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竜の翼ははためかない2 〜竜の瞳より鋭い視線で〜  作者: 藤原水希
第八章 人の意地 悪魔の意地 王の意地
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チャプター48

『あの悪魔と会話してほしいんだ。それも、できるだけじっくり』



「「悪魔と会話ぁ?」」

 エルリッヒの出した提案に、二人は素っ頓狂な声を上げた。

「シーッ! あいつ起きちゃうかもしれないでしょ?」

「あぁ、ごめん。でも、なんでそんな事? 今だって、終始無言で戦ってる訳じゃないよ?」

「そうだそうだ。俺たちも、少しでも情報を得ようと思って会話作戦を。なぁ」

 二人は顔を見合わせる。彼らは彼らなりに、色々考えて戦っているのだ。そして、そんな事はエルリッヒとて百も承知である。それでも譲らないのは、その意図が違うからに他ならない。

「じゃあ、二人はこの悪魔が人間的な意思で動いてると思う? それとも、悪魔的な意思で動いてると思う?」

「そ、それは……」

「悪魔的な意思に決まってんだろう!」

 ツァイネは口ごもったが、ゲートムントは自信満々だった。一体何が彼をそこまで確信させるのか。それこそ追求せねばならない。もし、何か有益なヒントを掴んでいたとしたら、これからの作戦は嬉しい徒労に終わる。

「俺たちだけならまだしも、もっと弱い連中も平気で手に掛けるんだぜ? 普通に考えたら、そんな事はできないだろう。俺たちが人を手に掛けるのは、それがどうしようもない悪人で、話し合いの余地も更生の余地もない時だけだ。それだって、平気ってわけじゃないし、正義の味方面するわけでもない。けど、こいつはそうじゃない。人間を何人も殺していながら、何も気にしてないみたいな顔をしてやがる。少なくとも、俺だったら、そんな奴を同じ人間とは思いたくない」

「そっか、そういう事なんだね……それは、一理あると思うよ。一国の王様なら、根っからの悪人って事もなさそうだし」

「もしかして、エルちゃんが知りたいのはそういう事? この悪魔が、心の底から悪魔に乗っ取られてるのか、人間時代の心持ちのままに今復活してるのか」

 その問いかけに、真剣な瞳で頷く。ツァイネに伝われば、ゲートムントにもすぐに伝わる。もし、この悪魔にかつての王だった頃の記憶や意思が残っていたら、もっと安全に対処できるかもしれないのだ。

「さ、私の狙いは分かったね? 二人とも、できる?」

「難しいね」

「だな。話をするにしても、王様の意思みたいなものは感じなかったしな。でも、世界を支配とか色々言ってたし、王様の目論見は生きてる気がする。確かに、やってみる価値はあるか」

 二人は乗り気だった。エルリッヒに耳元でささやかれて舞い上がっているわけではない。冷静に状況と狙いを分析し、そこに価値があると判断しての事だ。

 実際、悪魔が王に取り憑いた所までは三人とも推測していたが、悪魔と王の力関係までは分からない。救えるものは救いたいのだ。たとえ、それが数百年の過去から旅をして来た存在であっても。

 とはいえ、これが難しい話である事に間違いはない。一体どんな話をすれば望む情報が手に入るのか。向こうもかなりの知性で会話に答えてくる。もし、悪魔にとって知られたくない情報だったとしたら、顔色一つ変えずに話をはぐらかしてくるだろう。そんな相手に、果たして舌戦で勝てるのか。

「難しいのは百も承知だよ。だから、気負わずやってみて。他愛ない話でもいいし、昔の思い出話でもいいし、お姫様の事でもいいし」

「うん、分かった」

「俺みたいのには難しいけど、なんとか情報を引き出したいもんだぜ。確か、王様の若い頃の姿なんだろ?」

 今だ昏倒している悪魔を見下ろしながら、しみじみと考えてみる。どう見ても、結構な色男だ。こんなに青白くはなかっただろうし、髪の色も違っていただろうし、何よりこんな角は生えていなかっただろうが、もし、これも悪魔が乗り移った事による副次効果だというのなら、それはそれで興味深くはある。

「悪魔が先か、王様が先か」

「世界征服が目的か、そうじゃないのか」

「会話は茂みの中で聞いてるけど、下手に大きな声を出して怪しまれないようにしてね。それじゃ、期待してるから」

 悪魔が目を覚まさないうちにと、エルリッヒは再び茂みに戻る。それも、わざと悪魔に投げつけたフライパンをそのままにして。件のフライパンは悪魔の頭部にヒットした後、すぐそばの地面に落ちたままになっている。勢いが強かったのかその重量からか、地面がわずかにへこんでいるが、それに気付いている者はまだいない。



「さて、あの二人の頑張りに注目させてもらおうかな」

『そうはいかんぞ? 小娘』

 茂みに戻って身を潜めたエルリッヒの耳に、確かに悪魔の声がした。嫌な予感がする。

「その声!」

 視線を先ほどまでいた場所に戻すと、そこにはすでに起き上がった悪魔と、悪魔の剣を必死に受け止める二人の姿があった。この短時間に目覚め、この距離でこちらの声を聞いたというのか。

 いや、聴力に関してはエルリッヒも人の事は言えないので、問題ではないが。

『貴様は耳がいいらしい。が、私も耳には自信があってな。不覚にも意識を失った間の事はともかく、何かを入れ知恵したようだからな、放っては置けぬ。まして、あの一撃を放ったというのであれば、尚更だ!』

「エルちゃん、逃げて!」

「俺たちが抑えてる間に、早く!」

 悪魔の声がまるでそこにいるような声量で聴こえて来るのは、果たしてエルリッヒの耳の良さから来るものなのか、悪魔の発声法に特徴があるのか、どちらだろうか。とにかく、今が危険な状態である事には、変わりなかった。

「ごめん! 逃げても無駄かも!」

「そんな!」

「俺たちで、食い止めてる間に少しでも!」

 二人の必死の制止も、悪魔を抑えるにはなんの役にも立たなかった。

『ふん!』

 少し剣を振っただけで、二人は大きく吹き飛ばされてしまう。そうだ。忘れてはいけなかった。悪魔は「ひととき戦いを楽しむため」に、「わざわざ手加減してくれている」だけに過ぎなかったのだ。少しでも力を込めれば、互角だった力関係は一気に押し戻されてしまう。

『これは、フライパン? 昨日私を殴った物か。よもやこのような物に二度までも不覚をとるとはな』

 フライパンを拾い上げると、忌々しげに睨みつけ、そしてそれを再び足下に捨てた。大事な調理器具に何という事を。と思う以前に、あの超重量のフライパンを軽々と持ち上げる腕力。それこそ、この悪魔の本領なのだろう。本気になれば、このフライパンを軽々と持ち上げる事も当たり前にできるのだ。

「あいつ……あのフライパンをあんなに普通にもってやがる……うっ!」

「な、なんて力なんだ……俺たちでも、両手でギリギリだったのに……」

 二人は無意識に「エルリッヒの怪力」について考えるのを避けているが、少なくともその「考えてはならない何か」の領域にあるのだ。この悪魔の腕力は。

『ふん、この程度の重さで、この私がなんの反応をすればよいというのだ。これを持った程度で驚かれたのでは、な。所詮は人間という事か。いや、そこの小娘がいたか。貴様はこれを軽々と扱い、二度までもこの私に痛手を負わせたのだったな。いい加減出て来たらどうだ? もう、隠れられるわけでもあるまい』

「……感じ悪」

 ここまで来たら、もう隠れられない。エルリッヒは観念して茂みから出て来た。その表情には、苦い物が多分に混じっている。せっかくの作戦も、これでは実行できないでないか。

『さて、本来戦士ではない女子供を手に掛ける事は意に反するのだが、この娘には、私に痛手を負わせた罪を償ってもらわなければならない。分かるな?』

「御託はいいから、さっさとフライパン返してよね。それ、商売道具なんだから」

 拾いに行くには、悪魔のそばまで行かなければならない。そして、それはとても危険だった。悪魔は何をしでかすか分からず、「真面目に」対処すれば、自分の正体がばれるかもしれない

 果たして、無事に自分の身と正体を隠して対応できるだろうか。

「……」

 額に、一筋の汗が流れた。

『さあ、始めようか。なんなら、いつでも応戦してよいのだぞ?』

「バカ言わないでよね。こっちはしがない食堂主なんだから」

 その言葉には、一切の焦りが見えなかった。ダメージで動けない二人には、その様子が完全には伝わらない。気絶しないよう、意識を保っているのが精一杯だった。

『ならば、この商売道具とやらを渡してやろうではないか』

 と、足下に捨てたフライパンを今一度持ち上げ、それを放り投げた。生身人間であれば避けなければ危ないそれを、エルリッヒは事も無げに受け取った。

「全く、粗末に扱ってくれちゃって。おー、長い事手放しててごめんねー」

 茂みに戻る際、わざとその場に置いて行ったのは、悪魔の腕力を見るためだった。もし狙い通りにこのフライパンを手にしてくれたら、という打算の上だったのが、見事に、しかしあまりありがたくない結果で叶った、というわけである。

 だが、離れていたのは事実。まるで頬を摺り寄せんばかりに抱きしめた。

『道具を愛する、私には理解できんな。だが、これで準備は整ったのだろう? 行くぞ!』

「嫌だけど、死ぬわけにはいかないから! 王都に来る前に色々経験したって事、教えてあげるよ!」

 非常に不本意ではあったが、エルリッヒ対悪魔という、一番避けたい勝負が始まった。




〜つづく〜

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