チャプター43
「ゲートムント! ツァイネ!」
突如放たれた魔法による攻撃。立ち上る炎。炎によって見えなくなる二人。突然の出来事に、ただただ叫ぶ事しか出来ない。
周囲の木々には燃え広がっていないところを見ると、魔法によって呼び出された特殊な炎かはたまた燃焼範囲を固定できるのか。いや、それよりもまず、二人の安否だった。
高笑いする悪魔の声が、これほど恨めしく聴こえた事はない。
『フハハハハハ!!! 所詮人間風勢が私に勝とうというのが無謀なのだ! 灼熱の炎の中で思い知るがいい!』
忌々しい声。忌々しい笑い。忌々しい炎。わき上がる怒りを抑えられない。
「許さない……許さない……許さない!」
ざわざわと、内なる血が騒ぎだす。このままでは、あの時のように、竜の姿になってしまいそうだ。本当なら、抑えておきたかったのだが、二人の安否を思うと、そんな事は言っていられない。
自覚のないままに、頭部に竜の角が生えていた。一部分だけ本来の姿に戻るのは、とても珍しい事だ。
「あいつ……絶対消してやる……」
怒りに満ちた目で、遠くの悪魔を見据える。すると、頭部の角が淡く青白い光を放ち始めた。
『フハハハハハ! っ!? なんだ、この気配の増大は! ぬおっ!!』
高笑いを中断してしまうほどの謎の気配の増大。直後、晴れていた空に漆黒の雲が立ちこめ、悪魔の頭上に一筋の雷が落ちた。
一瞬の出来事だった。
『おのれ! 一体何事だというのだ!』
したたかなダメージを受けつつも、悪魔は周囲を確認する。自らが放った、目の前の炎が持つ力と光が強いせいか、目視以外では上手く気配を探れない。
まさか、その雷がエルリッヒの無意識に放った一撃だとは、まだ気付いてはいなかった。
「なんだかしらないけど、人間を甘く見ない事だね!」
「そういう事だ!」
悪魔が周囲を見回しているその時、目の前の炎の中から、声がした。それは明らかにゲートムントたちのものだった。
「えっ? 今の声! えぇっ?」
突如聴こえた待ち望んでいた声に、エルリッヒの怒りは一瞬にして消えた。それと同時に、自然と竜の角も消え、完全な人間の姿に戻っていた。
どういう事かは分からないが、二人はまだ、無事だった。
「なんだかしらないけど、よかった!」
つい、ひとしずくの涙がこぼれる。怪我の程度は分からないが、今は元気な声が聞こえただけで、十分だった。
『その声、まさか!』
「そう、そのまさかだよ!」
悪魔が火勢を弱めると、その中から巨大な氷の柱が見えた。これは何だというのか。そして、次の瞬間、その氷の柱が砕け散り、無数の棘のように飛んで行った。
『うをっ!!』
そして、その氷に悪魔が目を覆ったそのタイミングで、魔力による炎は消滅し、そこには相変わらず元気そうな二人が立っていた。
からくりは分からないが、まだ元気なようだ。
『貴様ら、どうやってこの炎に耐えた! あの氷柱はなんだ!』
「忘れた? 俺のこの剣、魔法の力を行使できるって。咄嗟に氷の力を宿らせて、それを全力で使ったんだよ。俺とゲートムントを守るようにね」
「そんで、その後で、俺が炎ごとそれを吹き飛ばして、見事脱出、て寸法だ。どうだ、驚いたか! ワッハッハッハッハ!」
驚きを禁じ得ない悪魔を前に、どこまでも楽天的なゲートムントの笑いが、周囲を包む。しかし、炎を防ぐ事は大変だったのか、ツァイネの表情は少しばかり険しかった。
「おかげで、これに宿っていた氷の力は、全部使い切っちゃったけどね」
と、剣の鍔から石ころを取り出す。それこそ、本来は「氷の力を宿した宝石」だったものだ。それを、物憂げな瞳で投げ捨てる。
『そうか、そこに魔力の源を埋め込む事で、魔力を行使しているのだな? からくりがわかればあっけない事だ。そして、それは有限だ。いずれこちらの方が勝る、という事だ。しかし、なぜそれほどまでに軽傷なのだ。あれほどの炎、いかに氷の力で守ったといえど、もっと大きなダメージを負っていよう物を!』
予想されたダメージとの食い違い。そのような事は戦闘中にはいくらでも発生するため、珍しい事ではない。悪魔が驚きを禁じ得ないのは、想定されうる誤差の範囲から大きくかけ離れた、「わずかなダメージ」しか与えられなかった事だ。
「そうだな、説明はまだだったな。生憎と、この鎧は炎に強いんだわ。炎が自慢の火竜の鱗や甲殻、それも上物の、言うなれば上鱗と、より頑丈な甲殻、堅殻を材料にして作られた鎧なんでね。ま、これも一流戦士の証って奴? ナッハッハッハッハ!」
エルリッヒが聞いたら卒倒しそうな話題で高笑いをするゲートムント。しかし、その鎧に込められた炎への耐久性は本物だ。防御力自体もかなりのものだが、炎に対する強い守りこそが、この鎧の真価だった。
「さすがに、こいつの氷の守りがなきゃもうちっとはダメージを受けてたけどな。けど、この鎧に炎でダメージを与えたきゃ、もっと遥かに強い炎を持って来いってな」
「ゲートムントの言葉は大げさだけど、俺の鎧も、不思議な力で自然の力への耐性は高いし、炎でダメージを与える事は、諦めた方がいいと思うね」
ツァイネの身につけている青い鎧。悪魔はそれをしげしげと見つめた。
「この鎧が気になるようだね。これは、この世界に魔法の力があった頃からの伝統の製法で作られているからね。魔法の力かどうかは分からないけど、自然の力に対する高い耐性は、防御力と相まって、並の攻撃は通さないよ」
『クッ! 忌々しい物を身に着けているものだ! だが、それならばより強力な力で攻撃するまでだ。先ほども言っただろう? 貴様のその槍よりも遠くから攻撃すれば、こちらが有利になる、と』
これが悪魔の次なる作戦か。攻撃が遠ければ、安全にダメージを与える事が出来る。ましてそれを魔法の力によって行うのだから、尚更だ。与えるダメージが小さくとも、ノーリスクで放てるのであれば、問題はないのだろう。
「……来なよ」
『何?』
悪魔の攻撃宣言に、ツァイネは余裕の表情を崩さなかった。
「槍のリーチよりも遠くからの攻撃なら、こっちだって出来るんだけどね。試してみようか? これを、取り出してっと。それから、ここにはめ込んでっと。よし、完成」
最初に使った雷の力の宝石をはめ込むと、刀身に雷を宿らせる。
『またさっきの雷か。馬鹿の一つ覚えというのは、こういう事を言うのではないか?』
「さて、それはどうかな? 言ったでしょ? これは魔法の力を借りる事の出来る剣だって。刀身に宿らせて、撃ち合った相手をしびれさせるだけが能じゃないよ。こういう事も、出来るんだ! ゲートムント、引いて!」
「お、おう!」
ツァイネ指示通りに、勢いよく飛び退る。何が始まるのか、把握しているのは、ツァイネただ一人のみ。
悪魔は余裕の表情で構えており、明らかに油断し切っている。これなら行ける。そんな漠然とした確信が脳裏をよぎった。
「さあ見せてみろ! この剣に宿った雷の力よ! その全てを出し尽くして、そこの悪魔を灼き払うんだ! ブリッツ・レーゲン!」
剣を天に向かい高く掲げ、力強く叫ぶ。直後、先ほどのエルリッヒによって発生した雷雲が、ゴロゴロと雷鳴を轟かせ始めた。
『これは……まさか!』
「そう、そのまさかだよ! ゲーエン!」
悪魔の方を向き、剣を勢いよく振り下ろすと、その動きに同調するように、雲の中から一条の雷が落ちた。そして、それを皮切りに、激しい雷が降り注いだ。激しい光と音は、ゲートムントたちにも襲いかかる。
「うをっ! まぶしっ! それにこの音! 耳を塞いでこれかよ!」
「聴こえないかもしれないけど、ごめーん! でも、雷の力の本領はこれだから!」
二人は耳を塞ぎ、目を薄目にし、雷に撃たれ続ける悪魔を見据えた。これで、少しはまともなダメージを負ってくれればいいのだが。
『おおおおおおお!!!!!』
悪魔の痛烈な叫び声が、辺り一帯に響き渡った。
〜つづく〜




