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チャプター24

ーリュージュブルクの町南部にあるナーエリュージュの砦ー



 翌朝、町を出た四人は、馬車に乗り南部の森に入る。町と森は馬車で五分の距離。そのすぐ裾野に、ナーエリュージュの砦はある。

 かつて、南部国境地域はグランリュージュという別の国であり、その時の居城が町の名前の元になり、今でも廃墟の残るリュージュブルク城である。この砦は、その城を守る最終防衛拠点として建設されたものだった。それを国が管理・整備し、砦として騎士団がいつでも使えるようにしているのである。

 一行は砦の脇に馬車を停めると、御者を残して砦に入った。

「ここが、最前線基地か……」

「やっぱ、余裕ない感じが伝わってくるね」

「怪我した人があちこちにいるなんて……」

 中はしっかりと整備されているものの、今は戦闘の真っ最中、怪我をした兵士があちらこちらに横たわり、衛生兵が絶えず動き回っていた。

 そのような中を進む三人は、自然と注目を浴びる。ツァイネが親衛隊ゆかりの青い鎧を着ているため、身内であるという認識はしているようだが、隣に立つゲートムントは明らかに無頼者の出で立ちで、なおかつ目を引く長い包み。さすがに槍をむき出しで持って行くわけにも行かないため、布にくるんだままでの登城を選んだ。包みの中は槍に違いない、と誰もが思っていたが、そもそも騎士団で槍をメインに使うのは、各種門番だけであり、それが目を引くもう一つの理由となっていた。

 だが、それでもゲートムントの出で立ちは戦士のそれ、誰の理解を得る事も出来る。が、しかし、もう一人、エルリッヒの存在だけは、必要以上の注目を集めていた。

 明らかに戦いとは無縁の姿、もちろん丸腰、いや、なぜかフライパンを手に歩いている。中にはエルリッヒの事を知っている者もいるのか、名前を呼ぶ声すら聴こえる。とはいえ、とても医官には見えず、ましてその存在を知っているものもわずかにいたため、飯炊き娘として来たのだろうか、と辺りに淡い期待が走った。

「ね、ねえ、私、注目されまくり?」

「そりゃあね。ここは、言っちゃ悪いけど戦士の職場だよ? エルちゃんみたいな普通の女の子が来るには、場違いだよ」

「このフライパンが余計目立つよな。食事係って思わせると、ちょっと気の毒だけど、何せあのフライパンだもんな」

 彼女が手に持っているフライパンは、かつてのドラゴン退治の時にも持って行った、あの「とてつもなく重たいフライパン」である。

 もし、現場の指揮官に何かを言われた時、これを使って納得させよう、という作戦であった。二人がそれぞれまともに持つ事も適わないこのフライパンを軽々と振るってみせれば、誰も文句は言わないのではないか。少なくとも、追い返されはしないのではないか、と考えての事である。

「これが必要なきゃそれが一番平和だけどね」

「うんうん」

「っと、指揮官殿はこの上でいいのか?」

 砦は簡素な作りをしていた。入ってすぐホールになっており、その中央を赤い絨毯が引いてある。ホールの脇には部屋がいくつかあるようだったが、三人には関係ないため、今は素通りをする。

 ホール中央を進んで行くと、そこには階段があり、二階へと通じていた。外から見ても二階建てのように見えたので、恐らく指揮官のいる部屋は、この上なのだろう。誰も止めないのをいい事に、そのまま進んで行った。



ーナーエリュージュの砦・二階ー


「ーーふむ、事情は分かった」

 二階に上がると、そこはすぐ指揮官のいる部屋になっていた。と言っても、簡素な石造りの玉座があり、そこに座る指揮官と、護衛の兵士が両脇に計二人立っているだけのもので、ここが「戦の前線基地」以外の何者でもない事を如実に物語っていた。

 そんな中、目を引くのが玉座の背後に掛けられた、この森の詳細な地図である。リュージュブルク城を中心に描いたそれは、今では国境の向こうになっている地域まで、森の全体が詳細に記してあった。

 森を抜ける本道、地元の人間しか知らないような間道、休憩できそうな広い区域、泉、いつのものだろうか、木こりの小屋、洞窟、そういった情報が克明に書き記されている。おそらくは、かつてはこの森全体がグランリュージュの国土に含まれていたのだろう。

 そして、その中央、リュージュブルク城の上に、赤い布でX印が縫い付けられていた。

 三人はその地図に目を奪われつつも歩を進め、指揮官に挨拶をする。まずは簡単な自己紹介と、王からの書状の献上を行う。

 受け取った指揮官は、鋼鉄製の頑丈そうな鎧に身を包み、本来は腰に提げるはずの剣を脇の台座に立て、大物の風格を漂わせていた。

 髪は薄い金髪を短く刈り上げ、口元には短めのひげを蓄え、年の頃は五十も近いだろうか。鎧に施された浮き彫りが、その鎧の価値と、彼の立場を物語っていた。

「あれは、騎士団では大隊長を示す浮き彫りなんだよ」

 と、ツァイネが二人に耳打ちをしてくれる。なるほど、精鋭部隊のリーダーというのは、伊達ではないらしい。

 書状を受け取った指揮官は、それを恭しげな態度で受け取ると、慎重に蝋印をはがし、開いて行く。そして、一文字一文字、王直筆の文字を読んで行った。

「そなたのその鎧は、目を引く青い鎧。まさに親衛隊のそれであるな。陛下よりの書状にもそう記してある」

「ご確認頂き、ありがとうございます。一身上の都合により親衛隊を辞した身ではありますが、この国と陛下に対する忠義は、今も変わらず。こたびも、その恩義に報いるため、忠義に従い、こうして馳せ参じて参ります」

 ツァイネが、普段見ないような言葉遣いをした。王の前でもいつも通りだったというのに。もしかしたら、普段からそばに仕えていた王よりも、こうした普段顔を合わせる事のない相手の方が、礼節が求められるのかもしれない。

「そして、隣の男は?」

「はい。こちらはゲートムント。私の親友にして幼なじみ、ギルドでの最も多くコンビを組む相手にございます。その槍の実力は、親衛隊に匹敵し、陛下も信任下さったほど。出自こそ平民ですが、実力も、人物も、信用に足ります」

 堅苦しい場は慣れないゲートムント、こうした場所での対応は、いつもツァイネが担当していた。彼はゲートムントの事をよく知っているため、意思疎通や情報伝達のミスは心配いらない。安心して任せる事が出来た。

「そうか、ならば、よいか」

「はっ」

「えっと、ふ、不肖ゲートムント、このたびは、悪魔とやらを退治するために、このツァイネと共にはるばるやってきました。必ず役に立ってみせます!」

 親ほど年の離れた、威厳のある相手に、思わず言葉遣いがおかしくなる。だが、指揮官はそれをとがめようとはせず、むしろ口元を曲げ、わずかに微笑んだ。

「ハッハッハ、緊張せずともよい。この場では、戦果が全てゆえな」

 実のところ、王の書状には「平民出身で慣れるところもあるかもしれないが、決して無礼と思わず、咎めぬよう」と、一筆添えてあった。元々、騎士団にも平民出身の者は多数いるため、さほど選民意識はなかったのである。

「さて、そなたらはよい。こちらの娘は? 陛下の書状には、二人の食事担当、とだけ書いてあるが」

 さあ、いよいよエルリッヒの番である。自己紹介等は、所詮名前を名乗っただけのものであり、それ以上の事は、これからなのである。

「ここまでの同行はともかく、ここから先は死地である。不用意に民間人を立ち入らせる訳には行かない。陛下の書状にも、詳細は書いてなかったのでな」

「私は、エルリッヒ。エルリッヒ・フォン・ドラシェケーニッヒと申します。王都で食堂を営んでいます」

 一歩前に歩み出て、渾身の自己紹介が始まった。




〜つづく〜

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