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竜の翼ははためかない2 〜竜の瞳より鋭い視線で〜  作者: 藤原水希
第八章 人の意地 悪魔の意地 王の意地
44/75

チャプター44

「効いてる、のか?」

「多分ね。でなきゃ、あんなに苦しがったりしないよ。もちろん、油断は出来ないし、これで倒せる訳でもないだろうけど」

 楽観視しない事は重要だったが、少しでも多くのダメージを与えられたなら、それでいい。

「でも、それなら、今のうちにちょっとやってみたい事があるんだ。いいか?」

「何? 多分、時間も隙も、あんまりないよ。こっちの雷の力も、もうあんまり残ってない」

 ツァイネの言葉通り、剣にはめ込まれた宝石は透明度を落とし、色もくすんでいた。宝石は力を使い切ると石になってしまう。今は、その途中という事だ。これを使い切ってしまうと、この剣はただの強力な剣に戻ってしまう。

「一応、宝石のストックはたくさん持って来てるけどね、カラクリがバレた以上、この特性はあんまり活かせないかもしれない」

「そっか。じゃ、急がなきゃな。とりあえず、説明は後だ。行くぜ?」

 ゲートムントは腰に提げたままにしていた銀製の剣を抜き放つと、それを悪魔目掛けて投げつけた。そういえば、持って来たものの今日は使っていなかったと、改めて気付かされる。

「おーりゃっ!」

『っ!!』

 それは悪魔の心臓部を刺し貫いた。一瞬、その目が大きく見開かれる。その様は、大きなダメージを受けたのだと伝えていた。

「どうだっ!」

「うん、いいトコに刺さったと思うよ。でも、なんでこの剣を? 昨日あそこで、大して有効じゃないって分かったじゃん。それなのになんで……」

 それは決して単純な思いつきではない。子供の頃に聞かされた昔話に、悪魔の心臓に銀の釘を突き刺して退治した、という話を思い出したのだ。それを説明してやると、納得したような表情をした。

「結果はどうあれ、試してみる価値はあるね」

「だろ? 心臓を貫かれちゃ、さすがの悪魔も無事じゃ済まないだろうしな。これだけ大規模な隙なんて、そうそう作れるもんじゃない。ちょうどいいタイミングだと思ったんだ。ところで、そっちの宝石の力はどれくらい残ってる?」

 宝石は、すでに石になりかかっていた。力の残量は後わずかである。大きなダメージであれば、受ければ受けるほど、こちらへの反撃も激しくなるだろう。悪魔を手負いの獣にしてしまった事の落とし前は、覚悟しなければならなかった。

「んじゃ、ツァイネはとりあえずそれを使い切ったらすぐに宝石の交換な。俺は、それだけの時間稼ぎくらいは任されてやるよ」

「ダンケ。じゃあ、最後の一発だ!」

 残りわずかな雷の力を、一点に集中させて一層強力な雷を落とす。それが、この宝石の最後の役割となった。

『ぐああぁぁぁぁぁぁ!!!』

 またしても、激しい叫び声が響き渡る。聞いていて気持ちのいい物ではないが、戦況が少しでもこちらに傾いた証拠だと思えば、それは歓迎すべき音色だった。

 その声が収まるのと時を同じくして、雷も収まった。ツァイネは剣から石を取り出し、それを捨てると次の宝石をはめた。まだ、その効果は発動していない。

『はぁ……はぁ……人間風情が、これほどまでにコケにするとは……』

 悪魔は顔に手を当て、髪は乱れ、心臓部には銀の剣が突き刺さり、それが背中まで貫通している。先ほどまでの余裕に満ちた様子とは、打って変わって辛そうな様子になっていた。それほどまでに、多くのダメージを受けたのだろう。

 勝利が一気に近付いたような気がした。

「……どうだ。雷攻撃は」

『よく考えたものだ……雷撃は高い威力と、距離を問わない特性がある。そして、貴様の投げつけた剣、なんと忌々しい事か! うおぉぉぉぉぉ!!!』

 苦々しげな表情のまま、剣の柄を両手で握り、勢いよくそれを引き抜いた。赤い血の奔流と共に、赤く染まった剣が宙を舞う。

『はぁ……はぁ……』

 足下に剣が落下するのに合わせて、少しだけ悪魔の息が整って来た。ダメージは受けているだろうが、やはり昨日見せたような急速な回復が始まっているのだろうか。

「回復か、忌々しいのはこっちの台詞だ!」

「だね……すごい回復力だよ」

 傷口から流れ出ている血液は相変わらず大量だが、とてもそうは思えないほど、息が整いつつあった。

 実際のところはさっぱり分からないが、これを回復中と見るなら、とてもすごい回復力という事になる。あの白煙も、傷口が塞がりつつある形跡もないが、それがどういう事なのかも、分からない。分からない事が多いため、回復中と見るのが一番よいだろう。

『槍使いの貴様……何故心臓を狙った?』

「昔、ガキの頃、ばあちゃんに聞かされた話にあったからだ」

 激しい威圧感に圧倒されながらも、吐き捨てるように答える。その言葉に、嘘はない。

『ククク、そうか、昔話か! それは滑稽だ! 私は、昔話にやられたというのか! もはや、笑うしかないな! アッハッハッハッハ!』

 これはどういう事だろうか。二人は言葉の真意を判断しかねていた。武器を握る手を強め、不意の攻勢に備える。

「その話、どういう意味だ?」

『その通りの意味だよ……うっ! 我ら悪魔が銀の武器に弱いのは……古来よりの伝承通りだ……ハァ……ハァ……だからこそ、不意のダメージにも備えられるよう、回復の力を身につけて来た。だが、さすがに……心臓を貫かれては……ぬぅ!』

「じゃあ……!」

 これは、事実上の敗北宣言。勝ったのか? 淡い期待が二人の間をよぎった。

「俺たち、勝ったのか?」

「なんか、ちょっとあっさりしすぎてる気もするけど……」

 一抹の不安を余所に、勝利の予感は激しい波となって二人を襲っていた。不安を気にするよりも、この強大な相手を前に勝てそうだという事の方が、気にするべき状況だった。

 ツァイネが押されたあの力を、今日はまだ見せていないという事など、すっかり脳裏から剥がれ落ちていた。

「よーし! じゃあ、残りのダメージ、一気に与えちまうか!」

「だね! 行こう!」

 油断は禁物だ。だが、勝てそうなうちに勝ってしまわなければ、いつまた回復されるか分からない。心臓を貫かれている以上、そう早くは回復できないはずだが、それでも、安心は出来ないのだ。

 二人は一気呵成にとばかりに駆け出し、踏み込み、攻め込んだ。

「食らえ! 俺の槍の本領!」

「俺は、その剣に合わせて炎だよ! フラム・ブリッツ!」

 短時間で決着をつけるのなら大技で。二人はそれぞれが左右から回り込み、それぞれの必殺技を放とうとした。

『……!』

 しかし、悪魔に攻撃が届く前に、二人の腕は止まってしまった。金縛りの術を受けたかのように、その場から動けず、攻撃を続ける事も、間合いを取る事も出来ないでいる。

 二人に向けて放たれた眼光の鋭さ、二人を睨むその瞳に宿った光の冷たさが、動きを止めてしまったのだ。

 何かをまだ秘めている。そう思わせるのには、十分すぎるほどだった。

「お、おい、どうする……?」

「と、とりあえず、退避、できる?」

 二人とも、足がすくんで動かない。これを「蛇に睨まれた蛙」と形容せずしてなんと表現しようか。

 それほどまでに、恐ろしい瞳をしていた。

『貴様ら、絶対に許さんぞ。この私に、本気を出させようとは……』

 静かな言葉に宿った力。恐ろしい気配が増大して行くのを、二人は間近で、その肌で感じていた。

 ピリピリするような感覚、全身の毛が逆立つような感覚。そして、いい知れぬ恐怖。それらが二人を襲っていた。

『まさか、人間相手に本気を出すのは、初めての事だ。どうなるか分からんぞ? 消し炭すら残らないかもしれないと思え』

 悪魔の周りを、黒い霧が包む。黒い霧がその身をすっぽり覆い隠すと、みるみる気配が増大して行った。

 少なくとも、今なら自分たちの行動は見えていないに違いない。その安堵が、二人を撤退に駆り立てた。

「とりあえず、距離を置こう!」

「あ、ああ!」

 辛うじて動いてくれた足に鞭を打ち、必死に逃げる。少なくとも、ゲートムントの槍が届かない程度の距離までは逃げなければ。

「くそっ!」

「まさか、こんな隠し球を持ってただなんて!」

 黒い霧に包まれた悪魔に、二人はしきりに恐れ戦く。半ば予想はしていたが、あそこまでの威圧を与えてくるとは思わず、足がすくんでしまうとも思わず、誤算と悔しさに唇を噛み締める。

「どんどん気配が強くなってる」

「一体どんだけ力を隠して戦ってたってんだ……」

 愚痴っていても仕方がない。だが、今はただ、黒い霧が晴れるのを待つしかない。

「……来るよ!」

「ああ!」

 気配の上昇が止まった。と同時に、黒い霧は周囲にまき散らされる。

「なんて力なんだ!」

「飛ばされるなよ! ツァイネ!」

 まき散らされた黒い霧だけでも、二人が飛ばされそうになってしまうほどの勢いがあった。

 そして、吹き飛ばされそうになるのを必死に耐え、視界が晴れるのを待つ。

『待たせたか? どうだ? これが私の本気だ。今度は手加減せぬぞ? いや、手加減など、したくてもできぬものと思え』

「なっ!」

「それが本気の姿……!」

 霧の中から現れた悪魔は、それまで負っていた全てのダメージが回復しているかのように元気な姿で、心臓部の刺し傷も見られなかった。

 そして、頭部には左右から二本の角が生え、瞳の色は赤く輝き、何より、刀身に纏っていた炎が、黒い炎へと変わっていた。

『さあ、第三回戦と行こうか』

 その言葉が、悪夢の始まりを告げていた。




〜つづく〜

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