チャプター31
ーリュージュブルク城 玉座の間ー
エルリッヒの探索は、三階の玉座の間に到達した。ツァイネのいる尖塔へは、この脇にある小さな階段から入る。が、もちろんそんな事は知らない。
ここまでの探索では、なんの成果も得られないでいた。いや、厳密に言えば、悪魔と遭遇していない事が、すでに成果と言ってもいいのだが。
玉座の間には、その名の通り玉座が鎮座してあり、部屋は広く、玉座以外の何も残ってはいない。絨毯なども、ここには見られない。長年放置されて来たため、朽ちてなくなってしまったのだろう。布製品などはとかく朽ちやすいため、これは仕方のない事だった。
今となっては、居並ぶ柱の彫刻だけが、かつての栄華を誇っていた。
「ここ、調べるったって何もないよねぇ。んじゃ……」
おもむろに玉座のホコリを払うと、その上にどっかと座った。
「ケホッ! やっぱホコリが尋常じゃないね。さて、玉座とやらの座り心地はどうかな? うちの王様の玉座はすごかったけど、これはそうでもないのかな?」
石造りで大きな玉座は、城に呼ばれた際に見た玉座とは造りが明らかに違っていた。あちらは木造りの上に金が塗ってあり、座面にも背もたれにもふかふかそうな赤い布張りがしてあったのに対して、こちらはそのような「座り心地への配慮」は一切されていない。共通しているのは、凝った彫刻が施されているという点のみである。お尻が痛くなりそうな造りについては、当時はそれが当たり前だったのか、ただ単に、長年を経てそのようなものが朽ち果ててしまったのか、当時は座布団のようなものを敷いていたのか。長年生きて色々な物を見聞きしてきた自負のあるエルリッヒでも、玉座の様式についての知識はなかった。
「これじゃ、長く座ってたらお尻が痛くなるし、冷えそうだね。庶民の使ってる木でできた椅子も大概だけど、これよりは温かみがあるってもんだよ」
ひとしきり座り心地を味わい終えると、おもむろに足を組んだ。そして、
「我は竜王国第十五代国王、エルリッヒ・フォン・ドラシェケーニッヒであるぞ! 皆のもの、ひれ伏すがいい! わっはっはっは!!!」
まるで王がするような尊大な態度で叫び、笑い出した。前々から、一度こういう事を言ってみたいと思っていたのだ。
ちなみに、彼女の叫んだ肩書きに大きな嘘はない。竜王族は、寿命の長い竜族にあって、ことさらに寿命が長いため、彼女の父竜ですら、まだ十四代目の王位なのである。人間の在位期間とは、明らかに違うのが特徴だった。
ーリュージュブルク城 第二の尖塔最上階の間ー
「ん? 何か、声が……」
部屋に入ったその時、階下から叫び声のようなものが聞こえて来た。声色からすると、声の主はエルリッヒだ。何かあっては遅いが、ここまで来た事が無駄足になってももったいない。まずは耳をそばだて、様子をうかがう。
『わっはっはっは!!!』
「……ん? 笑い声? んん???」
詳しく聞き取れないが、声の様子は実に楽しそうだ。という事は、一大事が起こったのではないのか。であれば、駆けつける必要はないだろう。少なくとも、その身に危険が迫れば、もっと確実な手段で伝えて来るはずだ。
信じていればこそ、今回は安心する事が出来た。
「さて、この部屋はどうかな?」
一本目の尖塔の最上階は王の居室だった。であれば、ここは王子か王女の部屋か。あるいは王妃、大臣などの部屋か。いずれにしろ、相応の立場の人間の部屋だったのは間違いないだろう。
「この部屋は……」
中に入る。内装はほとんど朽ちて残っていないが、家財道具の類は残っていた。書棚と、その中の書物まで残っていたのは僥倖だろう。早速手に取ってみる。
「何々?」
これは日記か。造りが豪華だったせいで、腐食から逃れたのだろうか。紙は相当に痛んでおり、扱いは慎重を要したが、文字が読めるのも、また幸いだった。
「この国の王女として生まれて十六年、初めてお父様に意見した。王女の日記か。なんか、勝手に読んだら悪い気がするな〜」
しかし、王に意見という一文がとても気になる。これはもしかして、とても貴重な資料になるのではないか。少しの気まずさはあったが、構ってなどいられない。その内容をじっくりと読み始めた。
『お父様はこの国をより強力な国にするためにある儀式をするという。詳細は教えられていないけれど、あまりろくな話ではないような気がする。この国はすでに安定した国土があって、外国からの侵攻も落ち着いているというのに、なぜこれ以上の事をする必要があるのか。今一度、質してみたい』
その日記の内容は、とても意味深だった。国史においてこの土地は、突如としてグランリュージュの国が滅びたために編入されたとなっている。かつてこの国の滅んだ原因は、誰も知らない。もしかしたら、この日記はそれに触れるような内容なのかもしれない。そして、他の本も、もしかしたら……
「こんな物が今まで残されていたなんて……」
本来なら、とうの昔に騎士団から調査隊が派遣されて、発見されているはずの物だ。どういう事だろうか。この城には調査の手が及んでいないのか、それとも、何かしらの事情で発見できなかった? いや、それならそれで記録が残っているはずだ。
今となっては、この城はこの国の土地なのだから。
「と、とりあえず読み続けよう」
妙に震える気持ちで、ページを繰った。
ーリュージュブルク城 地下ー
「お……」
扉だ。ようやく扉があった。ここまで、ずっと一直線の通路が続いているだけで、他には何もなかった。感覚的には、随分進んだんじゃないだろうか。
「これ、開くのか?」
松明で照らしてみると、鉄で出来ているようだった。取っ手のような物はなく、押して開けるタイプの扉らしい。まずは軽く触れてみる。冷たくて、重い。
松明と槍を足下に置くと、思い切り力を込めて押してみた。
「ふん!」
思い切り力を入れると、ズズズ……という音を立てながら、扉が少し動いた。思いの外、錆びや腐食は進んでいないらしい。面倒だが、これならどうにでもなる。そう確信すると、再び力を混め、扉を押し開けた。
「おりゃああああ!!!!!」
一度動いてしまうと、後は勢いに乗って少しずつ扉の開く速度が増して行った。開いた先から、うっすらと青白い光が漏れている。それがなんなのかは分からないが、眩しさに耐えながら、扉を開ける。本来なら自分一人が通れればそれでよいのだが、もしもの事を考えると、最後まで開けなければ、と思う。ついつい、限界まで扉を開けてしまった。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、荷物を持ち扉の向こうへと進む。慎重に、周囲を伺いながら、一歩ずつ……
「なんだ、ここ……」
そこは十メートル四方はあろうかという小部屋になっていた。部屋自体は簡素な造りだが、ゲートムントの目を引く物があった。
部屋の四方に立つ細長い燭台と、そこに置かれた、淡い光を放つ謎の石。それがどういう物質で、どういう仕組みで光っているのか、昔から光っているのか、さっぱり分からない。とにかく、四隅にそれぞれ置かれたその石が、部屋の中を優しく照らしていた。
そして、もう一つ、
「また階段かよ……」
部屋の中央に、さらなる地下へと続く、階段があった。地下二階があるという事らしい。この部屋は青白い光に包まれているが、階段の先は、真っ暗だ。
「この部屋はこんななのに、この先はまた真っ暗闇かよ。っと、そうだ」
ここまで来て進まないわけには行かない。燭台の一つの前に立ち、触っても平気な事を確認し、石を手にする。灯りとして持って行こうというのだ。とても熱いかもしれない。冷たいかもしれない。まして触るだけで体が燃えるかもしれない。そんな心配もあるはずなのに、まるで野草でも摘むかのような簡単なチェックだけで、ゲートムントはこの石を手にした。
これが彼の度胸なのである。
「さーて、この石がありゃ、松明が切れても安心だな」
石をポケットにしまい込み、階段を下りる。松明が放つオレンジ色の光と、ポケットから漏れる青白い光が、周囲をしっかりと照らしてくれた。
「この先には、何があるのか……恐ろしいもんだぜ」
この時、初めてゲートムントは考えた。
『なぜ、この城の調査はここまで手つかずたったのか』
ー再び玉座の間ー
ひとしきり一人遊びが終わると、妙に冷静になり、恥ずかしくなった。
「はぁ、何やってるんだろ。今の声、絶対ツァイネに聞かれたよね。恥ずかしいって次元じゃないんですけど……」
この段階になって冷静になっても、もはや後の祭りである。激しい後悔がエルリッヒを襲った。
「さてと、調査に戻ろう。三階には、他に部屋はあるのかな?」
『ここにあるのは、この玉座の間だけだ』
どこからか、声がした。
「っ!!」
驚きとともに危険を察知し、立ち上がって周囲を見回す。そして、フライパンを握りしめると、威勢良く叫んだ。
「どこの誰!」
その叫びに、声の主はすぐには応えなかった。しかし、玉座から少し離れると、誰かが玉座の背後に立っていた。
『ようこそ、我が居城へ。私はこの城の主。そして最近人間共が口々に呼んでいる、悪魔だ』
「なっっっ!!!」
言葉にならない衝撃が、エルリッヒを襲った。
〜つづく〜




