第四章「風の園」ラスト
びっくり箱のように飛び出してきたブランチが繰り出す槍のような指の刺突を、ヒカリは咄嗟に後ろに飛んで回避した。
「なんと言うことだ・・・」
傷の痛みを堪え、不屈の精神で追いついてきたイテタキが見たものは敬愛する教祖の正体だった。
「人間というものはゴミのように死んでいくから困るな。イテタキ君よ」
ブランチは言った。
「あなたは本当にオーブ様なのか・・・?」
「もともとオーブという者は存在していたが、君の知っているオーブはすでに俺の傀儡にすぎなかったのだよ」
「見たかイテタキ!お前の信じる物の正体を!」
ヒカリは叫ぶ。
イテタキが信じていたのは偉大なる教祖オーブの思想ではなく、人間に害をなす七魔雄の洗脳であった。
魔族のために多くの者を捕らえ、時には殺した。そんな真実に絶望し、イテタキは膝から崩れ落ちてしまった。
「ふふ、ヒカリ。サンダーストームの使えない今のお前では俺には勝てない。降参するなら苦しまぬように殺してやろう」
「ほざくなッ!」
ヒカリはそう言って掌をかざした。
帯魔石を2つ持っている今なら本来の力で雷を放つことができる。
<サンダー・真>
凄まじく青白い光がブランチの頭上に降りてくる。
しかしブランチの棒状の身体が湾曲し、容易く回避されてしまった。
「甘い甘い!」
ブランチはニンマリと笑い上体を揺らしている。
スピードはもちろんだが、究極の弾性がブランチの回避力を支えている。
(なんというしなやかさだ・・・)
常人のイテタキから見れば、異次元の身体捌きだった。
「死ねや!退けや!」
ブランチは逆上し細腕の連続攻撃でヒカリを追い詰めていく。
(こいつを倒すには・・・)
ヒカリは考えた。
雷を避けられる者は存在しない。
だがこの奇妙な生物はそれを容易く行なっている。
しかし、5年前の戦闘でヒカリはブランチを撃退していた。
(サンダーストーム・・・)
広範囲高密度の雷の嵐。
それならば、ブランチといえど回避は不可能だった。
ヒカリはブランチの刺突を回避しながらほくそ笑み、天に掌をかざした。
今のヒカリには余裕がある。
なぜかシャドウクラブとの戦闘以来、比較的に頭がスッキリしていた。
しかも、ヒカリにも理由がわからないが、魔力を使わなければ逆に身体を害するほどに魔力が充実している。
辺りには雷雲が立ち込め、今にも雷を吐き出さんと青白い光が駆け巡っていた。
「え・・・嘘だよな・・・」
ブランチは思い出した。
5年前、自分や仲間達を薙ぎ払った高密度の魔法を。
「範囲は5年前の10分の1以下。お前1人やるならこれで充分だ」
ヒカリが天にかざした手を勢いよく振り下ろす。
<サンダーストーム>
連続して降り注ぐ雷槍が回転し、ブランチの立っている辺り一帯の大地をかき混ぜていく。
「ぁぁぁぁぁああああ・・・!」
ブランチの断末魔の叫びは、轟音に飲み込まれ聞こえない。
ヒカリの後方で見ていたアオナとイテタキは、あまりの威力に声も出なかった。
やがて、雷の嵐は止み、天が青さを取り戻していく。
「驚いたね・・・」
ヒカリは思わず呟いた。
なんと、あの嵐の中でブランチは必死の回避を試み、直撃を避けて身体は原型を保っていたのだ。
ブランチはヒカリ達の方を見て一瞬微笑むと、身体が塵となって宙に霧散していった。
そして、それを見届けたヒカリは凄まじい虚脱感が襲われ、そのままゆっくりとしゃがみ込んでしまう。
「これからどうするか・・・」
ヒカリはその虚脱感を周りに悟られぬように、余裕を見せながら呟いた。
ふとヒカリが横で浮遊しているジムの方を見ると、ジムはブランチが存在していた虚空を見つめている。
「どうしたの?」
「・・・いや、なんでもない」
ジムはゆっくりとヒカリの方を向くと、言葉を詰まらせながら答えた。
その表情には、少し恐怖を含んでいるようにも見える。
「まず、こいつをどうするかだな」
ジムはすぐに調子を取り戻して言った。
こいつとはイテタキのことである。
ヒカリは立ち上がりイテタキの方に向かって歩み寄ると、彼の脇腹の傷口に手を当てた。
「先生!」
アオナが声を上げる。
ヒカリの回復魔法がイテタキの傷口を癒していく。
「馬鹿なことを・・・」
イテタキは虚な目でヒカリを見ていった。
「これで死ぬことはないだろう。これからのことはお前の好きに決めるといい。ただし・・・」
ヒカリはそう言って、イテタキの持っていた水晶の剣、<流雷剣ディスチャージ>を拾い上げる。
「こいつはやがて必要になる。少し借りておくぞ」
そう言ってディスチャージを背に携えるヒカリを見ても、イテタキは何も言わなかった。
少しして、遠くから馬で駆けてくる者がいた。
「お前は賢者の村の使者だな。どうした?」
「ヒカリ様、すぐ来てください!七魔雄に村が襲われています!」
「やっぱりか。すぐに行く」
ヒカリはそう答え、アオナの方に向いた。
「アオナは風の園をレツと共に守ってくれ。スズを頼んだ」
「もちろんです」
アオナはそう答えると、すぐに若者をまとめて風の園に向かっていった。
「ちょっといいか?」
ジムが言う。
「金の賢者は俺に任せてくれねえか?」
「え?」
珍しくジムの真面目な表情にヒカリは驚いたが、考えている時間もない。
「わかった。何か考えがあるんでしょ?金の賢者は任せるよ」
「あんがとな」
使者の馬に乗って賢者の村へ向かうヒカリを、ジムは姿が見えなくなるまでじっと見ていた。




