第二章「炎の山」ラスト
12時間後、ヒカリは柔らかいベッドの上で目覚めた。
「お目覚めになられましたか」
ベッドを覗き込むようにして、透き通るような雰囲気を持つ黒髪の女性が立っている。
「誰?」
「俺の妻、エンカだ」
ヒカリが上体を起こし声のする方を見ると、リョウが椅子に座っている。
「ここは山の麓の里にある。俺達のプライベートハウスだ。安心していい。それにペットもそこにいる」
「誰がペットじゃ」
ジムがヒカリのベッドの隅で、涅槃のように寝っ転がっている。
「それよりリョウ。あんた怪我は大丈夫なのかい?」
ヒカリは聞いた。
「ああ、エンカは回復魔法が使えるんだ。しかし、どうやらお前の不調は治せないようだな。やはり、あの戦いの後遺症か?」
「まあね」
「そうか。しばらく休むといい」
「いや、そういうわけにもいかないんだよ。魔王が復活する」
「なんだって!?」
リョウは驚いた。
炎の賢者なので当たり前だが、50年前に賢者5人が封印した魔王の存在とその恐ろしさをリョウは先代から伝えられて知っている。
「だからお前はこのタイミングでやって来たのか。魔雄マンティスと同じタイミングで・・・」
「そういうことさ」
「この後はどうする?」
「あと氷の賢者と風の賢者。私とリョウ、アズサで最低人数の5人は揃うけど、多い方が良い。念のためもう1人も連れて来てくれと長老が言っていた。えっと、何の賢者だったか・・・」
「金の賢者だな。闇の賢者はどうする?」
「長老は奴を認めてないんだよ。それにどうせ協力的じゃないさ」
「わかった。ならば俺が先行して氷の賢者に会っておこう。2日休んだ後にお前が来ればいい」
「え、いいの?」
「もちろんだ。命の恩人だからな」
充分な睡眠を取った今でも、まだ頭痛と吐き気が残っている。
ヒカリは甘えるべきだと思った。
「それとこれを持っておけ」
リョウはそう言って、ヒカリに小さく丸い薄紫色の石を渡した。
「何これは」
「帯魔石。通常の物質より魔法を貯めやすい宝石だ。本来、それだけで使い道はない御守りみたいなものだが、今のお前にこそ必要な物だろう」
「そんな代物があるのか!?ありがとう」
ヒカリは雑学に乏しい。
御守りの類いなど知らない。
「じゃあ、準備するよ。エンカ、ヒカリと里のみんなを頼む」
「ええ、気をつけて」
エンカはリョウを見送った。
ヒカリはその日、頭痛を抑えるため目を閉じ、心を落ち着かせ、食欲もないので夕食も断った。
次の日の朝、ヒカリが部屋を出ていくのをエンカが見つけて声をかけた。
「体調はもう良いのですか?」
「いや、悪いけど今晩もやっかいになるよ」
ヒカリはそう言って、頭を掻いた。
「大丈夫ですよ。ではどこへ?」
「武器が欲しくてね。この里に武器屋みたいなものはあるかい?」
「それなら私が案内しましょう」
この里は炎の山を登る前に、休憩で立ち寄った麓の里である。
ヒカリは日差しに目を細めて、エンカに連れられ武器屋に入った。
中には、剣や槍、弓や弩まで様々な武器が壁いっぱいに立て掛けられている。
「こんなところか・・・」
ヒカリが手に取ったのは、2メートルくらいの手槍だった。
「これを加工できる所はないかな?この宝石を何個かはめたいんだ」
ヒカリは武器と加工費用を支払い、翌日受け取る約束をしてリョウの家に帰った。
「大丈夫かよ?ヒカリ」
ジムはベッドの上を転がりながら言った。
「もう少し寝れば大丈夫かな」
ヒカリはベッドの上で横になっている。
「そういえば、アズサはどこに行ったのかねえ。リョウ達も知らないと言っていたが」
アズサはヒカリの仕事を代わりたがっていた。
本来ならば、足留めをくらったヒカリより早く炎の山に着いてなければおかしい。
「七魔雄に襲われてなきゃ良いけど・・・」
ヒカリは窓の外を見ながら、眠りについた。
出発の日、エンカはすりおろしたリンゴを器に入れて部屋に持って来た。
「ありがとう」
ヒカリはベッドから起き上がり、それを受け取ってスプーンで食べ始める。
その間、エンカはベッドに腰をかけ、ヒカリの寝癖のついた金色で短めの髪をクシで溶かしてあげていた。
「まるでお母さんみてえだね」
「ふふ、あなたのお母さんに私は似ていますか」
エンカの言葉を聞いて、ハッとした。
ヒカリには生まれた時から母親がいなかった。
一般の母親像というものすらしらない。
それなのになぜ、そんな言葉が出て来たのだろうか・・・
「どうしました?」
エンカは、妙な顔をしていたヒカリに疑問を持って聞いた。
「いや・・・ありがとうエンカ。あなたのおかげでまだ旅が続けられそうだよ」
「ふふ、どういたしまして。夫のことを頼みますよ」
エンカはそう言って、ニッコリと微笑む。
そして、ヒカリはその笑みに清らかで壮大な川の流れのイメージを見ていた。




