第51話 レジスタンス本部 【偽装作業】
作業開始。
まず、カメレオンネットは剥いで折り畳む。
一旦、バスケットに括り付けていた大量の素材を取り出して床に置く。
バスケットの延長部分は取り外す。
砲塔バスケットに、床に置いたギャンガラドの鱗や皮、角を入れて、素材を生成する。
生成したのは<耐熱軽量樹脂装甲板>だ。
これをドラゴンの牙を利用したカッターで一部切断加工する。
「何をしているんだ? 装甲板を追加で付けているのか?」
作業中に、ドワーフたちが興味を持って見に来た。
「これは……もしかして<サントツ>の姿に似せているのか?」
これは、ドワーフのリーダーの言葉。
そう。
その通り。
俺が思いついた最後の作戦。
90式にサイドシェルツェンや、後部装甲板を張り付けて、《《三号突撃砲G型に酷似した姿に偽装する》》。
三号突撃砲G型のシルエットで特徴的なのが、この側面の台形シェルツェンだ。
そして砲長と全長、全高のバランス、角ばった車体前面装甲は驚くほど90式に似ている。
車体前部と後部の傾斜装甲も追加の装甲板を貼り付けて似せれば、ほとんど遠目には三号突撃砲G型の大型版にしか見えなくなる。
このサイドシェルツェンと追加装甲板には導線を這わせていて、車内からスイッチを押すとパージできるようにした。
さらに万が一作動しなくても、砲塔を回せば無理やり剥がれるようにしている。
全体の迷彩色も、博物館にあったゲネリッヒの絵画通りの、グレーの泥濘・市街地用に塗装しなおす。
これを見たヘラドーンはどう思うだろうか。
ドラゴンは戦車の細部の差異に気が付くか?
気が付くわけがない。
実際、地竜伯ギャンガラドは、俺たちと対峙した時、目の前でラティーナとエチカが砲弾を補給していたのに、まるで注意を払わなかった。
ドラゴンにとっては人類は下等生物に過ぎないのだ。
下等生物の使う脆弱な武器の差異に興味を持つはずがない。
これはドラゴンの傲慢さだけが原因ではなく、ドラゴンが巨体であることにも起因している。
生物は自分と同じサイズの生き物の特徴は把握しやすいが、自分よりも小さい生き物の差異には興味が持てない。
そして、ヘラドーンは一度しか三号突撃砲を見ていない。
しかし、勝ったことは覚えているという特殊な状態だ。
だから三突のことは成功体験として、特徴的なシルエットでパターン学習しているはずだ。
つまり、砲塔の有無や、全体的な形、側面の台形シェルツェン、全体の色味など。
それらを似せれば、ヘラドーンはこう思うはずだ。
――また、砲塔が回らないタイプの戦車が来た。
――多少、サイズが変わっているようだが、弱点は同じだろう。
――背後を取れば容易に勝てる。
そして九十年前の成功体験をなぞろうとする。
どうして見も知らないドラゴンの公爵がそうすると確信できるのか?
それは俺たちの敵、ヘラドーンが言語体系を持ち、地球型の知的生命体と同じ思考パターンを持っているとわかっているからだ。
知的生命体は必ず、<イノベーションのジレンマ>に陥る。
成功を生み出した考え方や、プロセスが、正しい経験則として脳に刻まれてしまい、新しいアイデアに刷新できなくなるのだ。
こういった例は地球の過去の戦史でもよくみられている。
機動戦術で勝利を積み重ねたフランスの大英雄ナポレオンは、最後までその戦術を捨てられなくて、最後の戦いでナポレオンの強みと弱みを読み切ったイギリスのウェリントンに敗北した。
日露戦争の艦隊決戦で大勝利を収めた日本海軍は、第二次世界大戦でも艦隊決戦での勝利にこだわって目立った戦果をあげられなかった。
近年は世界の老舗大企業の多くが、古いビジネスモデルに固執して組織を刷新できず、負債を増やして倒産している。
これは他の高度な知能をもつ哺乳類の捕食生物でも同じ傾向がある。
一度成功した狩り方は、脳内の報酬系が強化されて記憶される。
動物の脳は、成功したパターンの狩り方をなぞることで、成功体験を思い出して快感が得られるようになっている。
そのため《《同じ形状の獲物には同じ戦術を使う》》傾向が強く、逆に戦術を更新することが苦手になってしまう。
さらに、ヘラドーンの勝利体験を最も鮮明に呼び起こすための場所を用意した。
それが、九十年前にヘラドーンが三号突撃砲を追い込んだ、謁見の間から続く長大な石橋の上だ。
この石橋は、セーレ大神殿の山頂側の出口に通じており、ドワーフが威信をかけて作成した巨大建造物だが、基本は人間が通行することを想定した橋なので、幅は四メートルほどしかなく、流石に戦車が方向転換することはできない。
ここに90式が迷い込んだら、ヘラドーンはどう考えるか。
――九十年前と同じ状況だ。
――同じことをすれば、リスク無しで勝利を得ることができる。
きっと、そう考える。
ヘラドーンは一度しか戦車と戦ったことがなく、敗北したことがない。
敗北から学ぶ機会はゼロに近かった。
ヘラドーンの「負けたことがない」という経験が、ヤツの死を呼び込むことになるのだ――
つい長くしゃべってしまった。
エチカもラティーナも何度か聞いている話なので、微笑を浮かべながら頷いているだけだが、聞いているドワーフたちは目を丸くして固まっている。
「……というわけだよ」
「なるほど。全部理解しきれたわけではないが――」
「もしこの戦車の砲が、赤竜公の魔法障壁を正面から貫くことができるなら――いや、今の話から想像するに、間違いなくできるのだろうが……ならば、お前さんたちが、想定した状況になるならば、赤竜公は死を免れることはできないだろう」
「長! それでは!」
「ああ……赤竜の支配は終わる」
リーダーがそう言うと、周りのドワーフたちがしばし沈黙した後、嗚咽を漏らし始めた。
一人、また一人と……。
赤竜の支配は、彼らの家族や仲間を奪い続けてきた。
その終わりが見えた瞬間、感情が堰を切ってあふれ出したのだろう。
偽装作業をしている間に、砲弾の交換も済ませておいた。
先程の市街戦で消耗した砲弾は六発。
エチカの判断で、APFSDSが二発、HEAT弾が四発だ。
予備弾薬庫から、APFSDSだけを六発抜き出して、後部弾薬庫に補給する。
これで、後部弾薬庫内の砲弾はAPFSDSが十四発、HEAT―MPが六発となる。
これから行くオノンタルガは建造物内部であるし、主敵は魔法障壁の分厚い高位赤竜となるから、広範囲に破片をまき散らすHEAT―MPよりも装甲貫徹力の高いAPFSDSを優先した形だ。
予備弾薬庫の空いたスペースには、無限補給スキルの効果によって、時間が経つごとに砲弾が補給される。
今はエンジン切って作業しているので、予備弾薬庫の砲弾は一時間に二発分のペースで補給されていっている。
二十四時間でフルチャージという仕様だ。
レジスタンスのアジトで、俺たちは装甲増設作業と塗装に六時間使ってしまった。
おかげで予備弾薬庫は満タンになったが、あまりゆっくりしていられないのが本音だ。
早くオノンタルガ遺跡に行かないと、敵が俺たちの目的に気付いて護衛を増やすかもしれない。
この辺りは割と賭けに近いところだったが――
「赤竜たちが、オノンタルガとここが繋がっていることを知らないというのは、本当なのか?」
先ほどリーダーから聞いた情報を、俺は再度確認する。
「本当だ。もし知っていたらこのアジトにも敵が来ているはずだ。サイズの関係で赤竜は来れなくても、小型の地竜なら通れるからな」
ルキフグッサがヘラドーンに占拠された時、ドワーフたちは坑道の通路をいくつか埋めて、全容を知られないようにしたそうだ。
それが幸いして、いまだに赤竜たちは、坑道のどこがどこと繋がっているか理解していないらしい。
このことは俺たちにとっては追い風になる。
オノンタルガ遺跡へ突撃するための準備が全て完了し、俺とラティーナとエチカは90式に飛び乗った。
「多少休んでいっても良いのでは無いか?」
戦車の横に立ったドワーフのリーダーが、心配そうに聞いてきた。
「敵がまだ混乱しているうちに、セーレ大神殿に行きたい」
「そうか……幸運を祈る」
短く挨拶して、俺たちはドワーフの集落を後にした。




