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竜の翼ははためかない2 〜竜の瞳より鋭い視線で〜  作者: 藤原水希
第八章 人の意地 悪魔の意地 王の意地
50/75

チャプター50

「やられっぱなしじゃ癪だし、こっちもやらせてもらうよ」

 背後を取られた不覚を繰り返さないよう、速度と動体視力に気をつけ、フライパンで立ち向かう。相手はあの炎の剣で受けてくる。だが、フライパンは本来炒め物に使う道具であり、熱を通しやすい。まともに打ち合えば、剣が纏う炎の熱が伝わり、持てなくなってしまう。そうならないよう、攻撃は手短に、をモットーとした。

『やはり、小娘にしてはやるようだな。そこの小僧どもより強いのではないのか?』

「お褒めに預かり光栄! でも、あいつらの方が強いし、あんたに褒められてもね、嬉しくないのっ! 身内殺しをしたような奴になんかねっ!」

 同族殺しの経験はあるエルリッヒでも、身内殺しとなれば話は別だ。元来、ドラゴンは野生生物と人間の間のようなコミュニティで生活しており、必要があれば同族であろうと躊躇なく殺すが、身内を含む限られた仲間は、よほどの事がない限り手に掛けない程度には大切に思い合う。

 だから、あっけなく身内を殺してしまったこの悪魔の事は、まるで理解できなかった。

 願わくは、悪魔の完全意思で行われた行為である事を。

『身内殺し、か。そのような事に価値はない。言っただろう。我が糧として力を得るために殺したのだと』

「私はね、それが理解できないって言ってるの! 結果的にはお姫様は殺せなかったみたいだけどね!」

 これが次なる作戦だった。攻撃をし合いながらも会話が途切れないようにすれば、必ず相手の攻撃やその力がセーブされると踏んだのだ。

『くどい! 姫を殺し損ねたなどという与太話、信じられると思ったか!』

「信じる信じないじゃない! 事実! ツァイネはお姫様の書いた日記を見つけたし、ゲートムントはそのお姫様に託されたんだ! お父様の事をね!」

 鈍い金属音を響かせながら、打ち合うフライパンと剣。一見すると滑稽な風景だが、その勢いは本物だった。熱を伝えないよう一瞬の打ち合いを繰り広げるそこは、火花の散るとても熱い戦場となっており、攻撃の威力を物語っていた。

「お父様っての、あんたでしょうが! もし人間時代の意思が残ってるんなら、もうちょっと反応しなさいよ! 悪魔に乗っ取られたんなら、元に戻れるんじゃないのっ!?」

『人間の頃の意思? 妙な事を言うな! 私は今もあの頃と同じ意思で行動している! 悪魔の力を手にした時も、それまでと何も変わらぬ!』

 やはりというべきか、語調が強くなるのに合わせて、攻撃が強くなった。この感情の昂りは何を意味しているのだろうか。

「それ、本当なの? 悪魔の力が強大なら、記憶ごと乗っ取られてるんじゃないの? はっきりしなさい!」

『はっきりしている! 私の動揺を誘うのが貴様の狙いではないのか! だとしたら、無駄だ!』

 また一層、剣戟が強くなった。思わず、吹き飛ばされる。そして、鈍い音とともに、木に激突する。

「きゃぁっ!」

『これが私の力だ。貴様では、歯が立たぬのだ!』



「「エルちゃん!」」

 思いがけない光景に、二人はついつい叫んでしまう。本来なら息も切れ切れ、いつ気絶してもおかしくないような体力だというのに、これほど大きな声が出ようとは。

「大……丈夫。大丈夫だから……」

 ゆっくり起き上がると、二人に弱々しい笑顔を向け、もう一度フライパンを握りしめた。これが無事だったら、まだ頑張れる。そんな気がしていた。

「二人はゆっくり回復してて。回復アイテム持って来てるの、忘れたの? 二人が回復するまでは、頑張るから」

「っ! そうだ! 忘れてた」

「だな。じゃあ、すぐ回復するから、それまでの少しだけ、頑張ってくれ。あー、情けねー」

 二人は思い出したように道具袋の中をまさぐる。そうだった。相手が悪魔と分かった時点で、回復アイテムを山と持って来たいたのだ。それをすっかり忘れるとは。もちろん、そんな事を意識するほどの余裕もなかったのだが、無頼の戦士としては、非常に恥ずかしい。

「思い出してよかったよ。んじゃ、頑張ってね。私も、もう少し頑張ってくるから」

「ほんと、ごめん……」

 女の子、それも戦士でもなく、まして自分の好きになった相手に戦闘を任せて時間稼ぎというのは、男として非常にかっこ悪い。だが、今はそのような事に構っていられる場合ではない。一刻も早く回復して、助けに入らねば。

「いいから。そんな事より、今は回復に専念! いいね?」

 軽く念押しすると、再び悪魔に向かい走り出した。

「うりゃー!!! 女の子に怪我させて、無事で済むと思うなー!」

『ほう。あの攻撃を受けてまだこれだけの体力があろうとはな。強靭な事だ』

 余裕の笑みを浮かべる悪魔、だが、エルリッヒとて負けてはいない。ドラゴン本来の体力からすれば、この程度のダメージ、ほんのかすり傷に過ぎない。ただ、人間の姿を取っている事で若干のペナルティは負ってしまっている。やはり、物理的な強度は人間の体より若干強い程度なのだ。

「厭味かっ! でも、多少は自信あるよ。じゃないと、食堂なんて務まらないからね! 料理をするのは、体力勝負なんだ、よっ!」

 悪魔がそうしたように、エルリッヒも少しだけ力を解放する。もちろん、後ろで見守っている二人に怪しまれないよう、振る舞いには注意して。

『何っ! 貴様これほどの力をどこで!』

「日頃の料理と、接客と、それに、お掃除! 料理人が、食堂の主が、楽な仕事だと、思うなっ!」

 ドラゴンの力などとは、とても言えやしない。だが、料理人、食堂の主としてのプライドは本物であり、そこで身に付けた体力は、まさにエルリッヒのアイデンティティといっても過言ではなかった。

 三百年暮らして来て辿り着いた結論は、それほどまでに揺るぎないのだ。

「お客さん捌いてフライパン振るって食材切ってお鍋動かして、それのどこが楽だっていうんだ! バカにするなー!」

『ぬっ! ぬぅっ!!』

 思い切り力の乗った一撃が悪魔を剣ごと吹き飛ばした。先ほどとは反対の構図である。が、一瞬にして顔が青ざめたのはエルリッヒの方だった。

「げ、しまった」

 つい、気合いが入りすぎた。ここまでやっては怪しまれかねない。念のため、くるりと二人の方を向き、確認する。

「ちらっ」

「「エルちゃん! その力……!」」

 やばいやばいやばすぎる。なんとしてでも取り繕わなければ。納得してくれるかどうかは分からない。が、理由はどうにでもつく。

「い、いや、相手が手加減してくれてるんだよ。さっきだってそうだったでしょ? 本気の悪魔と戦ってるわけじゃないし」

「それはそうだけど、すごいよ」

「だよな。俺たちでもなかなかできないぞ。よっぽど手加減してるんだろうな」

 二人の中でどれだけ腑に落ちてくれたかは分からないが、とりあえずの説明はしたし、女の子相手だから手加減してくれたというのは十分に説明がつく。後はもう、何も言うべきではない。これ以上は、言えば言うほど墓穴を掘る事になるだろう。

「とりあえず、二人はまだ回復し切ってないんだから、もう少し休んでて! こっちは相手が手加減してくれてるうちに、少しでも時間稼ぎしておくから!」

「うん、そうだね」

「俺たちに今出来る事をやんなきゃな」

 ここで会話を終え、すぐ悪魔の方に向き直る。先ほどのエルリッヒと同じように木にぶつかったまま、こちらはしばらく動かないでいる。エルリッヒは様子を見るために、少し近付いてみた。

「……大丈夫かな」

 もちろん油断しているわけではない。だが、何が起こるか分からないという事を、もう少し重く見るべきだったのかもしれない。

『許さんぞ、小娘』

「っ!」

 一瞬走った小さな刺激と、その後の鈍い痛み。そして頬を伝う熱さ。

「えっ、これ……」

 右の頬に手を当ててみる。べとりとした感触。手の平を見てみると、赤い。

『この私を怒らせたようだな。もう、手加減はせんぞ』

 何かが起こっていた。エルリッヒにも、悪魔にも。




〜つづく〜

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