チャプター29
ーリュージュブルク城 内部ー
「ごめんくださーい」
「エルちゃん……人の家に入るんじゃないんだから……」
「だよなあ。無人だよなあ」
三人は正面から城内に入って行く。ドアはとうに朽ち果ており、何も遮るものはなかった。正面のホールは日の射さない、ろうそくの光さえないような場所だが、朽ちた外壁からいくらかの光が入り込んでおり、周囲を把握するのには十分な光量で満たされていた。
灯りになるような物を持って来ていなかったために、これはとてもありがたい。ここまで窓が少ないとは、正直予想外だった。
言われてみれば、普段見ている王城も、ホールには窓はあまりなかった。お城というのは、どこもこういう作りなのだろう。
「さて、城内に入ったところまでは安全だったけど、それぞれの部屋はどうかな? もし悪魔に会うなら、槍を振り回せるだけの広さが欲しいけどな」
「そうだね。俺は剣だからどこでも戦えるけど、ゲートムントは広さがいるもんね。外で戦うならまだしも、屋内だと厳しいよねえ。て、悪魔がそこまで配慮してくれるとは思えないけど」
「だよねー。さて、どうするの? 別れて探す? 一緒に探す?」
ぐるりと見回すと、ホールの脇に階段があり、上の階へと続いている。しかも、下りの階段も見えるため、地下室まであるらしい。外から見ただけでも、いくつかの尖塔が見えたため、これをくまなく探して行くのは、とても大変そうだ。
悪魔が未知の力を秘めた存在である事も含めて、別れて探すかまとまって探すか、という事は、とても重要な問題だった。
「そうだなー。ツァイネ、どうする?」
「ええっ? 俺が決めるの? ゲートムントが決めなよ。俺はどっちだっていいと思うよ? 別れて探せば、悪魔と出会った時に危険が増すし、一緒に探せば時間がかかるし」
ゲートムントの判断力が足りない訳ではない。ツァイネが判断を丸ごと投げ返した訳でもない。ただ、ゲートムントをリーダーに奉っているだけだ。判断を投げ返されたゲートムントは、腕組みをしながらしばし悩む。
「んー、んー、んー。なあツァイネー、お前はもし塔の上にいる時に、地下室で悪魔と会った時の合図を送ったら、どのくらいで来られるか〜?」
「そうだねー、階層にもよるけど、五分くらいじゃない? 逆だったら、倍はいるかも」
「げ、なんちゅー速度。私には理解できないわ。て、そんな事訊いてどうするの? いくらなんでも難しいんじゃない? それだけ離れてると音も聞こえづらいだろうし、光を出すったって手段もないし……まさか、爆弾を使うんじゃ、ないよね?」
今の手持ちの道具で、音の出せる物と言ったら、爆弾だけだ。これを起爆させれば、大きな音や光を出すのは雑作もない。しかも、この間の冒険とは違い、今回は持って来ている爆弾の種類も多い。より手軽に爆発を起こせそうだった。
「ナッハッハッハッハ! エルちゃん物騒すぎるって! こんなとこで爆弾なんか使ったら、城が崩れちゃうじゃん。いくら俺でもそれくらいは分かるって。ただ、合図の手段は問題だよな」
「そうだよねー。一応ラッパはもらったけど、他のみんなが来ても、足手まといになるし。俺とゲートムントは、派手に戦えばそれなりに音も振動も出るから、それで気付いてもらえるだろうけど、エルちゃんは、何か大きな音を立てられる? 光でも振動でもいいけど。」
「え、私? 私は色々あるよ? このフライパンでちょいと壁を殴れば、それそうおうの音や振動は出せるから。まー、悪魔相手にそんな余裕があるのかどうかは分かんないけどね。それに、光は無理だわ。って! フォルちゃんから閃光玉もらってるじゃん! あれじゃだめなの? 目くらましにもなるし、あれでいいじゃん!」
道具袋の中から、閃光玉を取り出すと、それを各自に配る。大きな音や振動もいいが、いざという時の助けにもなる。持っていて損はない。
「ありがと」
「ダンケ。っと、そういえば、爆弾一式はどうする? 台車引いては階段登れないだろ。置いて行くにしても、隠しておいた方がいいだろうしな」
「んー、隠しても無駄じゃない? 見つけるとしたら、悪魔でしょ? すぐにばれるって。それよりは、ここに置いて身軽になった方がいいと思うよ。一応、名前だけ書いたりして、分かるようにしておいて」
エルリッヒの現実的な提案は、せっかく持って来たのに、その爆弾を使う機会を失うかもしれない危険を秘めていた。それを考慮して尚、この提案には採用するだけの価値があった。
つまるところ、爆弾に頼るより、自分たちの攻撃を信じろ、という事である。
「さて、それじゃあ別れて探索するとして、誰がどこを担当する?」
「俺、上でいいよ。スピードと体力には自信あるし、塔ったって何本かあったし。エルちゃんは地上から塔の入り口があるところまで、ゲートムントは地下をお願いできるかな」
「ツァイネ、根拠は? 私だけ探索範囲広くない?」
いざとなったらどうとでも立ち回るが、表向きはただの町娘である。あまり広範囲の探索は不向きだし、何より疲れる。明確な根拠がなければ、受け入れられなかった。
「まず、俺は高いところをたくさん回る。これはいい? エルちゃんが地上階全般なのは、その方が広く動けるから。何かあった時に対処しやすいでしょ? 上にも下にも助けを呼びに行ける。ゲートムントが地下なのは、地下は多分、やばいって事。それと、地上階って言うけど、階段は登りやすいし、廊下が多いから、言うほど大変じゃないよ?」
「ふむふむ、それならまぁいいか……」
「で、俺が危険な地下の担当って、ひどくねーか?」
こんな事を言っているが、それは実力を認めた上での采配であり、槍での立ち回りを考慮しての事である。教会でもらった銀の剣もあるため、もし地下が狭かったとしても、十分に立ち回る事が出来る。
「あははー、ごめーん。でも、重たい槍を持って高い塔を上り下りするのは嫌でしょ? 地下室なら、そこまで深くはないと思うんだ」
「まあな。そういや、松明はあったっけ? この地下じゃ、さすがに真っ暗だと思うんだけど。悪いが、夜目は人並みだ」
道具袋の中をがさごそと探して行く。すると、そこにはちゃんと松明が入っていた。誰が入れたのかは言うまでもないが、用意周到である。これが旅慣れたツァイネの気配りか。そう考えると、忘れた自分が恥ずかしくなる。
「松明までちゃんと入れてるなんてな」
「俺の準備にぬかりはないよ。というわけで、地下を頼むね。もし何かあったら、光は俺の所まで届かないだろうし、工夫してみて」
信頼しているからこそ、判断を相手に丸投げできる。その何と楽な事か。背中を預けられる相手とはよく言うが、それはつまり、行動に関する判断も任せて大丈夫だ、という事でもある。
ゲートムントがどんな判断をしても、ツァイネはそれを咎める事はない。もし判断を失敗したとしても、「自分でも似たような判断ミスをしていただろう」と考える。それがお互いの考え方だった。幼なじみという事で、幼少時代を過ごして来た環境が似通っているため、物の考え方や価値観が近いのだ。
荷物の中から単独行動に勝手のよい物をいくつかピックアップすると、それを各々自分の荷物袋に詰めた。大きな爆弾を持ち運べないのはもったいないが、これは仕方ない。とりあえず、準備は万端だ。
「それじゃ、行こうか。エルちゃんは、とにかく気をつけて。何の報告もないから安全だと思うけど、こういう盗賊は野盗の根城になってる事もあるからね。もちろん、魔物や獣の住処になってる可能性だってあるんだし」
「ありがと。忠告、胸に刻んでおくよ」
「本当は、鎧も着てないようなエルちゃんを危険な事に巻き込みたくないんだけどな。本当に、何かあったらすぐに俺たちを呼んでくれよ?」
自分たちの心配は一切せず、二人ともエルリッヒの心配ばかり。それはそうだろう。いくらとてつもなく重たいフライパンを軽々と振るっても、いくらその上で素早く動く事が出来ても、本当の素性を知らない二人には、付け焼き刃にしか見えない。心配するのも無理はなかった。
「それじゃあ、行こうか。解散」
「ん」
「だな。悪魔と会える事を願うべきか、会わなくて済む事を願うべきか、分かんねーけど」
他の部隊が遭遇して、合図のラッパが鳴るかもしれない。その事も忘れないように頭に叩き込んで、三人はそれぞれの探索ルートに入った。
エルリッヒは一階の部屋から。
ツァイネは塔に登るべく、階段を駆け上がる。
ゲートムントは地下に潜るべく、松明に火を灯し、下りの階段へ。
〜つづく〜




