第52話 オノンタルガ遺跡 【内線作戦】
最後の加工を済ませた俺たちは、レジスタンスのアジトを出発し、ヘラドーンの住むダンタリオ坑道の最深部へと向かった。
坑道の本道に戻り、数百メートル進むと再び上り坂になり、また二キロメートルほど登坂する。
地上換算の標高では既に三千メートルに達しているはずだ。
そのうち急に通路が広く天井が高くなり、坂が極端に急になる場所があった。
坂の角度は三十度以上はある。
ほぼ90式の限界登坂角度だ。
この角度を乗用車で登るのは難しい。
摩擦力の高い履帯と馬力のあるエンジンを持つ戦車でなければ。
なるほど。
ここが上側からは崖に見えるので、赤竜たちは道があるとは思っていないのかもしれない。
何とかその坂を越えると、しばらく直線となった。
やがて、開けた洞穴があって、壁面に目指すオノンタルガ遺跡の入口が見えた。
入口付近は石造りで、これまでのドワーフ坑道と同じ様式だった。
だが、その入口をくぐった先に広がる景色は、今までと一線を画していた。
天井がわずかに発光しているのか、どこかから光が差し込んでいるのか。
薄暗くはあるが、施設の様子が一望できる。
まず舗装路がアスファルトに似た材質でできている。
そして遠目に見える建物群は、鉄筋コンクリート造か、ガルバリウムに似た鋼板で覆われている。
全く現代的な様相の施設だ。
まさしく郊外型のショッピングモール、しかも結構新しめの様式だ。
施設の壁面はあまり汚れていないのはどういうことなのだろうか。
地下だから風化しなかったということかな。
一方、路面はところどころひび割れたり、隆起したりしている個所がある。
地下でも、温度変化や荷重でアスファルトは劣化する、ということらしい。
『地下なのにすごい広さだね。建物も見たことないくらい大きい……見回したところ、敵は見当たらないね』
ハッチを開けて外を偵察したラティーナが報告してくれた。
確かに広い。予め、博物館の地図で確認していたが、それでも驚愕に値する。
小さめの都市一つ分の大きさが、山体内部に格納されているのだ……。
この広さの場所にドラゴンが一匹も見当たらないのも、普通では考えられない。
やはり敵は、本陣に奇襲があるとは予想していないようだな。
『うっ……』
インターコムにうめき声。
これはエチカの声だ。
「エチカ、どうかした? 調子悪いか?」
『すみません、なんだかこの場所、奇妙な雰囲気があって……』
『エチカ、大丈夫? 少し休む?』
『大丈夫です。ちょっと、感覚がぼやける感じがしますけど、体には問題ないです』
「その症状だと、高山病という感じでもないか……」
エチカの不調は気になるな。
この場所に来てから急に調子が悪くなったということか?
俺とラティーナは特に変調を感じていない。
ディカリオン文明はディコーンの遺産だから、ディコーンだけに影響する何かがあるのだろうか。
戦車で一階の道路と駐車場スペースを走行する。
見渡す限り無人だ。
徐行して周囲警戒しながら、左折、少し進んで右折。
広い道路を二車線分使って、立体駐車場の入り口に向かう。
ショッピングモール外周と、地図上では確認できた隣の物流ステーションの間には岩塊が突き出していて、道路が塞がれている。
一帯が全部転移したわけじゃないというのもまた不思議。
目的のセーレ大神殿への通路は、一度立体駐車場の最上階に上がり、そこから連結通路を使ってモール側の屋上を通る。
そしてドワーフの建てた連結通路が壁面に通じていて、その岩塊の中がセーレ大神殿だ。
今回は本道ではなく、途中の脇道を使う。
そのまままっすぐ行くと、セーレ大神殿の大門と正殿があるし、正殿から行くとヘラドーンの玉座の真正面に出てしまうからだ。
立体駐車場の入り口を見て、ゲートの上に高さ制限3.5メートルの表記を見つける。
立体駐車場としては異様に高いが、もともと大型車両を想定していたのだろうか。
また見たことのない文字で書かれていたが、翻訳機能がちゃんと働いてくれているようだ。
「これは古代ディコーン語ですね。ディカリオン文明で使われていた言語です」
エチカも理解できるらしい。
正直、90式が車高制限に引っかかるなら、遠回りだが別の場所を通るつもりだった。
耐荷重については気になるが、3.5メートル制限なら、大型のトラックも通れるように作ってあるということだろう。
見た目、建屋内の細部の造りは大型トラック相当の広さに見える。
隣が物流ターミナルなので、ここも元は物流施設だったのかもしれない。
物流ステーションのように二十トンクラスのトラックが日常的に走っていた場所ならば、全備重量五十トンの90式でも履帯で荷重分散される分、一発で床が抜けることはないだろう――そう判断した。
駐車場の建屋入り口には、交戦の後のようなものがあり、本来あるはずの発券機ゲートは破壊されていて、瓦礫が散乱していた。
これは好都合だ。
片側だけだと戦車の幅には足りないので、戦車砲で破壊しなければいけないかと思っていたところだ。
そのままスロープを登り、駐車場を登る。
多少滑りやすい床をキュラキュラ履帯の音を立てながら、駐車場の中をぐるぐる回って上階を目指す。
駐車スペースに一台も停車していないのが不思議だ。
ドワーフたちが回収したのか、あるいは最初からなかったのか。
転移装置の暴走というのはどういう性質のものだったのか気になるな……
立体駐車場を三階分登った時だった。
『これは……!』
エチカが、驚愕したような声を漏らした。
「エチカ、どうしたの?」
『まさか……いえ、すみません、急に敵の反応が現れました。一階入口ゲート付近に赤竜二体と火竜三体、屋上のモール側に赤竜一体と火竜二体です!』
何だって⁈
進路と退路を同時に塞がれたということか――
*
『屋上の反応、これは……かなり高位です。爵位持ちの竜、伯爵……いえ、侯爵クラス……申し訳ありません、私のミスです!』
これは驚きだ。
エチカの空間織覚に引っ掛からなかったということか?
何らかの手段を用いて潜伏していたのか?
「オーケー大丈夫、エチカ。落ち着こう。ラティーナ、指揮できるか?」
『まかせて! モトム、エチカ、まず一階から各個撃破しよう。取っておいた例のアレを使うよ!』
『……! 了解しました!』
「了!」
咄嗟のことだったが、ラティーナも落ち着いている。
例のアレとは、エミリーヒルで戦車クラフトで合成してきた、乱戦の時用の装備のことだ。
敵が二方向から挟撃してきた場合、もし挟撃タイミングに開きがあるならやるべきことは決まっている。
一方をできるだけ素早く叩き潰す。
返す刀で反対側と対峙する。
いわゆる内線作戦による各個撃破戦術だ。
だが、三階から取って返して、一階の敵を迎え撃つ前に、その例のアレを使ってやることがある。
この立体駐車場の中央には、もともと車両用のエレベーターシャフトがあったらしい。シャフトは珍しく吹き抜けタイプだったのか、後から外壁を取っ払ったのか、今はそこは空洞になっている。
ドワーフが利用していた時代は、そこに高炉を設置していたようだが――一階で見た限り、赤竜たちが気に食わなかったのか、跡形もなく破壊されていた。
戦車の車体を回転させ、その空洞に向けて、一旦停車する。
『催涙発煙弾、投下します!』
エチカがスイッチを押し、90式の砲塔両側に設置された発煙弾発射機の右側から、催涙発煙弾が二発、発射される。
一階まで転がり落ちた発煙弾は、じわじわ包囲を縮めようとしている階下のドラゴンたちに直撃するはずだ。
再度アクセルを踏み、スロープを降りて90式が二階に到達するころには、二階フロアまで煙で充満していた。
強力な催涙効果のある煙だ。
吸い込めば涙も鼻水も止まらなくなり、呼吸器にかなりのダメージを受ける。
赤竜は何とか我慢できても、火竜は辛くて何もできないだろう。
『エチカ、赤竜は補足できる? 煙幕は効いているかな?』
『はい、補足できます。火竜は煙幕で完全に戦闘不能状態です。下の赤竜二体にも、完全ではないですが効いているようです。一階のスロープ手前にいる赤竜から処理します』
殺傷力はなくても無力化できる手段は色々ある。
こうなってしまえばもうこっちのものだ。
狭い空間に追い詰めて挟み撃ちにしようとした敵の戦術は、逆に裏目に出た。
二階から一階に続くスロープを降り切って左折を始めた時に、まず一発、バスンという砲声と、続いてコンクリート壁が砕ける音が建屋内に響いた。
スロープ横で待ち構えていた赤竜に対して、エチカが射線を確保した直後にすかさず狙撃したのだ。
本来なら、正面しか攻撃できない状態の戦車の横から炎を浴びせかけるつもりだったらしいが、催涙弾のおかげで涙と咳が止まらず、戦闘にならなかったようだ。
『命中。次の赤竜の後は、火竜は弱点を狙って同軸機関砲で駆除します』
スロープの前に倒れた赤竜の首筋を踏みつけながら、一階フロアに侵入する。
完全に煙幕が充満していて、視界はほとんどない。
また、苦し紛れか、残りの赤竜と火竜が炎のブレスを吹き始めた。
目が見えていないせいか、四方八方に吹いているだけで、全く明後日の方角に乱射している。
空間識覚をなぜ使わないのか不思議だったが、先ほどのエチカの不調もあるし、ここではディコーンや竜族の空間識覚が何らかの制限を受けるのかもしれない。
『命中――赤竜は二匹とも仕留めました。他の火竜たちは同軸機関砲で倒します』
話している内容は冷静だが、エチカの声、心なしか少し――激しているような気がする。
連戦でアドレナリンが出て興奮状態になっているのだろうか。
砲弾節約のために、至近距離で機関砲を撃って火竜を仕留めていく。
鱗が硬いから通じないかと思ったが、エチカは火竜の急所を熟知しているようだ。
なんでわざわざ赤竜と火竜は身をかがめてまで駐車場の中に入ってきたか?
これは相手側にも悲しい事情があるようだ。
もし俺たちに完全に一階に降りられてしまったら、同じ高さにいることになって、どこからでも砲撃されてしまうことになってしまうからな。
そしてまた悲しいことに、まだ赤竜たちは、俺たちが対空手段を持っていないことに気付いていない。
一階のドラゴンたちを掃討した後、また立体駐車場を上るよりも、敵の背後を突けるモール屋上駐車場側のスロープから上ることにした。
駐車場の建屋から外に出ると、迂回して駐車場の裏側、オノンタルガの入り口とは反対側に回る。
そちら側にモール建屋の屋上に登るスロープがあり、HEAT―MPで発券機ゲートを吹き飛ばし、砕けた鋼材とコンクリ片を履帯で踏み潰しながら坂を駆け上がる。
屋上駐車場に出て右折したら、立体駐車場との連絡橋の所に、巨大なレッドドラゴンが鎮座しているのが見えた。
ドラゴンはすぐに気付いて、体を入れ替えてこちらを見た。
『貴様ら……なぜこちら側から……』
赤竜の声が地下のくぐもった空気を振動させた。
車外マイクから拾う音はセーブしているとはいえ、かなりの音量だ。
今は三号突撃砲G型に偽装している関係上、砲塔は旋回できないので、車体を回転させて、ドラゴンの真正面に据える。
ドラゴンまでの距離は約百メートルといったところか。
広大な屋上駐車場だ。
幅も全長も、日本の郊外にある普通のショッピングモールの三倍はある。
『――息子と娘をやったのか』
状況に気付いた赤竜から、淡々とした、それでいて絶対零度の氷のような言葉が発せられた。




