チャプター45
悪魔の言葉はとても嫌味に聴こえた。最初の戦いは決着がつかないまま二人が撤退した事で、引き分けもしくはゲートムントたちの負け、そして二度目の戦いは悪魔自身も認めるように、ゲートムント達の勝利。しかし、これから始まる三回戦目は、そうやすやすとは行かない。
一見すると角が生え、剣に纏われた炎が黒く変色しているだけのように見えるが、よく見ると周囲の空間が陽炎のように歪んで見える。これは一体どういう事なのか。炎のように見やすくはないが、何かしらのエネルギーが渦巻いている証拠なのかもしれない。
未知なるエネルギーを纏っていると思うと、とてつもない恐怖だ。そして、純粋に空間を歪めてしまう力だったとしても、それはそれで恐怖である。二人は、見た目よりも何よりも、気配から相手の強さを感じ取っていた。
「なあツァイネ。あいつ、やばいな」
「うん、やばいね」
初めは、それこそ角が生えた程度だと思っていた。しかし、それだけではない。黒い炎の詳細も分からないし、空間が歪んでいる事の詳細も分からない。
「でも、勝つしかないんだから、やるしかないよね」
「ああ、そういうこった」
二人は悪魔の左右から、それぞれじりじりと様子を窺っていた。悪魔は余裕を取り戻したのか、うっすらと冷たい笑みを浮かべたまま、こちらを見ている。
『どうした、来ないのか? ならば、こちらから行くぞ!』
悪魔の宣言に、二人は身構える。しかし、
「っ!」
次の瞬間、言葉もないままゲートムントは大きく吹き飛ばされていた。
「ゲートムント!」
『仲間を心配する余裕があるのか?』
今度は、一瞬でツァイネの目の前に。悪魔の攻撃は素早く、動体視力に優れたツァイネの本気をして、防御で手一杯になっていた。
「重いっ!」
それは、昨日見せた攻撃の比ではなかった。鋭く重たい攻撃がのしかかる。そして、刀身に赤い炎を宿らせ、黒い炎に対抗しようとするが、炎が押されているのか、じわじわと勢いが弱くなっていた。
「なんで! 俺の炎が!」
『これは特製の、闇の炎だ! 貴様の扱う、自然の摂理に沿った炎とは、勢いも力も、何もかもが違うのだ! これが私の本気の一端だと思え!』
もしかしたら、それは悪魔にとって「ほんのちょっと」力を加えただけなのかもしれない。しかし、ツァイネは耐えきれず、ゲートムントと同じように、大きく吹き飛ばされてしまった。
「っ!!」
あの二人が、こうもあっけなく吹き飛ばされてしまった。あれだけ強い二人が、こんなに簡単に。これは尋常ではない。
茂みに隠れていたエルリッヒは、思わず駈けて出て行きたいのを必死にこらえ、二人の動きを見ていた。どうやら、まだ体力はありそうだったが、あれほどの速度で攻撃されては、一気に勝機を失ってしまう。
「それにしても、あの炎……」
黒い炎など、さすがに見た事がない。人間として暮らし始める前は居城である巣から出る事はほとんどなかったし、人間として暮らし始めてからも、日の光の当たらない世界とはほとんど無縁の暮らしをして来た。魔物と交戦したり、そういう場に居合わせる事は何度かあったが、魔物やかつての人間が使う炎は、威力の差こそあれど、それが魔法であれ自分のように発生器官を持つ者であれ、普段厨房で見慣れているのと同じ、赤い炎だった。
「闇の炎、か」
かつて勇者が魔王を封じ、人間は魔法の力を失ったが、もしかしたらその時勇者一行が戦った魔王あたりは、こんな炎を使っていたのかもしれない。
いずれにせよ、当の勇者もとっくの昔に亡くなっており、エルリッヒ自身も一切面識がなく、武勇伝を道々聴く程度だったので、調べる術はないが。
「それが危険な物だとしても、あのスピードじゃ、関係ないか。それ以前に負けちゃう。何か、何か作戦はないかな……」
自称「門外漢の料理人の頭」で必死に考える。どうしたら、あれほどまでにパワーアップした悪魔に勝てるか。それも、自分の手助けなく。
さっきの攻撃も、人間以上の動体視力を持つエルリッヒだからこそちゃんと捉える事ができていたが、ゲートムントで見切れず、ツァイネで防御がギリギリ間に合う程度となると、とてもではないが、並の人間に対処できるものではない。
そして、二人をそれぞれ吹き飛ばしてしまった力。ゲートムントは咄嗟の事で防御も出来なかったという事情はあるが、それにしてもああまで簡単に吹き飛ばされるという事は、かなりの力を持っているという事になる。そんな相手と武器で戦って、果たしてダメージが与えられるのか。
「あー!! 私の頭じゃいいアイディアなんて出てこないよー!」
頭をクシャクシャと掻きむしり、苦悩する。所詮、彼女は戦士ではない。そして、竜本来の姿に戻れば、作戦などなくとも、力押しだけで十分に勝機を見出せる。こういう事は苦手だった。
「とにかく、頑張ってよね!」
いざとなったら、自分が助けに入る。今思いつく作戦は、ただ一つ、これのみだった。本当は、リスクを避けるためにできるだけそのような事はしたくないのだが、二人の安全と勝利のためには、リスクなどとは言っていられない。
ただ、出来る事なら、二人にはきっちり勝ってほしい。それが無理でも、せめて手助けしやすいよう、ちゃんと気絶していてほしい。
そう願うのであった。
「痛てててて……ゲートムント、大丈夫?」
「ああ、なんとかな」
今、二人のいる距離は数メートルしか離れていない。狙って吹き飛ばしたのか偶然なのかは分からないが、比較的近くに吹き飛ばされていた。小手調べ程度だったのか、受けたダメージはさほど大きくはなかった。吹き飛ばされ、木々に激突した痛みはあったが、ダメージとしては軽傷の部類に入る。
「……どうする?」
「そうだなぁ。俺としちゃ、まだまだ戦えると言いたいところだが、いくら余力が残ってるからって、正直今のままじゃ、厳しい気もする。お前も、そう思ったんだろ?」
生憎と、二人とも既に本気と言える本気は出しており、隠し球には乏しかった。この状況で、相手だけが大幅なパワーアップを遂げた状態で、果たして勝てるのか。
「残念ながらね」
とても悔しそうに、しかし少しばかり好奇心を覗かせた顔で、そう答える。そして、分かり切っている事を、改めて分析してみた。
「まず、スピードはかなり速い。力もかなり強い。それに加えて、あの黒い炎。本当にさっぱりだよ。あんなの、まともに立ち向かったって、ちょっとやそっとじゃ、勝てないだろうね」
「認めたくねーけどなー。なんか、プライドズタボロって感じ?」
敗色濃厚なのに、口先ではとても悔しそうなのに、表情ではどこか清々しい二人。相手が人間じゃないから諦めがつくのか、力の差が激しいから開き直れるのか、それとも、他に何か思うところがあるのか。
二人はゆっくりと立ち上がると、もう一度武器を構え、改めて悪魔の様子をよく観察する。あの攻撃が本気かどうかは別にしても、スピードや力が驚異的なのは、もう分かった。後は、それ以外の様子だ。
『何を見ている? 勝てないまでも、攻めて来たらどうだ? やられるばかりではおもしろくないだろう。もし、この私に一撃でも与える事が出来たなら、それは相当な名誉だぞ? 名誉を背負って死ねるのだ、騎士として、誇らしいのではないか?』
「好き勝手言ってくれるぜ、全く」
「本当だね。さてゲートムント、俺にちょっと作戦があるんだ。言われっぱなしじゃ悔しいし、一つ乗ってみない?」
ツァイネの顔は、どこか晴れがましかった。
「乗れと言われてホイホイ乗っかるのは、俺くらいなもんだろ?」
答えるゲートムントの顔も、晴れがましかった。
〜つづく〜




