第七章「希望」ラスト
長老との話を終えて、翌日の昼間、アズサは賢者の村を歩いていた。
魔王復活は夕方頃。
しかし、スズやバンが来ないどころか、ヒカリも目を覚まさない。
(これからどうなるのだろう・・・)
魔王が復活するまで何もできないのが、もどかしい。
少しすると、前方から赤い服の魔法使い集団が歩いてきた。
どうやら、炎の山の魔法使いたちがリョウの遺体を引き取りに来たらしい。
先頭を歩く黒いドレスを着た女性がアズサに気がつく。
「貴方はアズサ様ですね。私はリョウの妻エンカといいます」
エンカは滑らかな声でそう言いお辞儀をした。
「すみません・・・私がもっと早く加勢に来ていれば・・・」
アズサもそう言って頭を下げる。
「いえ、リョウは常に言っていました。賢者は戦うために生かされている。だから、たとえ戦いの中で死んだとしても悲しむなと・・・。不思議なのですが私は主人が我が家を出る時、彼が戦いの中で死ぬことを予感していました。しかしただ死ぬだけでなく、人類の勝利に貢献する名誉の死だと感じたのです。だから私は安心して彼を送り出したのですよ」
エンカはそう言って微笑んだ。
さすがは賢者の妻である。
尋常じゃない精神だとアズサは思った。
「そういえば、集会所の地下に魔王封印の石柱のようなものがあるそうですね」
「ええ・・・それが何か?」
「いえ、少し不安だったのです。差し出がましいですが、警備はしっかりしてらっしゃるのか気になったもので」
「大丈夫です。私の弟子や力ある魔法使いがしっかり警備を固めていますよ」
「そうですか。安心しました」
エンカはそう言ってニッコリと笑い、魔法使いたちと共に去っていった。
魔王復活は予言により、すでに確定している。
だからなぜ石柱のことを気にするのかアズサは気になったが、エンカはそこまで理解していないのだろうと思い納得した。
やがて、アズサが村の外で荒野を眺めていると、向こうから馬車がやってきた。
髪を2つに結んでいる女性が中から顔を出し手を振っている。
「スズ!」
「貴方達にはいろいろ迷惑をかけたみたいね。礼を言うわ」
スズは元気な姿でそう言った。
少々心配性な彼女だが、風の園は弟子のランが推薦するレツとアオナも守備についてくれているため、安心して旅立てたらしい。
風の賢者スズが合流し、長老も村の外に出てきて空を見上げている。
「魔王は恐ろしく強大だ。それは天を覆うほどに・・・」
長老は恐れてはいないのだろう。
声に落ち着きがある。
しかし、その虚脱感は諦めを含んでいるのではないかと、アズサとスズは感じていた。
「ヒカリの様子は?」
スズが聞いた。
「強引に起こそうとしたが無理だった。もう時間がない」
長老はまだ空を見上げている。
(おそらく、この3人で魔王の相手をすることになるだろう・・・)
アズサは覚悟していた。
「そういえば、さっきエンカさんが来ていましたよ」
「ああ・・・」
長老は空を見るのをやめて、アズサの方を向いた。
「弟子達はリョウを引き取って帰ったというのに、なぜか彼奴だけ村を彷徨いている。私はリョウの師として、昔からエンカのことも知っておるが、奴はよくわからん。美しく、一見人当たりも良さげだが、それが何か不気味なのだ。まるで人を超越した何かのような気さえする・・・」
長老はここにきて初めて不安げに語っている。
アズサにとっても確かに完璧な女性のように見えたが、長老もそこまで言うかと変に思った。
「長老。考えすぎではないですか?エンカさんは素敵な方ですよ。弟子達の面倒見も良いと評判です。様子がおかしいのは、きっと彼女も不安だからですよ」
スズはエンカのことを知っているらしく、そう言って長老を宥める。
アズサはエンカのことを聞いて、ふとあることを思い出した。
「もし、封印の石柱が壊れたらどうなります?」
「あれには魔法をかけてある。そんじょそこらの衝撃では壊れん。今朝も確認してみたが特に問題はなかった」
長老はそう答えたが、壊れたらどうなるかはあえて言わない。
「そういえば、マヤの遺体が見つからなかったのだが・・・」
長老はアズサに聞こうとしたが、何かを感じ取ってすぐにやめた。
「今はそれどころではない。これはあの時の感じと同じだ」
気がつくと長老は空を見上げている。
空が雲に覆われて辺りは薄暗くなり、巨大な指のようなものが雲の隙間からゆっくりと伸びてきている。
「あれが魔王・・・?」
スズは自信なさげに呟いた。
やがて、両手計10本の指が裏合わせで飛び出し、その指はまるで雲をこじ開けようとするかのように震えている。
禍々しい空気と音に精神が押しつぶされそうだった。
「年月を経て封印の効力が弱まったのだ。ここまでになったらもうどうしようもない」
轟音の中で長老は叫んだ。
巨大な指が空をこじ開けると、髪の毛が一切生えておらず彫りの深い不気味な顔が水面に顔をつけたように空に広がった。
その大きさは賢者の村くらいだろう。
「もう新しい封印をかけ直すか、存在ごと破壊するしかないだろう」
長老がまた叫んだ。
魔王は不死身だ。
しかし、七魔雄と同じように肉体を破壊し尽くせば存在し続けることはできないと長老は考えている。
だが、あの規模の物体をどうやって破壊すれば良いのか?
魔王は久しぶりの解放を喜ぶかのように、ニヤニヤ笑っていた。




