チャプター49
「な、なあ……ツァイネ……」
「ん?」
気絶しそうな二人は、にらみ合うエルリッヒたちを前に心配する事しきりだった。辛うじてできる会話を通じて、不安を共有し合う。
「エルちゃんて、別に強くはないよな……?」
「だと……思うよ……あの重たいフライパンを持てるのは……不思議だけどね……」
詳しい出自を教えてくれないエルリッヒだが、長年色んな土地を旅して来た末に王都に腰を落ち着けたらしい。だから、その旅の中で色々な経験をしたと言っていた。魔物にも悪魔にも動じないのはその辺りの経験からだと言っていたが、戦闘までこなせるという事は想像できない。
ツァイネはリザードを倒した手並みを見ているが、それだって、悪魔に比べればどう考えても弱い相手だ。今回とは話が違う。普通に考えれば、あっという間に殺されてしまっても不思議はない。
それとも、また手加減してくれるというのだろうか。そして、エルリッヒはこのような状況下でも、「会話作戦」を実行できるというのか。
「とにかく……俺たちがこんなじゃ……手助けもできないよ……」
「だな。畜生ーーー!!!」
息も切れ切れな中、悔しさを隠そうともせず叫ぶ。だが、どれだけ悔しかろうと手助けしたかろうと、今は二人の戦いを見ているしかないのだ。いや、それこそが悪魔の狙いなのかもしれない。目の前でエルリッヒを殺してしまえば、戦意も喪失するだろう、と。
『さて、どのように切り刻まれたい? いや、その前にこの魔界の炎に焼かれるか?』
「口ばっか達者な感じがするけど、やるなら早くしない? そんなもったいつけてて、お姫様や家来にも文句言われてなかったわけ?」
これは好機だ。会話作戦を実行する好機だ。ゲートムントたちが大ダメージを負った今、実行できるのは自分しかおらず、幸か不幸か戦う羽目になってしまった。人間として戦えば、勝ち目のない戦いも、会話作戦で揺さぶれば、あるいは勝機も見えるかもしれない。
もちろん、本来の力を隠して戦うのは至難の業であり、炎や雷と言った持ち得る特殊な力を出さずに勝つのは、不可能に等しい。つまり、勝機は会話作戦への見込みに掛かっていると言っても過言ではなかった。
『姫、だと? 家来、だと?』
「そうだよ。あんたがここの王様だったって言うんなら、このお城には家来がいたはずだし、お姫様がいたんだよね。日記が見つかってるんだ、しらばっくれる事だけはやめてよね」
鋭い目つきで、相手の事をキッと見据えながら話す。気圧されては負けだ。こちらが不利だと、自分が有利だと、相手に感じさせては負けだ。
『知らんな。私が悪魔と契約し、この力を手にしたその時から、そのような者はおらぬ! 全て殺してくれたわ!』
「うわ! なんて残酷……ちゅーか、それが噂に聞く地下の魔法陣なんだね? でも、死体は綺麗だったって言うんだよね。一体どうやって殺したわけ?」
ゲートムントの報告を信じるなら、ゲートムントが時間を超えた可能性も否定できない。だが、そんな夢物語より、件の部屋が特殊な力で封印ないし保存されていたと考えるのが妥当だろう。その状態をして、死体には、いずれも大きな傷がなかったというのだ。一体、どうやって殺したのか。そして、なぜ姫だけ気絶で済んだのか。
「あんな綺麗な死体、そうそう見られるもんじゃないってさ」
『何、簡単な事だ。魂を抜き取り、我が糧とした。それだけの事だ。人間の魂は、この上ない糧となるのでな』
想像もできない話が飛び込んできた。それは、自分が今まで過ごして来た世界で言えば、おとぎ話の世界であり、自分が経験して来た戦闘は、もっと生々しい物だった。生々しいからこそ、相手の命を奪う事の重みを感じ、自分の力と生を実感できるのだ。それが、なんという事か。魂を抜くなど、正気の沙汰ではなく、同時に、想像できる手段でもない。
『もうよいか? 冥土の土産も、持ちすぎてはあの世への道行きが大変だろう?』
「誰が面白い事を言えって言ったのかな。お姫様だけは殺せなかったくせに」
挑発とも、真実を突きつける行為とも取れる一言を伝える。恐らく、この悪魔は、その事を知らない。単純に力が及ばなかったのか、それとも娘の事は無意識に手加減してしまったのか、それとも悪魔と契約したばかりで、上手く力が使えなかったのか、それは分からないが。
『なんだと?』
「理由はどうあれ、お姫様は生きてたよ。殺したんじゃ、なかったの?」
それは、明らかな動揺だった。殺せていなかった事に動揺したのか、それを知っている事に動揺したのか、それとも、他の理由があるのか。
『い、いや、誰一人生かさぬよう殺したはずだ! 大臣も、兵士も、妃も、姫もだ!』
「じゃあ、それはいつの事? お姫様の日記には、悪魔と契約した後の記録があった。でも、その口ぶりだと、すぐに殺したみたいに言ってる。どっちが本当? それとも、少し時間差があったのかな?」
これはもう、エルリッヒ自身の疑問でもあった。結局の所、何があったのか。どうして姫だけ生き残ったのか。姫はその後どうなったのか。
『そのような細かい事、覚えてはおらぬ! だが、確かに殺した! 身内の魂は極上の糧となる故な!』
「でも、実際は生きてた。そもそも、悪魔を呼び出して契約したっていうのは、なんのため? 世界征服のため? それとも、他の目的があったわけ?」
上手く会話に持ち込めた事は、この戦いにおいてとても大きな意味があった。まともに戦えば、エルリッヒに勝機はない。多少の戦闘は覚悟していたため、会話作戦がこうまで上手く行くというのは、嬉しい誤算だった。
「そもそも、世界征服が目的だとして、もし狙い通りにこの国を大きく出来たとしても、身内も家来もいないんじゃ、そこで血は絶えちゃうよね。そんな世界征服に、意味はあるの? 全く理解できないんだけど」
『世界征服? そのような小さな話ではないわ。私一人、世界最強の力を追求できれば、それでよいのだ!』
それが本当かどうかは分からないが、だとすれば、なんと孤独な野望だろう。本心でなかったとすれば、まだ救いはあるかもしれない。
「でも、悪魔にとって肝心要の魔王が滅ぼされた以上、計算は狂ったんじゃないの? 実際、長い間封印されて、やっと出て来れた今でも、この狭い範囲から出られないでいる」
『貴様! この私を挑発しているのか? ならば、与太話はここまでだ! 姫が生きていた事も、私が悪魔と契約したきっかけも、もうどうでもよい!』
やってしまった! 会話が終了してしまった。いくつかの情報が引き出せたのは儲け物だったが、余計な混乱を生み、そして今こうして戦闘が始まろうとしている。果たして、作戦は成功だったのか、失敗だったのか。
「くそっ!」
つい、汚い言葉が口を衝いて出る。
『さあ、始まりだ! 魔界の炎に身を焼かれるがよい!』
「っ!」
ものすごい速度で近付いて来た悪魔は、大きく振りかぶり剣撃を放った。フライパンで受けるエルリッヒに、嫌な熱さが伝わる。これが魔界の炎とやらか。仕組みのさっぱり分からない、黒い炎。
自然界の炎を吐く事のできる竜族の王女として、こんなものに焼かれるわけにはいかない。なんとしてでも、身の安全を守り切らなければ。
『我が攻撃を受け止めるとは、いい眼をしているではないか。だが、これならどうかな?』
次の瞬間、視界から悪魔が消えた。
「っ!」
慌てて振り返ると、悪魔はそこにいた。人間を上回る動体視力と悪魔自身の気配によってなんとか対応できたが、素早い。
『ほう、これも見切るか。一体どのような修行をして来たのやらな』
「そんなに邪悪で強大な気配してたら、誰でも気付くよ」
自分の力だと言う事は隠しつつ、説明する。これが今は一番いい。
『ほう、そうか。貴様との戦いは、思いの外楽しめそうだな』
「それはどうも。でも、私はちっとも楽しめないけどね!」
その瞳には、挑戦的な輝きが灯っていた。それは、負ける事を意識していない者の目である。
〜つづく〜




