チャプター55
徐々に増大する気配は、つい先ほどまで二人が感じていた気配と同じだった。忌々しい、あの悪魔のものである。
元々倒すつもりで来ているとは言え、今度は最終決戦のつもりでいた。決して逃げず、姿を現すのを待つ。
「ものすごい光だ。あの時と全く変わらぬ強さとは、恐れ入る……」
魔力に反応して光り、その強さに応じて光の強さが変わるという不思議な石、それが今はまばゆいばかりに輝いている。これほどまでに強く光るとは、やはりあの悪魔はそれほどまでに強い力を有していたのだろう。
ルードヴィッヒの言葉からは、強い厭味が感じられた。
「なあ王様、その石、有効範囲はどれくらいなんだ?」
「有効範囲だと?」
ゲートムントには、一つ解消しておきたい事があった。それを解消しなくては、心置きなく戦えない。
「これの有効範囲は、丁度そこの木々くらいまでだったと思う。だが、それがどうしたのだ?」
教えられた有効範囲はおよそ三メートル。さほど広くはない。
「いや、これ……」
そう言ってゲートムントが懐から取り出したのは、例の石である。地下室で灯り代わりに拝借して来た、謎の石。松明の代わりにと持って来た物の、ほとんど出番がないままに、今に至っている。
その石が、あの時は淡く光っていたのに、今はとても強く光っている。
「それは! 貴公それをどこで!」
「さっき話した話でも出て来たけど、俺が地下室を探索してるとき、地下二階に下りるための小部屋にあったんだ。松明が切れた時のために、一個もらって来たってわけだ。もしかして、何かの封印だったのか?」
慌てたルードヴィッヒの様子から、ゲートムントはあの場所に置いてあった事について何か重要な意味があったのではないか、と思った。もしそうなら、これはとても危険な事である。ゲートムントが持ち出してしまったせいで、事態の悪化を招いた事になる。
しかし、ルードヴィッヒの表情はそこまでではなかった。
「いや、単純に出所が気になっただけだ、安心するがよい。だが、有効範囲がどうだと言うのだ?」
「いやな、この石、俺が地下で見つけた時は、もっと小さい光だったんだよ。あの時、悪魔はどこにいたんだろうってな」
「そういう事か……もし、さっきまでもこの石がこれくらい光っていればいいけど、もしそうじゃなかったら、今度はもっと強い、て事だね?」
ゲートムントにしては珍しい神妙な顔つきで、大きく頷いた。これ以上強くなってもらっては困る。せめて、二人の全力で勝てる程度の実力であってもらわねば。
「そうか。厄介だのう。いや、嘆いても仕方ないか。あの悪魔が私に取り憑いておった時、そなたらは石の輝きを確認してはおらぬのだろう? ならば、まだ落胆するには早いではないか」
「そうですね。とはいえ、人間を支配している時とそうでない時と、一体どちらがより力を発揮できるのかと、それを考えてしまいます」
それが分かるくらいなら、とうに伝えているだろう。分からないという事は、ルードヴィッヒにも分からないという事なのだ。願わくは、今までと同程度か、それ以下の力であるように。そう祈らずにはいられなかった。
「分かんない以上、気にしない方がいいんだろうなあ」
「そういう事だよなー。俺もそう思う事にするわ。んじゃ、いつ悪魔が復活するかも分からないし、エルちゃんと王様は隠れててくれ」
ここは狭い。森だから隠れるには十分な場所があるが、戦うには不十分だ。ゲートムントたちが先ほどまで戦っていた場所まで移動する事で、結果的にエルリッヒたちと離れる事になった。どこまで効果があるかは分からないが、これで少しは安全だろう。
「じゃ、俺たちはここで待つか」
「だね。気配は強くなってるから、もうすぐだろうし」
適当な切り株を見つけると、二人はそこに座った。
「王様、王様!」
「なんだというのだ。騒ぎ立てずとも聴こえておるぞ」
二人と離れた直後、ルードヴィッヒは「ここでは勝負が見えぬ」と言い、森の中を進み始めた。木々を分け入っている事からも、隠れるつもりはあるらしい。しかし、あまりに危険すぎる。悪魔にとって、この四人は「雑草のような存在」ではなく、意味のある人間なのだ。近付いただけで危険な目に遭う可能性がある。
まして、周囲一帯にいる人間全てを把握できるとすれば、尚の事だ。
「危ないからやめましょうよ。せっかく二人が気を利かせてくれたんですよ? それに、どうしてこんな危険な事」
「分かり切った事を訊くでない。私は今回の事件を引き起こした張本人だ。つまらぬ野心から、このような事態を招いてしまった。魔王が滅び魔法も使えぬ今、私に戦闘能力はほとんどない。だが、今こうしてこの時間を生きている間は、彼らの戦いを見届ける義務があるのだ。分かってくれ!」
その言葉は力強かった。だから、ルードヴィッヒの気持ちが痛いほどに伝わってくる。元々一国の王として持っていた責任感が、ここへ来て爆発しているのだろう。王たる者、国民に対しては多くの責任を持たなくてはならない。国が滅び、その土地を別の国が治めている今でも、それは変わらないのだ。
今できる責任の果たし方が、戦いを見届けるという事なら、エルリッヒとてできれば口出しはしたくない。それでも止めざるを得ないのが、あの悪魔の凶悪性である。
あの悪魔が本気になれば、どんな危険が降り掛かるかもしれない。無事では済まないだろう。そばまで行って隠れているというのは、あまりにも危険だった。
「王様の気持ちは分かりますけど、危ないですって! ここで待ってましょうよ〜。死んじゃったら元も子もないですし、危ないんですから!」
「そのような事、分かっておる。危ないのは、あの悪魔になっておった時に、見ていたからよく知っておる。おぼろげな意識ではあったが、はっきりと思い出せるのでな。それに、危ない所で見届けるからこそ、責任が果たせるというものではないか。安全なところで見ている指揮官など、誰も信用すまい?」
それは、ルードヴィッヒなりの持論だった。安全な所で見ている指揮官は楽をしている、と。現場で頑張る騎士たちに申し訳が立たない、と。
かつて戦の際には鎧を着込み、前線に立って陣頭指揮をしていたその性分が、安全な所に隠れている、という事を許さなかった。
「いや、お気持ちは分かるんですけどね? 分かるんですけど、危ないのまで分かってるんだったら、尚の事安全な所にいなきゃ! 王様は、生きてこその人なんですから! もし王様の身に何かあったら、残ったお姫様はどう思いますか! 今、この国に、お姫様の末裔が生きているかもしれないんですよ?」
「姫の、つまり私の末裔か。そうか、考えもしなかったな。確かに、死ぬわけにはいかんか。いや、だが、そうは言ってもだな……」
ルードヴィッヒの粘りに、エルリッヒはついに説得を諦め、力技に出る事にした。その腕を掴み、これ以上進めないようにする。これなら、前には進めまい。
「ぬっ! そなたこの力は一体!」
「行かせませんよ〜っ! 私も王様も、死んだら悲しむ人がいるんですから〜!」
エルリッヒがちょっと力を込めれば、ルードヴィッヒの歩みを止める事は容易い。だが、力ずくで動きを止めている今も、心から納得して諦めて欲しいと思っていた。
「離せ、離さんか!」
「だから、離しませんって! って、あれ? なんか、暗くないですか?」
ふと気付くと、辺りが暗くなっていた。鬱蒼と木が生い茂る森だと言う事を差し引いても、まだ昼時、暗くなるには早い。
「そのような事を言って私の気を逸らせようとしても! いや、本当だ、暗いではないか。まるで夜のようではないか」
「そうですよ! だから言ってるじゃないですか。それにしても、これは一体なんなんでしょう……」
その時思い出していたのは、自分の事だった。エルリッヒがドラゴンの姿に戻る際も、天変地異のような天候の変化が起こる。これではまるで、その時のようではないか。
これには、不安を覚えずにはいられなかった。
〜つづく〜




