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竜の翼ははためかない2 〜竜の瞳より鋭い視線で〜  作者: 藤原水希
第九章 真昼の月、夜の領域
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チャプター59

「悪魔召喚の本なんて、本当にあるの?」

「私も、半信半疑だったよ。だが、面白いじゃないか。試しにやってみたんだよ。書いてある召喚方法に則って、必要とされている生け贄を用意してな。そうしたら、描いた魔法陣の中心にいたんだよ。黒い姿で、頭に角、背中に翼、尻に尻尾の生えた悪魔が」

 階段を上るコツコツという音が響く中、ルードヴィッヒの声が少し空恐ろしいニュアンスの彩りを添える。

「ね、ねえ、王様、それで、その悪魔はどうしたの?」

「もちろん、騎士に命じて討伐させたさ。小型でも、多少の被害は出たがな。おかげで、図書室のあったエリアは全焼だ。いくつかの本は回収できたが、半数以上は燃えてしまったよ」

 それが、今この城に図書館とおぼしき設備がない理由らしい。それにしても、書いてある通りにやったからと言って、悪魔が実際に召喚されるとは、とても想像できない。

「私からすると、想像もできないです」

「だろうな。そなたらは魔法の力を持たぬ生まれだから、余計であろう。この私ですら、半信半疑だったのだ。しかし、実際に召喚されてしまった。それ以来、怖くなってしまってな。図書室の再建を行わなかったのも、そうした恐ろしい書物が収蔵されぬように、という理由もあるのだ」

 確かに、悪魔召喚ができてしまうような本があっては、何が起こるか分からない。図書館の再建をためらうのも無理はないだろう。

 実際、その悪魔召喚のおかげでこの国は滅んでしまったのだから、皮肉にしても恐ろしい。

「しかし、あの時をきっかけに、悪魔の力に取り憑かれてしまったのかもしれないな。燃えてしまった本については仕方ないが、残った本については、家臣に命じ、気に入った物があれば持って行って構わないと命じたのだが、一冊ずつ、私の検閲を通す事にした。危険な書物がないようにな。あるいは、危険な書物を我が物とするために」

「じゃあ、王様が世界征服のために使った召喚の本は、どこで?」

 本の出所は気になる。いや、本が出典元ではないのかもしれないが、とにかく、どこであの悪魔を召喚する術を知ったのか。

 問いかけに、ルードヴィッヒはこちらを振り返る事なく教えてくれた。

「それも、書物だよ。私たち一般の者よりも魔術に長けた部族を攻めた時の、戦利品だ。無理な侵攻が裏目に出た、という事かもしれぬな。その本には、より強大な力を持つ悪魔の呼び出し方や扱い方などが載っておってな、その頃には、もう半信半疑ではなかった。一度悪魔召喚に成功しているから、疑うと言う事を忘れていたのだ」

 その言葉に、エルリッヒはとても己の価値観では到達し得ないものを感じていた。人間界における一国の王が持つ責任、義務、焦燥。そんな物、同じ王族と言っても人間の価値観とは無縁だったエルリッヒには分からない。竜の王族など、する事と言えば種族内の秩序維持と統率くらいしかないのだ。

 決まった領土も、守らなければならない国民もない。一応の仲間意識のようなものはあるが、それも人間の仲間意識に比べれば希薄だ。やはり、遠い世界にいる人間の話は興味深い。

「なるほど、そういう経緯が。で、その図書室のあった所はその後何になったんですか?」

「そこは、すぐに城の一部として増築してしまったよ。だから、もうその場所には行けない、という事になるかな。さ、話は終わりだ。私の私室はもうすぐそこになる」

 階段の行く先を見ると、そこはもう天井が見えていた。気付かないうちにほとんど登り切っていたらしい。

 二人はルードヴィッヒの私室に入る。私室と言ってももう数百年経ち、ドアは朽ち、家財道具もなくなっていた。盗賊の類に盗まれたのだろうか、何者かに持ち去られたと考えるのが妥当と言える程度には、すっきりとなくなっていた。

「荒れ放題かと思ったが、さすがに何も残ってはいないか。喜ぶべき事ではないが、足の踏み場もないような散らかりようよりはよいか? さて、今でも残っているといいが……」

 ルードヴィッヒは部屋の中を進むと、窓のそばまで歩いて行った。窓は出窓になっており、ここからだと森が一望できる他、見えるのは南方の山脈だろうか。とにかく景色は美しい。が、ここに一体何が。

「確か、この辺りだったかと思ったんだが……」

 身を屈め、窓の下の石壁をコンコンと叩いて行く。すると、一カ所だけ音の違う所があった。

 隙間に指を入れ、その部分の石を外して行く。

「おお!」

「ここに、隠してあったのだよ」

 石を外した先は暗闇が広がっていたが、周囲の石も外すと、ぱっくりと物置に使えそうなスペースが現れた。もしかしたら、このための出窓なのかもしれない。

「隠すって、何を?」

「対悪魔用の、秘密兵器をだよ。念には念を入れて、という事だ。悪魔の行動を制限するための魔法陣もそうだが、悪魔を御しきれなかった時のための保険は、何重にもかけてあったのだ。あれは、行動を制限し、過剰な迷惑を周囲にかけないための保険。こちらは、あの悪魔と戦う時のための保険」

 ルードヴィッヒもそれが残っているかどうか分からない中、身をかがませ、四つん這いになって隠し部屋に入る。そして、「秘密兵器」を探して行く。舞い散る埃に耐えかね、エルリッヒは窓を開けた。新鮮な空気が心地よい。そして、ある事に気付いた。

「あれ? ここは夜じゃないんだ」

「そうだろうな。あれは、悪魔の持つ不思議な力によるものだ。悪魔の力が及ばぬここでは、元の時間の空だろう。ここからでは見えないが、魔法陣の及ぶ場所は、今でも夜闇に包まれているはずだ」

 なんとも不思議な話である。自然の力を操り、晴れの日に嵐を呼び、真夏に吹雪を起こす事の出来るエルリッヒが思うのも妙だが、昼をそこだけ夜に変えるというのは、全くもって不思議な話だった。一体、どういう能力なのか。

「文献によると、奴らは夜の方が力を発揮できるらしいな。そのせいで、昼までも一定範囲を夜にしてしまう能力を身につけたのだという。おお、これだ、数百年を経て尚残っているとは素晴らしい!」

「やたっ!」

 ずりずりとお尻を突き出しながら後進し、出てくる。埃まみれの姿は、まるで一国の王の威厳を感じさせず、あたかも掃除夫のようであった。

 しかし、紛れもなくこの国の王だった男なのだ。

「さ、見たまえ。これが悪魔討伐の最終兵器だ!」

「ん? 王様、これ、本当に最終兵器なんですか?」

 誇らしげにルードヴィッヒが見せたのは、一振りの剣である。一応、装飾自体は豪華だったが、それ以外には特徴のない物だ。

「そうだ。並の剣とは違う、純銀製の剣だ」

「は、はぁ。でも、銀の剣、効かなかったですよ? 斬ったそばから煙をもくもくって上げて、あっという間に回復されちゃったんですけど。一応、私たちも銀の剣を持って来てたから知ってるんですけど。って、王様、それ見てたんですよね? そもそも、あの時斬ったのも、私が心臓貫通させたのも、王様の体だし」

 ルードヴィッヒの体や衣服には、あの戦闘に由来するような特段の乱れはない。だから気にしていなかったが、やはり、あの時傷つけたのは、確かにこの体なのだ。それが、とても不思議だった。

 今回の旅は、とかく不思議な事ばかりである。

「そのような事、改めて言われる事ではないわ。案ずるな。私とて、そのような事は分かっている上でここに来て、これを取り、そなたに付いて来てもらったのだ。これは、あの時そなたらが使った銀の剣とは違うのだよ。見たまえ、この美しい刀身を」

 すらりと鞘から抜き放たれた刀身は、全体に細かい彫刻が施され、彫られた溝を薄く埋めるように、金とも真鍮とも付かない黄金に輝く金属が流し込まれていた。確かに美しいが、これが何だと言うのだろう。彫刻、いやさ装飾一つで威力が上がり、特殊効果が備わるくらいなら、何も苦労はいらない。

 事実、ゲートムントの振るう槍は竜殺しの力を持つ不思議な金属で出来ていると聞いたし、ツァイネの剣は、宝石を埋め込まなければ特殊な力は発揮できない、至って普通の、ただただ切れ味鋭い剣である。

 装飾一つで特殊効果を持つとは、どう考えても信じられなかった。

「そなたこれの効果が信じられぬな? いや、信じられぬならそれでもよい。とにかくこれが私にとっては最終兵器なのだ。さ、戻るぞ。早くこれをあの二人に届けてやらねばならぬ」

「そうですね。不思議な力のほどは、その時にしっかりと見させてもらいます」

(私にとっての最終兵器はドラゴンに戻った自分の戦闘能力だけどね)

 と内心で思いながらも、それはできれば使いたくない力であるため、大人しくルードヴィッヒの後を付いて部屋を後にした。

 確かに、二人の安否が気遣われた。




〜つづく〜

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