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チャプター22

ー宿屋「南の古城亭」食堂ー



「さ、これから仕上げをするから、みんなは適当に座って座って。て、バラバラに座らないでよ?」

 夜、エルリッヒ言うところの「大いなる夕食作戦」がスタートした。要は、自分が食事を作り、みんなを元気づけるとともに、宿の人間限定ではあったが、ゲートムントたちを紹介し、悪魔討伐をしに来た事を伝え、希望を取り戻してもらおうというものだ。

 この時間、あらかじめ必要な下ごしらえは済んでいるため、後は最後の仕上げをするだけだ。宿屋の厨房の整った設備に、わざわざ持って来た愛用の調理器具という、完璧に近い環境での料理は、エルリッヒのやる気を多いに押し上げ、料理の出来映えも一級品になるのでは、という予感をさせた。

「うひょー、いい匂い! エルちゃんの本格料理がタダで食べられるなんて、ラッキーだぜ」

「ちょっとゲートムント、言ってる事がセコいよ……」

 エルリッヒが旅に同行してくれるだけで嬉しい。そして道中の野宿では、簡素とは言え彼女の振る舞う手料理を食べられるのだから尚嬉しい。それに加えて、普段ならわざわざお金を払って食べに行くような本格料理が、今は無料とあれば、尚々嬉しい。

 満面の笑顔の裏には、色々な理由が隠れていた。

「ほら、いいから席に着きなよ。他の皆はもう着いてるんだから、後は二人だけだよ?」

 見ると、ホテルの職員五人に御者の計六人は、既に行儀よく着席していた。確かに、この中で二人だけ立って騒いでいるのは少し恥ずかしい。

「あ、ご、ごめんなさい」

「わ、悪ぃ……」

 二人とも、ばつが悪そうに席に着いた。これで、全員が着席だ。全部で八人、普段から考えればどうという事のない人数だ。同時に同じ皿を出す、という経験はあまりないが、高級レストランでの修行経験などもあるため、「腕が鈍らないように気をつけなければならない技術」という位置づけだった。

 それに、この一週間、料理担当という事でその腕を振るっては来たが、限られた環境、限られた食材での料理は、やはり簡単なものが中心になってしまう。ちゃんとしたものを作るだけでも、腕が鈍らないようにする意味合いがあった。と同時に、長旅で疲れたゲートムントたち三人にしっかりと栄養を取ってもらうという目的や、精神的に極限まで落ちている宿屋のみんなに、少しでも元気を出してもらえれば、という目的もあった。

 好きでやっている商売、腕を振るうのはまさに嬉しい事なのだ。

「それじゃ、まずは食前酒からです。今回は白ワインを用意しました。この中でお酒の飲めない年齢の人はいませんか? いませんね? よかった」

 全員の着席を確認すると、蔵から持って来た白ワインを順次注いで行く。勝手に使わせてもらう手前、あまり高級なものは使えないが、あまり安くても料理を引き立てるのに力不足になってしまうため、それなりのものを選んだ。

「お、いいねぇ。エルちゃんさすがに舌が肥えてるよ」

「うんうん、お客様、さすがは王都で食堂をなさってますね」

「ありがとうございますっ。でも、女将さんはともかく、御者さんもいい舌してますね。どこでその舌を手に入れたのやら。あ、それと、女将さん。今はここの客ですけどそういうの、今は置いておきませんか? 私の事はエルって呼んでくれていいですから」

 にっこりと笑い、挨拶を返す。御者はダンディな外見から、舌が肥えていそうだが、外見と味覚は別。その普段の生活が気になってしまった。

「ゲートムントとツァイネはこういうコースで出てくる食事はあんまり経験ないかもしれないけど、ちゃーんと味わって、ちゃーんと他の人と歩調を合わせてよ?」

 食前酒の給仕が終わると、サラダから用意して行く。本当なら、数人のシェフがいて成立するのだが、今日はそれを一人でこなさなければならない。とても大変だが、とてもやりがいのある忙しさだった。




〜一時間後〜



 ひとしきりメインディッシュまでの皿を出し終え、後はデザートだけになっていた。ようやく、一休みできる。

「ふー」

 みんなの食べる様子を見ながら、椅子に座って一休みをする。これだけの距離でじっくり見る事が出来るというのは、内心かなりドキドキする。口に合わなかったらどうしよう、何かミスはなかったか。正直、胃の痛くなる思いがした。

 メインディッシュを出し終え、内心はどうあれみんながみんな、美味しそうな顔をしているので、ひとまずは安心。ここまで確認して、ようやく一休みしようという気になった。

「後は、デザートだけか。っとと、飲み物の準備もしておかないと」

 デザートの準備はほとんど終わっている。飲みものの準備もさほどの事ではない。デザートを出し終えてからが、話の本題だ、そちらに緊張が向く。

「みなさーん、そろそろデザート出してもいいですかー?」

 という呼びかけには、みんなが満面の笑みで答えてくれた。それに答えるように、まずはメインディッシュの皿とパンの乗っていた皿を片付け、テーブルを綺麗にする。そして、大きなお盆に乗せたデザートを、一人一人配って行く。その次に、飲み物を添えて行く。

 そして、緊張の一瞬が訪れる。厨房から出て、椅子に座る事もなく、声を上げた。

「はい、みなさまお揃いですね? これで、私からのディナーは全てです。みなさん、食べながらでいいから、聴いてください」

 美味しい顔をこちらに向けながら、話を聞いてくれた。よし。

「えーと、自己紹介がまだだったと思うので、ここで私たちの自己紹介をさせて頂きたいと思います。まず、あっちの背の高いのがゲートムント。ほら、立って立って」

「え、俺まだ食ってるんだけど。ちぇっ。あ、えっと、どうも。ゲートムントです」

 エルリッヒに催促されては逆らう事も出来ない。素直にフォークを止め、席を立って挨拶をする。

「彼は、王都でも指折りの槍の使い手です。次に、こっちの背の低い方がツァイネ。はい、よろしく」

「あ、どうも。ツァイネって言います、よろしくお願いします」

 ツァイネはいくらも素直だ。すぐに席を立って、人当たりのいい挨拶をする。

「彼は剣の使い手なんですけど、ものすごいスピードが自慢です。それじゃ、最後におじさん、お願いします」

「ん、了解。私はみんなをここまでつれて来た御者をしています。王都で馬車を扱って、みなさんを色んな町へお連れするのが仕事です。今回、期せずしてこんな場に呼ばれて、光栄の至りです。エルちゃん、ありがとう」

 御者の言葉はまさに大人の挨拶だった。落ち着き払った所作は、まだ若い二人にはとてもできない。なんとなく、一同の視線が大人を見る憧れの目線になっているように感じられた。

 そして、御者が再び着席すると、今度はもう一度エルリッヒの元に注目が集まる。ただの自己紹介でない事は、みんな薄々感づいていた。では、なんだというのか。ここまで来て「自分を雇え」というわけではなかろう。そこの二人は戦士らしい。という事は、まさか……

「さてさて、ここからが本題です。なんで私たちがこの町に来たのか。もちろん、商売をするためじゃありません。南の国に行くためでもありません。さっき女将さんたちにはちょっと話しましたが、私たちは、悪魔退治をするためにここに来ました!」

 その告白に、一同がざわめく。気付いていた者、いない者、いずれもが悪魔退治という事に、一様に大きな反応を示す。

 この町で起こった事、いやさその南の森で起こっている事を考えれば、冷静には反応できない。悪魔退治に来たという事であれば、またこの四人も命を落とすのではないか、そう思われても仕方が無いのだ。しかし、そんな風に思われては心外であり、また、今のこの場の目的に反する。言葉を続けた。

「みなさんが動揺するのも分かります。でも、落ち着いてください。見ての通りこの二人はお城に勤める正規の騎士ではありません。ツァイネは元親衛隊ですが、ゲートムントは生粋の無頼者です。なんでこの二人が遣わされたか、考えてみてください!」

 自分の頭で考えろ。そうして正しい答えを導き出すのだ。もしそれが間違った答えなら、その時は正すまで。さあ、考えろ。

 言葉ではなく強い瞳で、みんなに訴えかけた。

「もしかして、もう、お城には強い人がいなくなったんじゃ!」

「そうだ、そうに違いない!」

「もう、おしまいだー!」

 叫びだす部屋係の三人。はぁ、なんと情けない事か。臆病風に吹かれている以上、前向きな回答を出しづらくなっているのは分かるが、これでは何も進まない。

「もしかして……そこの二人は、とっても強いのか?」

 掃除係の男性が、真実のドアをノックした。そうだ、それでいい。そのまま思考を続けろ。それが答えだ。

 しっかりと強い瞳で、しかし全体としては笑顔を作って、呟きに応える。言葉では、背中を押しすぎる。それは、思考の発展には繋がらない。

「王様を守るんだ、お城に人がいないなんて事はないはず。でも、弱い人を送ったって、犬死にだ。強い人じゃなきゃ。そこの君は親衛隊出身だって言ったよね。親衛隊って、強い人しかなれないんだろ? じゃあ、信じていいんだね?」

「少なくとも、一般の兵士よりは強くて素行のいい人間しか入れないし、入ったら入ったで、それまで以上のすごい訓練を強いられるし、実力に関して言えば、王立騎士団の中では指折りのレベルまで叩き上げられるよ。周りも強いからそれと比べた自負はできないけど、今派遣されてるのが一般の兵士や騎士たちだって言うんなら、その人たちよりは強いんじゃないかな」

 ツァイネ自身の説明により、わずかだが安堵の空気と明るい表情が戻って来た。そうだ、それでいいのだ。これこそが、この「大いなる夕食作戦」の目的なのだ。

「じゃ、じゃあ、そこの君はどうなんだ? 生粋の無頼者って紹介されてたけど、まさか数合わせじゃないよね」

「ちょ! 失礼なことを言うな! 今、王都でも指折りのって紹介されてただろーが。ちょっとツァイネ、お前が紹介してくれ。俺より信頼されてるだろ? 俺じゃあ何を言っても信用されないぞこれ」

「えー、俺が? まったくもー。じゃあ、俺から。えーと、ゲートムントは、俺に匹敵するくらいには強いよ。俺がスピードタイプなら、パワータイプ。決して数合わせなんかじゃないから」

 この言葉に信を得たのか、途端に態度が変わる。ツァイネの言葉がそれほどまでに重たい効果を発揮したのは、初めてではないだろうか。コンビを組む事の多いゲートムントは、知り合ってからの長い年月を振り返り、しみじみと実感した。

「そっかそっか。誤解してごめんな。じゃ、期待していいんだな?」

「おうよ!」

「ちょっとゲートムント、その返事は待って。みなさん、ここでもう一つ聞いてください。私たちが悪魔退治に来た話は、他の人にはしないでほしいんです」

「え、なんで?」

「そうだそうだ。こんないい話、みんなにも聞かせてやりたいよ」

「はいはい、ちょっとみんな静かに。エルさんがまだ話してる途中でしょ?」

「マダム……」

 女将の一言で、一様に静まる。これが経営者の力か。とにもかくにもこれはラッキーだ。話を続けよう。

 静かに一つ咳払いをすると、続きを話し始めた。

「なんで黙っていてほしいか。それは簡単な話です。私たちは確かに悪魔討伐に来ました。でも、勝てるかどうかは分かりません。保証のない戦いには、期待をかけないでほしいんです。それを広めないでほしいんです。でも、みなさんがあんまり暗い顔をしていたから、意を決して、この場でこうしてお教えしました。だから、静かに応援していてください。これが、私たちからのお願いです」

 エルリッヒは代表となって、頭を下げる。その様子に、従業員一同は言葉を失った。なんという覚悟だろうか。勝てるかどうかも分からない相手に挑むのだ。本来なら、ものすごい恐怖だろうに、それを微塵も出さないような顔をしている。

 自然と、誰かから拍手が湧き上がった。

「や、やめてください。俺たちそんな大層な者じゃ……」

 戸惑うツァイネ。

「わはは! 精一杯やってくるから、しっかり応援してくれよな!」

 と、明らかに楽しそうなゲートムント。やはり、二人とも、死ぬかもしれない戦いを前にしているようには見えなかった。

「まあまあ、今だけは、賞賛を浴びておきなさいよ。これが、悲嘆の涙に変わるか凱旋に変わるかは、私らの働き次第なんだしね!」

 そのために、こうして一生懸命料理を振る舞ったのだ。何を差し置いても、二人には勝利してもらわなければならない。そして、出来る事ならそのために自分の竜の力は使わないでいたい。

「じゃあ、私は片付けしちゃうから、二人はみんなの相手をしてあげてて。くれぐれも不用意な事は言わないように」

「おう!」

 ゲートムントの気楽な返事を聞くと、エルリッヒは厨房へと戻って行った。少なくとも、この宿の面々はもう大丈夫だろう。

「エルちゃん!」

「? ツァイネ。どうしたの?」

 エルリッヒの安心を余所に、ツァイネはなぜか厨房に入って来た。一体なんだと言うのか。

 真剣な瞳のツァイネを見つめながら、穏やかな表情のまま、緩やかに首を傾げた。




〜つづく〜

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