンと来る物もあったが、手にしたチャンスは活かさなければならない。

 ツァイネはゲートムントを引っ張り、少し距離を取った。そして、小声で話を始める。

「それじゃ、軽く作戦会議と行こう。まず、これだけ暗くちゃ、まともに戦えない。だから、俺が光の力をこの剣に込めるから、それまでなんとか頑張ってあいつと戦ってて。明るくなれば多少は戦いやすくなるだろうし、あいつの剣に宿ってるのが闇の炎なら、光の力が通用するかもしれないしね」

「そっか。でも、それならすぐに済むんじゃねーの?」

 剣に宝石をセットするのは一瞬で済む。それなのに、作戦会議とはなんと大げさな。そう考えるゲートムントの思考を先読みするように、ツァイネは自身の道具袋を差し出した。

「んあ? これがなんだってんだ?」

「ゲートムントは、この中から光の力を持った宝石を探せる? 少なくとも、俺は難しいと思ったんだ」

 促されるがままに、袋に手を突っ込み、中をまさぐる。ガサゴソと探してみるが、なるほどこれは分からない。中には、回復アイテムを始めとしたその他のアイテムも入っており、容易には探し当てられない。まして、宝石自体複数入っており、その中から目当ての一つを見つけるというのは、尚更難しかった。

「なるほどな。こりゃ、時間掛かるわ」

「でしょ。だから、時間稼ぎが重要になって来るんだよ。どの道、光の力を使った所で、明るくなる以上の効果はないかもしれないけどね」

 額に、一筋の汗が流れた。ツァイネもまた、何が正しいかを全く突き止められないままに作戦立案しているのだ。

 そして、ツァイネが剣に光の力を宿らせる以上の作戦は、思いつかないままだった。

「気にすんな。まずはそれに賭けてみる。後は、その場その場で臨機応変に行こうぜ。その方が、俺たちらしい。こないだのドラゴンの時は、結局倒せずじまいで謎の巨大ドラゴンに助けられちまったから、今度こそ俺たちであいつを倒して、エルちゃんにかっこいいとこ見せようぜ!」

「うん! それじゃ、少しだけ、一人でしのいでて。今のあいつがさっきより強いのか弱いのかは分からないから、くれぐれも油断しないで」

 言わずもがなだと言わんばかりに、ゲートムントはツァイネの肩を叩く。気は重く、威圧から足がすくんでいるはずなのに、どこか足取りは軽かった。どれだけ恐ろしい相手だろうと、やはり強い相手と戦える事には、心が躍ってしまうのだ。エルリッヒが聞いたらどう思うだろうか。やはり、命を粗末にするなと怒るだろうか。そういう事を考えると、不意に笑みが浮かぶ。

「? ゲートムント、どうしたの?」

「いや、なんでもねーよ。エルちゃんに恥じない戦い方をして、きっちり勝ってエルちゃんにかっこいい所を見せる。俺たちの作戦は、これっきゃない、よな?」

 あまりにエルリッヒ中心な物言いに、ツァイネも笑いを禁じ得ない。そうだ、それこそ一番自分たちらしいではないか。あれこれ考えるよりも、その方が伝わりやすく、戦いやすいではないか。

「それじゃ、頼んだよ」

「おう。きっちり時間稼ぎしてくるぜ」

 ゲートムントは一人、悪魔の元へと向かう。悪魔は待ちくたびれたような様子も見せず、穏やかな表情で迎え入れてくれた。

『一人でよいのか?』

「今はな。あいつは今、お前ときっちり戦うための準備をしてる。お前も、きっちり戦う方が好きだろ? だったら、今しばらくは、俺の相手をしててくれよな」

 槍を構え、星明かりと月明かりしかない薄暗さの中、悪魔と対峙する。黒い炎といい、頭部の二本の角といい、悪魔は先ほど見せた本気の時と同じ姿だった。だが、今は気圧されるわけには行いかない。

 相手の姿をよく観察せねば、と見ていたら、ふとある事に気付いた。

「お前、その姿……」

『この姿がどうした。あの王の若かりし姿だが、数百年この姿を取り、気に入っているからこの姿のままでいる、と教えたはずだが?』

 ゲートムントが気付いたのはそこではない。そのような事、さすがにまだ忘れたりはしない。

「いや、その傷、消えてねーんだな」

『傷だと? なっ! これは!』

 それは、先ほどエルリッヒが悪魔の胸に銀の剣を突き立てた時にできた、衣服の破れだった。姿形は先ほどのままで、意識を失っていた時には回復しなかった頬の傷も回復しているのに、なぜ服の傷だけは回復していないのか。そして、悪魔自身もそれに気付いていないという事は、どういう意味なのか。

『本来決まった形を持たぬ我らの姿形は自由なのだ! このような傷、顕現の際に残るはずがないのだ!』

 それは、明らかな動揺だった。取り乱す姿など、この悪魔が見せようはずもなく、それが今目の前にあるのだから、よほどの事なのだろう。

「それは一体なんだってんだ……」

『おのれあの小娘! 私に何をした!』

 動揺は怒りに変わり、その矛先が、エルリッヒに向かった。これはいけない。エルリッヒとルードヴィッヒの安全が、今は一番大切なのだ。なんとしてでも、意識をこちらに向けなければ。

「何も特別な事なんてしちゃいねーよ。ただ、気絶してたお前に、銀の剣を突き立てただけだ。あの時、そうやって心臓を貫かれたから、お前はそこで王様の体から離れて復活したんだろーが」

『ならばなぜ服は破れたままなのだ! 特別な事をしていないはずがなかろう! 銀の剣? 確かに我ら魔族には有効な武器だがな、それだけで我らを殺せたのは、遥か昔の事。今となってはただ威力が高くなるだけに過ぎぬ。心臓を貫いた? 我らとて人の姿を取っている時の生命活動は貴様ら人間と同じだがな、回復力も、強靭さも、人間の比較ではないのだ! 心臓を貫かれ、多くの血が失われようと、死に至るわけではない! ではなぜ、私はあの王の体から追い出されたのだ! なぜ、服までは復活しなかったのだ!』

 悪魔の叫びを分析すれば、気絶している間に王の体から追い出され、実体を持たない本来の姿に戻った。そして、その際に不思議な力を使いこの場を夜闇に染め、気に入っているという理由で先ほどまでと同じ姿で実体化した、という事らしい。

 さすがに、ゲートムントには何がどうなっているのかさっぱりだった。

『やはり、あの娘が何かを施したとしか考えられぬ!』

「だから、なんにもしてねー……と、思う……ぞ」

 不意に、言葉に力がなくなった。今にして思えば、勝利の高揚感がわずかでもゲートムントたち二人の意識を支配していた。冷静に考えれば、なぜエルリッヒはあれほどまでに強い力を持ち得ていたのか。いくら顔に傷をつけられたからと言って、心臓を一突きというのは、なかなか出来る事ではない。やはり、この悪魔が言う通り、あの時エルリッヒが何か特別な事をしていたのだろうか。

 急に、自信がなくなってきた。

「少なくとも、俺たちには、何か特別な事をしているようには見えなかったぜ」

 こう言うのが、精一杯だった。

『ほう、そうか。ならば直接聞くとしよう……何? あの小娘、それに王も、この場におらぬではないか! 一体何を企んでいるのだ!』

「なっ!」

 今度はエルリッヒとルードヴィッヒがいないという。めまぐるしく変わってゆく展開に、ゲートムントの単純な頭はパンク寸前だった。




〜つづく〜

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