チャプター41
ー翌日 リュージュブルク城前庭ー
いよいよやってきた。再戦の日だ。緊張と興奮で眠れなくなりそうな心持ちだったが、エルリッヒの作ってくれた美味しい夕食による満腹感と、日中の戦闘による疲労とで、あっという間に眠りについてしまった。
栄養はしっかり摂った。睡眠もしっかりした。これでもう、ばっちりだ。二人に出来る、最良のコンディションだった。
だからこそ、今日は勝たねばならない。
「さて、到着したね。後は、悪魔が来てくれるのを待つだけだ」
「だな」
リュージュブルク城の前庭は、かつては美しい庭が広がっていたのだろうという痕跡の残る場所で、今でこそ荒れ果てているが、整備された通路や野生化して好き放題に伸びている草花などに、その面影が残っていた。
石畳よりも動きやすい、整地された土の道があり、周囲は広範囲に渡って見通しの利く、しかも建物の崩落も気にしなくていいこの場所は、まさに戦場にはうってつけだった。もしここがかつての美しい庭だったなら、戦場に選ぶような事は出来なかっただろう。
「悪魔、来てくれるか?」
「大丈夫だよ。どうやら、あの円範囲にいる人の動きは全て把握してるみたいだし、あんな逃げ方をしたからね。絶対に向こうも再戦して殺す、くらいに考えてるはず」
怖いことを言っているが、その実二人の心持ちは至って平静で、それこそ試合を待つ武道の選手のような気持ちでいた。
どうしてこれほどまでに落ち着いていられるのか、自分でも分からない。コンディションがいいというだけでも、全力を出せるからというだけでもなく、まして明確な勝算があるわけでもない。それなのに、どうしたわけだか、どういうわけだか、二人の気持ちは、済んだ青空のように澄み切っていた。
「俺たちは、ただ悪魔が来るのを待つだけだよ」
「そっか。言われてみりゃ、こっちから探しに行って、余計な体力を消耗するのもバカは話だもんな」
こんな様子で、のんびりと会話を繰り広げている。
「あの二人、随分気楽だけどいいのかな……」
同じ頃、エルリッヒは前庭が見えるギリギリの茂みに潜り、じっと身を潜めていた。ツァイネの推測通り、一定空間内で活動する人間の事は全て把握できるのだとしたら、隠れている意味はないようにも思えたが、戦闘の邪魔をしないという事であれば、意味はあるかもしれない。
尤も、初めに悪魔に一撃を加えたのが誰あろうエルリッヒだったので、悪魔自身はエルリッヒを非戦闘員として見ないかもしれないが。
「こっちまで襲って来たら、やっぱ応戦するしかないよねぇ」
一応持って来たフライパンをギリリと握りしめる。護身用としては十分すぎるが、これの一撃を食らったところであの悪魔がどれだけのダメージを受けるか、怪しいものだ。であれば、気休めにしかならないのかもしれない。本当にダメージを与えたいのなら、生来の力を持って戦わなければ。しかし、それはあくまでも最終手段、できれば使いたくない。
「……」
まず、ゲートムントたちと交戦してくれる事を願うばかりだ。エルリッヒとしては、あくまで応援と観戦が目的なのだから。
そんな事を考えていると、不意に全身の毛穴がざわつくような感覚が襲って来た。
「っ! 何、これ……」
一瞬戸惑ったが、これは間違いない。昨日感じて記憶した、あの悪魔の気配だ。人間の物とも、獣や魔物の物とも違う、悪魔の。
接近しているのだ、悪魔が。
「二人ともー! 悪魔が、すぐ近くに!」
思わず、茂みから顔を出し、叫んだ。二人に気付かせるには、叫ぶしかない。エルリッヒがこの段階で感知できているのは、彼女が人間以上に広い範囲の気配を感じる事が出来るからに他ならないのだ。
人間の索敵範囲では、まず気付けない。
「なんだって!」
「エルちゃん、それは本当なんだな!?」
静かな環境で叫べば、さすがに二人も聴こえる。まだ、二人とも気付かないでいたが、より遠くにいるエルリッヒなら気付けるのだろうと、武器に手をかけ気を引き締める。
「信じる信じないじゃないね。俺たちは、そのために来たんだ、歓迎こそすれ、おびえるところじゃない」
「だったな。さあ、どこから来る? あの悪魔なら、すぐに俺たちも気配を感じられるところまで来るだろ」
気を鎮めて、気配を探る。すると……
「来た!」
「だな!」
城を見上げ、上空に視線を向けると、そこからゆっくりと、悪魔が降りて来た。昨日と同じ出で立ちのように見えたが、服装は、少し違っている。暖かそうなマントを脱ぎ、幾分身軽そうに見えた。もしかしたら、昨日ゲートムントが斬ってしまったからだろうか。
そして、二人はまず逃げ際の爆弾によるダメージの蓄積を確認した。生身の生き物なら、それがたとえ魔物であれ大型モンスターであれ、一晩ではとても回復しないはずだ。銀の剣で斬りつけた時の回復力を見れば、完全回復されていても不思議はないのだが、果たしてどうか。
『何を見ている? そうか、あの爆発のダメージだな? どれほど蓄積されているかが気になると。回復していて、残念だったな』
「見透かされてたね」
「化け物め……」
毒づくしか、今のこの気持ちの吐き出しようがなかった。あれだけの爆発をその身に受けて、現時点で完全回復していたというのだから、当然だろう。
『ハッ、どうとでも言うがいい。大いなる力を手にしたこの私に、敗北はない!』
「その言葉、いつまで持つんだろうね。俺たちだって、勝つためにここに立ってるんだ。焦っても、知らないよ?」
「今日は、俺もツァイネも、本気で行く。その余裕も、どこまで続くか見物だな」
お互い、一歩も譲らない舌戦。お互いの言葉から導きだされるのはただ一つ、全力でのぶつかり合いだけだ。
『ほほぅ? 昨日は、本気ではなかったと?』
「それは、お互い様でしょ?慌てなくても、すぐに見せるよ、俺たちの本気をね。そしたら、そっちも本気にならざるを得ない。単純な話さ」
すらり、と抜き放った剣に、紫色に輝く宝石をはめ込む。
『貴様、何をした?』
「なんだって、いいでしょ? じゃあ、早速戦おうか。こっちから、行くよ!」
武器を構え、思い切り駆け出す。今度は本気だ。最初から遠慮はない。
『速いっ!』
本気を出したツァイネの速度に、悪魔も一瞬反応が遅れる。繰り出された一撃を、避ける事をせず、ただただ剣で受ける事しか出来なかった。
そして、その直後、体中に走る痺れ。
『なんだこれは! 雷の力か!』
「当たりだ、よっ!」
一太刀ごと、刀身からは紫色の雷が迸る。悪魔の持つ剣が纏っているのは炎の力であり、対処のしようがない。武器越しに伝わってくるわずかなダメージは、着実に悪魔の体に蓄積されていた。
『ええい、これでは! 貴様やその武器がいかようにして魔法の力を使っているのかは知らないが、それでは、こちらもこれで行かせてもらう! はぁっ!』
今度は悪魔の番だ。武器を片手持ちに変え、空いた左手を大きく振りかざし、周囲に炎を巻き起こした。
炎であれば、直接触れずに戦う事が出来る。魔法の力を扱える悪魔ならではの戦術だ。
「やっぱり来たね。でも、想定済みだよ! ゲートムント!」
「おう、任せとけ!」
ツァイネは素早く身を引くと、今度は脇で控えていたゲートムントが駆け出して来た。ツァイネの剣が届かないなら、ゲートムントの槍で戦えばいいだけだ。
『昨日の槍使いか!』
「そういうこった! これなら、炎の向こうから攻撃できるからな! 俺はあいつほど素早くはないが、その分一撃は重たいぜ? そらそらそら!」
炎越しに鋭い突きを無数に繰り出す。移動速度や、槍を振り回す速度こそツァイネに一歩譲るが、こう言った突き攻撃の素早さなどは、十分な物を持っていた。
「油断して、手を抜けるほどには、弱くねぇだろ!」
『クッ、そのようだな! 炎越しに攻撃とは、考えた物だ! だが、こちらとてこれだけが能ではない!』
なんと、今度は自らの放った炎をもろともせず、ゲートムントの目の前まで踏み込んできた。
『この距離であれば、そうそう器用な立ち回りは出来まい!』
「それが、できるんだよ!」
もともと剣は得意でないとうそぶいているが、この国で戦士になろうという者は、まず剣を修めてから他の武器に手を出す事が多い。かくいうゲートムントも、そうして剣を一通り学んだ上で槍の専門家になった口だ。至近距離まで攻め込まれた時の対処は、ツァイネとの模擬戦と併せて、槍の弱点の一つとして、日頃からしっかりと対策を練っていた。
「これなら、どうだ!」
『槍を短く持ち替えただと!』
ゲートムントとはあまり交戦していなかった事もあってか、その行動に、威勢の良さに、悪魔は圧倒されていた。
「まだまだ、しぶとく戦ってやるぜ!」
威勢のいい声が、剣と槍のぶつかり合う金属音にも負けないくらい、大きく響き渡った。
〜つづく〜




