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竜の翼ははためかない2 〜竜の瞳より鋭い視線で〜  作者: 藤原水希
第九章 真昼の月、夜の領域
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チャプター56

「なんだ、これ。まだ、昼だよな」

「うん、そうだよ」

 ゲートムントたちのいる場所でも、周囲は暗くなっていた。エルリッヒのいる場所からあまり離れていないこの距離でも、同じ異変が起こっていたのだ。

 しかし、ここは森の中とは違い、開けている。周囲を確認するにはよりふさわしかった。

「ね、ねえ! ゲートムント、空、見て」

「あぁ? 空? 空なんか見たって……なんだこりゃ!」

 空を見上げた二人を待っていたのは、巨大な満月と、満天の星空だった。言うまでもなく、まだ昼間である。今までも色々な自然現象には遭遇して来たが、こんな事は、二人揃って初めてである。

 しかし、異様さよりもその美しさに、二人はしばし目を奪われていた。

「こりゃすげぇ……」

「そうだね……」

 普段星空をここまでしっかりと見る事は少なく、久しぶりにまじまじと見る星空と満月に、思わず感嘆の息を飲む。

「それにしても、一体何が……」

「本当だな……」

 美しい星空の下で、ようやく本題を話し合う。一体、この状況は何なんだろうか。そして、今世界では何が起こっているというのか。世界中が夜なのか、遠く離れた王都では、ちゃんと昼間なのか。

「きれいな景色なのは確かだけど、こんな所で襲われたら、危険だよ。星明かりも月明かりもあるけど、昼間よりも辺りが見えにくいんだから」

「わーってるよ。俺だって、そこまでバカじゃねーって」

 二人は、上空の美しさに目を奪われながらも、悪魔の復活が目の前に迫っているという事は忘れていなかった。

 だから、頭の片隅では「これは悪魔の仕業に違いない」とか、「これは悪魔が復活する前兆なんだろう」とか、そのように考えていた。

 実体験はおろか、仲間の体験談でも聞いた事はないが、子供の頃に読み聞かせてくれた「勇者が活躍する物語」の中なら、十分にありそうな話だ。

 そして、その手の物語は、史実を元にしているとはいえ、子供向けのフィクションである。そう、大きくは外れていない。

「まさか、こんな経験ができるとは思ってなかったけどね」

「俺もだ。さりげなく、俺たちすごいんじゃねーの?」

 これは、帰ったら自慢しなくては。そう思っていると、一瞬、冷たい風が吹いた。

「っ!」

「なんだぁ? 今の風、すげー強かったし、何よりすっげー寒かったな……」

 吹き荒んだ一陣の風は、二人の立っている間を背後に吹き抜けて行った。ただでさえ寒い季節に入って来たというのに、気温が徐々に下がって来たようだった。これではまるで、王都にいた時と変わらない。

「ここは南方だから多少は暖かいのに……寒くなって来たね」

「ああ。王都じゃねーってのに。一体なんなんだろうな、こいつは」

 これも、悪魔復活の兆しなのだろうか。考えれば考えるほど、わけもなく信憑性が高くなってくる。

「気配も濃くなってるし、前兆なのは間違いないだろうね。どういう事でこんな状態になってるのかは分からないけど」

「だよなぁ。おい、悪魔! どこにいる! 姿を見せろ!」

 どこへともなく叫ぶ。ゲートムントの声は、夜闇に吸収される。しかし、それに答えるかのように、どこからともなく声が響いた。

『そうわめくな。せっかく場を盛り上げてやろうというのに。仕方ない、期待に応えてやろうではないか』

 それは、どこからともなく響いてくる。もちろん、あの忌々しい声。やはり、こうして改めて無事の声を聞くと、とても嫌な気持ちになる。また、あの強大な悪魔と対決せねばならないのかと。

 覚悟はある。だが、相手が手強い事に変わりはない。まして悪魔はルードヴィッヒの体から追い出されている。恐らく、これまで以上に二人の事を殺しに掛かってくるだろう。今まで以上に、気を引き締めなければならない。

 そして、それ以上に、エルリッヒとルードヴィッヒの身の安全を守らなければならない。悪魔が自分の動ける円範囲の人間を察知できるとしたら、隠れてもらう事すら意味をなさない。だから、せめて精一杯意識を二人から離さなければならない。

「……っ」

「これで最後、だな」

 武器をしっかりと握りしめ、悪魔が姿を現すのを待つ。あれだけ盛大に声を響かせたのだ、姿が見えるのも、すぐだろう。

 気合いを入れ直したその瞬間、今度はつむじ風が吹いた。またしても、とても冷たい。まるで氷の魔法でも使っているかのようだ。

「また、風か!」

「っ! 一体なんだってんだ」

『なんだとはなんだ。せっかく姿を現してやったというのに。待望の降臨だぞ? 今度こそ、私を倒すのだろう?』

 風に驚き、一瞬目を閉じたそのタイミングで、悪魔は姿を現していた。二人の正面に立つその姿は、まさしくあの悪魔の姿だった。

「やっぱ、元気だったか」

「嫌なもんだな。って、その姿、まさか、また王様に取り憑いたのか!」

『この姿か? 元々我々には決まった姿などないのだ。数百年過ごしたこの姿が、思いの外気に入ったのでな、この姿のままで復活してみた、というわけだ。そう驚く事もあるまい』

 悪魔の様子は相変わらずで、ルードヴィッヒに取り憑いていた頃とまるで変わらなかった。



「あれは、あの悪魔! だが、あれは私に取り憑いていた時の姿ではないか。あやつめ、器用な真似をしおって」

 森の中から、ルードヴィッヒも悪魔の様子を見ていた。謎の夜闇にあって、悪魔の姿はうっすらと光っているようだった。

 これも、悪魔の持つ不思議な力のなせる技なのだろう。

「しかし、色彩はともかく、やはり若い頃の私は目もくらむような美形だな。やはり肖像画とは違う。あやつなかなかのセンスをしておる」

「ちょっと王様、そんな事今はどーでも。それより、本当に危ないんです、もうちょっと奥まで。会話だったら私が聞きますから」

 その制止にも、ルードヴィッヒは止まらなかった。エルリッヒが引き止めているからこれ以上前に出る事はなかったが、その口に戸板は立てられない。

「しかし、あの色彩はいただけぬ。青白いだけならまだしも、あの肌は真っ青ではないか。あれではまるで死に人だ。もう少し活動的な色にはならぬのか……」

「どこからその余裕が出て来るんですか? 全く……」

 呆れて物も言えない。しかし、ルードヴィッヒの様子からは、それが冗談でも何でもないという事がよく伝わってくる。普通なら、自ら身を隠すはずなのに。

「余裕、か。そうではない。あやつはまだ封印が弱まり切っておらぬ故地下の魔法陣が及ぶ範囲からは動けない。だが、その範囲であれば、どこに誰がいるのかは、全て手に取るように分かるのだ。どこに隠れようと、同じなのだよ。であれば、あの美しい偉丈夫を堪能した所で、悪くはあるまい?」

「王様……そこまで分かっているんなら……」

 自分が設置した保険の魔法陣、よく分かっているのだろうが、だからと言って、ここはまだその魔法陣の中だ。自由に動ける範囲でいる以上、危険な事に間違いはない。

「どこにいても同じって言いますけど、やっぱり、森の奥に引っ込んでた方が安全です。だから、来てください!」

「そなたそれほどまでに……」

 根負けしてくれたのか。それとも、ルードヴィッヒなりにまた何かを考えたのか、こちらに向き合ってくれた。

「そうです! あの二人はこれから全力で戦うんです! 私たちが邪魔してどうするんですか! 少しでも気兼ねなく戦えるよう、遠くに逃げるんです!」

「ふうむ、それなら致し方あるまい。いや、待て。ならば、私によい考えがある、付いて参れ」

 ルードヴィッヒは森を奥へと分け入り進んで行く。元々は自分の庭のような場所、数百年経とうと勝手は分かるのだろうが、付いて行くエルリッヒは必死だった。

「あの、王様、どこへ?」

「いいから、付いて来るのだ。来れば分かる」

 一体どこで何をするつもりなのか。エルリッヒはただただ頭に疑問符を浮かべるのだった。




〜つづく〜

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