チャプター30
ーリュージュブルク城探索 エルリッヒの場合ー
「こんにちは〜」
そろそろと、用心しながらドアを開けて行く。木造のドアは手入れがされていないため、外れかかっている物や、触っただけで朽ちてしまった物など、ろくなものではなかった。それでも、ドアがあるのはいい方で、完全に朽ちてしまった所や、蝶番しか残っていないような所の方が多かった。
そういう所は、窓から廊下に光が漏れているので、すぐに分かる。
「えいっ!」
気合いを入れつつも優しくドアを開け、少し時間を置いてから部屋の中を覗く。そして、入り口で部屋をぐるっと眺めた後、中に入り、詳細に調べて行く。
悪魔がいるかいないか、それだけを調べるならドアを開けるだけでもいい。だが、せっかくなら、何か貴重な物が残っていないか、悪魔についての資料はないか、悪魔が現れた理由が分からないか、そういった事も調べよう、と思ったのだ。
他の二人がそういう事を考えていなくても、せめて自分だけは。もちろん、何かあれば見つける程度の洞察力はあるだろうから、それは信じている。
「何もないなあ。なくて平和だけど……」
悪魔はいない。他の生き物の発する危険な気配も感じられない。平和だ。しかし、部屋に入る時のドキドキ感は関係ない。お城の住人だった者の白骨死体だって、あるかもしれないのだ。
ドラゴン故の人の域を超えたある程度の力は有していても、今のエルリッヒは人並みの度胸だ。もしここに骸骨でも転がっていたら、大声を上げて逃げるだろう。
「えーっと……」
部屋の中を見回し、脅威や恐怖がないと確認すると、中に入ってまず窓を開ける。ホコリの積もった室内を探索するのに、これは欠かせない。
ここは探索十二部屋目。一階の一番最後にある部屋だ。使用人の部屋だろうか、こじんまりとしている。質素な椅子と机があり、脇にタンスがある。放棄されてからの年月が経っているからか、家財道具の類は何も発見する事ができなかった。
「ふむ、外れか。ま、上の階の方が可能性は高いよね」
部屋を出て、階段に向かう。城の階段は広く、今でもとても登りやすかった。
「そんじゃ、二階と行くかな」
コツコツという足音が、広く響き渡る。
ーリュージュブルク城探索 ゲートムントの場合ー
真っ暗な地下室に、カシャカシャという鎧の足音と、松明の燃えるパチパチという音だけが響く。
その暗闇を、オレンジ色の光が通過する。ゲートムントだ。槍を背中に差し、片手が空いた状態で歩いている。
「狭いな……」
階段を降りてすぐ、細長い通路が広がっている事に気付いた。前にしか進める通路はなく、松明を照らしても突き当たりは一切見えなかった。結構長い通路のようだ。
「これ、どこまで続いてるんだ? どこまで繋がってるんだよ。あんま遠くまで行くと、合図が伝わらなくなっちまうぞ……」
生憎と、通路自体は狭く、ここではゲートムントの槍を活かせそうにない。とすると、頼みの綱はあの「銀の剣」だけだ。悪魔への特効はともかく、武器として強ければいいのだが、こればかりは使ってみないと分からない。
「何も出るなよ〜? ツァイネのところに出ろよ〜」
当のツァイネが聞いたら友情にヒビでも入りかねない事を言ってのけるが、エルリッヒの所には出てほしくないし、かと言って自分はこのような場所にいるのだから、立ち回りに大きな不安がある。
戦士として、剣の扱いも一通り修めているが、やはりツァイネには一日の長があるため、狭い場所での強さはツァイネに軍配が上がる。それぞれ、適材適所で戦っているのだ。
「さてと、愚痴ってもしょうがないな。もっと先まで行ってみないと」
いきなり足場が崩落しているかもしれない。階段があるかもしれない。いきなり敵が現れるかもしれない。不測の事態に備えるためにも、用心に用心を重ねる。
どうしても歩みがゆっくりになるが、事故が起こるよりはいい。それならば、こうして安全策を取るまでだ。これは、今までの経験で得た教訓である。
「松明は後二本、どこまで続いてて、何があるのか、しっかり見極めないとな」
剣の柄をぎゅっと握ると、暗闇の中を、一人進んで行った。
ーリュージュブルク城探索 ツァイネの場合ー
「ふむ……」
第一の尖塔の入り口、頭上を見上げる。尖塔内の部屋は、内側に張り巡らされた螺旋階段の途中途中に点在している。いくらか登っては部屋を探すという作業は、探さなければならないエリアは狭いが、それを差し引いても大変な作業である事に変わりはない。階段の長さは、登れば登るほど堪えるのだから。
「とりあえず、怪しい気配はない、か。部屋にも怪しいものはないし。当時は倉庫だったのかな。今となっては、ただの空き部屋か。とはいえ、調べない訳にもいかないし……」
ツァイネはエルリッヒほどびくびくとはしていない。遠慮の一つもなく入り口に入り、ドアを開ける仕草にも躊躇がない。元来の性格から、勢いよく開けるような事はないが、一切戸惑う事なくドアを開け、入り口に立ち、中に入る。一連の動作は、さすがの度胸で彩られていた。
「遺留品やヒントは何もなし、か」
少なくとも、尖塔には十近い部屋があり、その尖塔自体も複数立っている。考えただけでも、骨が折れる。やはり、面倒でも自分で担当してよかったと思う。
「ゲートムントの槍じゃ重たいし、エルちゃんにこれは登らせられないし」
自己満足かもしれない。けれど、ただ想い人と友人を思いやっての事ではなく、ちゃんと騎士として判断しての事だ。自分はスピード自慢であり、ゲートムントは重量級のパワー自慢である。あまつさえエルリッヒはいまいち未知数の部分があるものの、一般の町娘だ。この判断は正しいはずである。
「懸念があるとすれば、ゲートムントを遣った地下か……」
地下室の存在は確認できたが、その造りや広さは全くのブラックボックスである。それが裏目に出なければよいのだが。
「……せめて、常識の範囲内で事態が起こってくれれば……」
脳裏をよぎり、胸に去来するのは、あの時自分たちを救ってくれたという大きな桜色のドラゴン。結局のところ、その姿を見たのは御者だけだったが、目覚めた後に見た、焼けこげた痕跡と雪が降った痕跡とが同居したような状態は、まさに人智を超える出来事であった。それに加えて、御者は雷まで見たというのだから、天変地異の前触れではないかとすら思える。世の中には、まだまだ常識では推し量れない物事があるのだと思い知らされた。
恐らく、ゲートムントも同じ気持ちでいるのに違いない。そして、エルリッヒも。であればこそ、悪魔の出現という話にも必要以上に驚かずに済んだのだが、その相手が魔法のような力を使うというのだから、やはり、必要以上に用心して掛からなければならない。
「とりあえず、何か見つかればいいんだけど……」
この探索がなしのつぶてに終わるかもしれない。そんな覚悟すら持って今こうしている。しかし、せっかくなら何かしらの成果が欲しいものだ。そして、塔の部屋を探している今、それはあまり期待できそうになかった。
「もともと、お城の尖塔なんて部屋はあっても倉庫が多いもんな。最上階に王族の部屋があったり、宝物庫や牢獄が変わり種であったりするけど、うへぇ、まだ先だなぁ……」
珍しく、弱音を吐く。まだまだ螺旋階段は続いているので、これは仕方のない事だろう。始めから、高い塔なのは分かっていたのだ。分かっていて、自分が泥をかぶったのだ。
「よし、頑張るしかないね!」
自分で自分を鼓舞し、探索を再開した。
〜つづく〜




