チャプター40
「はい。どこから話せばいいか……」
ツァイネは言葉を選びながら話し続ける。順番と、内容と。すでに遭遇してる人も多いだろうから、省いていいところもあるかもしれない。
「外見とか、炎の剣とか、その辺は聞いてますか?」
「ああ。人間によく似た外見で、宙に浮き、手にした剣は炎が揺らめいているそうだな。全く人知の及ばない相手だな!」
ガッハッハ! と豪快に笑い飛ばしているが、そんなに気楽な物ではない。元々の性格もあるのだろうが、それだけではなく、深刻な顔をする事で部下に不安を与え、士気を下げてしまう事を避けているのではないだろうか。
「まず、力と速度から。一言で言って、俺が七割の力で戦って、相手の五割と同じくらい、という感じでした」
「え! お前七割も出したのか! やばくね?」
ツァイネの七割がどれだけ本気なのか、それを知っているゲートムントは激しく驚いたが、ツァイネの表情は穏やかだった。
「親衛隊の貴公が七割を持ってして悪魔の五割と同じとは、勝ち目がないではないか!」
「安心してください。俺の全力は、残り三割がすごいんですよ。それに、この剣の真価は見せてませんから」
グリーグに見せるように、剣をすらりと抜き放つ。詳しい事は知らないのか、グリーグは興味深そうに覗き込んで来た。
「ほほぅ、これが貴公の剣か。いい剣ではないか」
「はい。これは親衛隊に等しく支給される武器なんですが、ここにくぼみがあるの、分かりますか?」
「ほうほう、この鍔の中央部だな? 分かるぞ!」
興味深そうな顔で覗き込むグリーグは、まるで子供のような表情をしている。きっと、元来明るくて楽しい性格なのだろう。こういう人間が部下を惹き付け、士気を高めるのだ。やはり、現場を率いる指揮官向きの人間なのだろう。
「ここに所定の宝石を入れる事で、そこに宿っている自然の力を使う事が出来るんです。例えば、炎の力」
「ほほう! とすると、貴公はその力を使わないままで戦った上で、七割と五割なのだな? しかし、この力があれば、悪魔の凶悪な剣にも対応できるではないか!」
「はい、そういう事です」
キラリ、とツァイネの瞳が光った。そして、その直後に表情が少し深刻さを取り戻す。手放しで「奥の手」とは言えない事情が、その表情に隠れていた。
「何か、あるのか?」
「宝石に宿っている力を使い切っちゃうと、宝石は石になってしまうんです。つまり、有限って事です」
少し困ったようなため息をついて、剣を鞘にしまう。もう少し際限なく利用できると便利なのだが、人間が過去からの遺産である魔法の力を擬似的に利用しているだけなので、融通の利かない部分は仕方ないとも言えた。
「よいよい。事情は仕方あるまいて。だが、その力を使えば、もう少しは互角に戦えるのだな?」
「それは保証します。ただ、相手の言うところの五割の力が、本当なら、ですが」
楽観視できないという事だけは、重ねて伝えなければならない。信頼してくれる事はありがたいし、実力を買われた事は名誉だが、だからと言って勝利は約束できない。保証の出来ない約束をして、果たせなかった時には大きな落胆を与えてしまう。できれば叶えたいが、そう出来ない事もあるのだ。
「そう気負うな。我らとて、貴公らに全ての責任を押し付けるつもりはない。期待だけは、させてもらうがな! ハッハッハ! さて、槍の貴公はどうだ? あの悪魔と交戦したのか?」
「お、俺っすか? 俺は不完全燃焼です! ちゃんと戦えてない! だから、あいつの強さはまだ分からないけど、俺はこいつと二人なら大丈夫だって思ってます!」
不慣れなこういう場での受け答えに、ついついぎこちなく答えてしまう。しかし、威勢が良かったからか、グリーグはその受け答えを気に入った。
「ガハハハハハ! お互いを信じて戦う、いいではないかいいではないか! そうして戦えば、きっといい結果が出る! そう信じておるぞ!」
豪快な笑とともに、バン! と大きな音を立て、ゲートムントの背中を叩く。叩かれたゲートムントとしては、痛そうにしているが、嫌そうにはしていない。人柄を信頼されたという事は、やはりいいものだ。
「ってぇ〜!」
「ガハハハハハ! その痛みこそが信頼の証という事だ! その不完全燃焼、しっかり燃やし切ってくるがいい!」
漠然としたスローガンよりも、こういう言葉の方が伝わる。そして、戦う側としても、気合いが入る。普段指揮系統の中で行動を取る事のないゲートムントには、とても新鮮な体験だった。
「して、そなたのその槍はどういう武器なのだ?」
「そっか、そういえば紹介してなかったっけ。これは竜殺しの槍です! ドラゴンに効きます! でも、ドラゴン相手じゃなくても強いです!」
相変わらずの緊張テンションで説明してみせるが、その特徴を端的に表していた。
「そうか、ドラゴンに効くのか! これは珍しい! しかし、黒々とした姿はとても美しいではないか!」
「はい! ハインヒュッテの村にいる武器屋のおっちゃんが自分用に作ったのを売ってもらいました!」
話を聞きながら、ツァイネは「なんだろう、このやり取り」と思っていた。豪快なグリーグと、緊張から受け答えがおかしくなるゲートムント。だからか、まるで二人で叫び合っているかのようになっていた。
「なるほど、特注品中の特注品というわけだな! 素晴らしいではないか! では、そちらの魔法のような剣と合わせて勝利に貢献するがよい!」
「はい!」
今度は、ツァイネの背中も一緒に叩く。とても痛い。
「さて、それで、今後はどうするのだ?」
「はい、それを伝えに来たんです。明日、俺たちは悪魔と再戦します。それで、ここにいるみんなを危険に巻き込みたくないので、できればこのキャンプで待っていてほしいんです」
「ふ、不遜に聴こえるかもしれないけど、あいつの炎はとっても危ないので! 俺たちも危険だし、でも、俺たちの方が強いし、危険がないように!」
ゲートムントは黙っているつもりだったが、ついつい言葉が口から出た。それだけ、明日の戦いは本気なのだ。周囲に他の人間がいては、足手まといでしかない。ゲートムントが共闘して最も実力を発揮できるのは、ツァイネだけなのだ。
「あい分かった! 持てる実力を十分に発揮できるよう、明日は他の者には待機させておこう。それでよいか?」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
勝ちますとは言えないが、絶対勝利する、という強い思いは二人の胸中に共通していた。具体的な勝算はない。より本気で戦える場所に舞台を移して戦うだけであり、それ以上でもそれ以下でもない。
今日の戦いで経験した相手の行動パターンや性格をフルに分析し、その場で判断して行く。それだって、全てを知っているわけではないと思えば、二人の命は戦場での判断力に任されていると言ってもいい。
つまり、個々の能力と、これまでの経験が要求される、という事に尽きるのである。
「ドラゴン退治の手腕、期待させてもらおう!」
「精一杯頑張ります!」
「生きて帰ります!」
こうして、グリーグへの報告は終わった。最後、ニッカと笑った豪快な表情が忘れられない。
ー自分たちのテントに戻る道中ー
「はー、緊張した〜」
「ツァイネ、変なテンションになってたよね。あの指揮官にはちょうどいいんだろうけど。その槍も褒めてくれたし、よかったじゃん」
歩きながら、二人はなんとなく反省会のように話をしていた。
「あの悪魔について、あんな言い方でよかったのか?」
「いいと思うよ〜? こっちだって詳しい事は分かんないんだし。ただ、俺でも苦戦するって事を伝えるだけで」
ツァイネには、どこに行っても「元親衛隊」の看板が付いて回る。それは、何よりも実力に対する絶対の信頼と期待なのである。それを裏切る行為はしたくないが、過剰な期待を抱かせるわけにはいかなかった。
「元親衛隊員でも苦戦する」と分かれば、相手の強さが端的に伝わるのだ。
「実際、お前が苦戦するようじゃ、楽な相手じゃないってすぐ分かるしな」
「そういう事。俺が一番に伝えたかったのはそこなんだよ。元親衛隊って肩書きはさ、戦場での発言力や政治力も十分に残されてるからね。それはみんなの命を守るためにも、俺たちが自由に戦うためにも、活かさなきゃでしょ。っと、なんかいい匂いがするよ?」
まじめな話をしたかと思ったら、漂って来たスパイシーな香りに思わず引き寄せられそうになった。
「もしかして、エルちゃんがご飯を作ってくれてるのかな?」
「もうすぐ日暮れだし、そうだろ。そうと分かれば、さっさと帰ろうぜ!」
そうして、二人は駆け出した。テントでは、美味しい夕食が待っている。
〜つづく〜




