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第5話 自由都市リバイアストン城門 【交渉】



 地平線に浮かび上がっていた灰色の城壁が、徐々にその全容を現してきた。


 自由都市リバイアストン――


 草原の要衝で、エチカから聞いたところによると、人口は十万人以上だそうだ。


 念のため、周辺の地形を把握しようと、俺は操縦席ハッチから見える位置を分析した。


 東側がかなり大きな河川、俺たちがいる南側と西側がモナド平原に続いている。

 南に丘があったが、それ以外は平坦な地形。

 都市は、ぐるっと周囲を水堀で囲まれていて、水量も豊富だ。

 周辺に馬賊がわんさかいるから、この河川に堀と城壁で防備を固めているのかも。


 完全に都市の入り口の城門が確認できるようになったときに、車内通話装置インターコムにエチカの声が入った。


『モトム様、城門の脅威値は【450】、堡塁は【500】です』


 俺は操縦席のモニターを睨みながら、思わず苦笑した。


「いや、敵じゃねえと思いたいんだけど……」


 左右に等間隔で突き出た尖角式の土塁と、その上の城壁。

 砲戦防衛に特化した星型城塞ヴォーバン式だ。


(十九世紀、ナポレオン戦争期の要塞ってところか)


 徹頭徹尾、左右対称な幾何学的設計で作られていて、感心する。 

 しかし所詮は現代火器を想定していない城塞都市だ。


(……エンシェントレッドドラゴンが【850】だったからな。ドラゴンより弱いのか。まあ当然か。カノン砲やマスケットなんかじゃ、90式の装甲に傷一つつけられないだろう。塗装は剥げるかもしれないけど。逆にこっちの120ミリ滑空砲なら、城門も堡塁ほうるいも数発で無力化できる……)


 そんなふうに分析してしまっている自分が怖くなった。

 俺はただの整備員だったはずなのに、この異世界では一つの都市を破壊できる火力を持っている。


「こりゃ力の使いどころに気を使わないとな」


 そう俺が小声で言った時だ。


『モトム、大砲がこっちを向いているよ!』


 ラティーナの叫び声がインターコムに入る。


 双眼鏡を覗くと、堡塁や城門城壁の上では、すでに慌ただしい動きが見え始めていた。

 マスケット銃剣を持った兵士たちが城壁に並び始めている。

 カノン砲が数門旋回し、こちらに照準を合わせようとしている。


『こちらを敵だと認識しているということでしょうか……』


 エチカが不安そうな声を漏らした。


 なぜ敵視されるのかといえば、まあ心当たりはある。

 向こうからすれば、90式は得体のしれない攻城兵器に見えるんだろう。

 ラティーナが最初に見た時も、<破城槌>って言ってたしな。


 しかし……


 にしても、兵士の動きが素早過ぎるな。

 割と常時、外敵に備えて訓練している都市ってことか。


 城門から約50メートル程手前で90式を停止させ、俺はハッチを開けて降りた。


 そのまま、何気ない様子で歩いて城門に近づく。

 後ろからエチカやラティーナもついてきてくれる。


「止まれ!」


 城門の橋の前に居た、将校らしき服装の人物が俺に向かって叫んだ。


 着ている軍服は、軍事史の本で見たことがある、フランス革命期の軍人にそっくりだ。

 将校は二角帽子っていう独特の帽子を被っていて、中央に豪勢な鳥の羽がいっぱい付いている。


「何者か!? 何処から来た?! このデカブツは何だ?」

「ホバルク村から来た避難民だ。こいつは……」

「この方は異界人エトランジェです。これは異界の武器」

「異界人だと? ……確かに、イェン人のような顔立ちだな」

「イェン人っていうのは?」


 俺は将校が口にした単語が分からなかったので、隣に来てくれていたエチカに耳打ちして聞いた。

 エチカは微笑みながら答えてくれた。


「世界の東の果てに住んでいる民族です」


 兵士の一人が銃剣をひっさげながら、俺たちの傍、二、三歩の位置まで近づいてきて、後ろの90式を眺める。


「これが武器だと? ……鉄の城塞から砲が突き出ているような……このまだら模様は……まさか、森に隠れるためか?」


 結構分析能力あるなあ、この世界の人。

 と、俺は感心した。


 しかし戦車を調べられるばっかりでは埒があかない。


 俺も別に戦車で城内に乗り入れるつもりはない。

 怪しい人間ではないとさっさと証明して、都市の中に入れてもらって、手続きをしないと。

 難民申請とか。

 孤児たちの生活保障とか。


「それで、入城許可はどうやったら取れるかな?」

「す、少し待ってろ!」


 そう言い残すと、将校は数人の兵士を伴って、城門の中に入っていった。


 城壁の上の兵士は銃を下したが、城門付近の歩哨たちは、俺たちに警戒したままだ。


 90式の砲塔を城門に向けたままだと印象が悪いので、俺は城壁の前の堀に対して横付けする形で戦車と荷台を停めた。


 荷台の中の孤児たちにも外に出てもらって、体を伸ばしてもらう。

 同時に保存食で昼食を取る。


 しばらく、中に連絡を取りに行った将校の帰りを待った。

 二時間ほど経ったころ、城門のところにさっきの将校と共に、彫りの深い顔立ちの、中年の男が現れた。


 白髪のもじゃもじゃ髪に、上下ともに派手な服装。

 この世界の人間の装束について知識はないが、なんとなくワシントン大統領とか、ベンジャミン=フランクリンの肖像画みたいだと思った。


「……ラティーナにエチカか。確かにエミリーの……」


 彼の目には、懐かしさと苛立ちが混じっていた。


 ラティーナとエチカは互いに顔を見合わせる。

 ワシントンは、俺と後ろの巨大な鉄の塊を交互に見ながら、ため息混じりに言った。


「その怪物は何だ? ……それより、エミリーはどうした?」


(怪物、ね……まあ、そう見えるよな。俺だって生まれて初めて見たらそう言うだろう)


 エチカが一歩前に出て、声を震わせた。


「コクトー評議員。エミリー……村長は、赤竜の襲撃で……亡くなりました。ホバルク村は壊滅です」 


 コクトーと呼ばれた男の表情がわずかに歪んだ。

 これは驚愕と……それに怒り……か?


「赤竜だと? 赤竜公の手の者か」

「はい。おそらく、甥のグラオギルス」

「……赤竜伯が? そんな化け物から、どうやって逃げてきた」

「グラオギルスはモトム様が戦車で倒しました」


(あの竜、ネームドなんだな……グラオギルスっていうのか。エチカ、知ってたんだな)


 コクトーはあまり表情を激しく変えない男のようだが、今エチカが、赤竜の存在と討伐の経緯を告げた時は、眉がわずかにはねた。 


「赤竜伯を、葬った……その大砲でか……? 信じがたいが……ディコーンのお前が言うのなら……何日前のことだ。死体はどうした?」

「昨日です。死体は放置してあります」


 エチカがそう伝えると、コクトーは隣にいた将校らしき男に顎で指図をした。


 何を指示したのか正確にはわからないが、おそらく、ホバルク村に確認を送るつもりなんじゃないだろうか。


 その後コクトーは、エチカとラティーナを一瞥した後、俺たちの後ろにいる孤児たちを一通り見回した。


 不思議な表情だ。

 表面的には苛立ちに見えるが……何か、思慮をしているような……


「……エミリーが、か。あの馬鹿が。孤児を集めて、危ない真似を続けて。だから命を落としたんだろうよ。きりがないって何度も言ったのに」


 しかし、次の瞬間コクトーが口に出した言葉は、まさに吐き捨てるというような口調だった。


 エチカもラティーナも、その言葉を受けて表情を険しくした後、悲しそうに少しうつむいた。

 しかし、エチカが目線を上げて、絞り出すようにすこし悲痛な声をあげる。


「コクトー評議員……エミリー様は、私たちを奴隷から解放してくれた恩人です」

「そうだろうよ」


 コクトーは、一見いまいましそうに吐き捨てた。

 俺は思わず顎に手を当てて、考えてしまった。


(この難しい顔したおっさん、なんとなく、態度と本心が違うような気がする)


 正確にはわからないが、エチカやラティーナを心の底から邪険に扱っているわけではないような。


「せめて、子供たちだけでも城壁内で保護していただけませんか?」 


 そうエチカが声をあげると、議員は手を振って言葉を遮った。


「残念だが規則だ。市民権はよそ者には与えられん。どこの都市でもそうだろう。……難民は城壁外のキャンプで暮らせ。朝七時から夕方十六時までは城内に入っての商業活動は認めよう。それ以上は期待するな」


 冷たく、事務的な口調だった。

 俺は見込みが違ったかな、とちょっと肩が落ちるような脱力感を味わった。


 コクトーはさらに、遠い目で90式を一瞥して、言葉を続けた。


「……エミリーの最期に立ち会えなかったのは残念だが、お前たちを甘やかすつもりはない。あの鉄の化け物も、都市のすぐ近くには置かないでほしい。外で何とかしろ。そこのお前も、行いに気をつけろよ。今のところ我々は異界人を必要としていない」


 俺は両手をあげて、やれやれといった仕草をした。

 このジェスチャー、異世界で伝わるかわからないけど。


「そうだな……仕事が欲しいのなら、テント村の冒険者ギルドへ行けばいい。傭兵の仕事ならあるだろう」


 コクトーはそれだけ言い残すと、きびすを返した。


 門兵たちが気まずそうな顔で銃剣の先で指図し、俺たちを城壁外へ促している。

 

 ラティーナが俺の袖を強く握りしめ、唇を噛んでいた。

 エチカも静かに拳を固く握っている。


 俺は小さく息を吐いた。


「……まあ、予想よりはマシか」





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