第4話 モナド平原 【新天地を求めて】
朝日が草原に差し込む前に、俺は目を覚ました。
少し意識を失ってしまっていたらしい。
気が付くと、ナスリンはもう隣にいなかった。
一瞬夢だったのかと思ったが、少しぬくもりが残っている。
そこからしばらく、朝日が昇るまで、目を開けていた。
半分ほど太陽が東の地平線から顔を出した時に、90式のそばに歩いていく二つの影が見えた。
ラティーナとエチカだ。
二人は朝もやの中を黙って進み、戦車の前まで行くと、砲塔のあたりを見上げる形で立ち止まった。
茜色の陽光が二人の顔を照らしていて、まぶしいはずだが、神妙な面持ちで目を見開いている。
俺は何事かと思い、立ち上がって、二人のそばまで近づいた。
特に足音を殺していなかったので、二人が俺に気付く。
「モトム様……これ、見えますか?」
エチカが少し戸惑った顔で目の前を指差した。
俺も戦車に近づいて、同じ方向、彼女たちが見ていたものを見る。
「……ああ、俺にも見える」
そこには、青く発光する半透明のウィンドウが、朝霧に紛れて浮かんでいた。
【搭乗員任命可能】
【車長候補:ラティーナ・ベランゾン】
【砲手候補:エチカ・ラディンスキー】
【※搭乗員への就任を承諾しますか? YES/NO】
【※搭乗員へ就任した方には、基礎スキルが付与されます】
これは本来ラティーナとエチカに対して向けられた表示だ。
どうやら戦車関連の表示は、本人以外にも見えるらしい。
(この世界に来て以来、考えていたことだが……<チート>を与えられているのは、俺じゃなくてこの90式の方なんじゃないか)
ラティーナが目をキラキラさせて俺を見つめ、エチカも緊張しながら期待を込めた視線を向けてくる。
どうやら彼女たちも、事情はある程度分かっているようだ。
俺は二人に向き直り、真剣に言った。
「ラティーナ、エチカ。俺のバディになって、この90式を一緒に動かしてくれないか? 皆を守るために、力を貸してほしい」
ラティーナは即座に笑顔になって、俺の腕に飛びついてきた。
「もちろん! やるよ! モトムの隣にいられるなら、毎日でもいい!」
「お、おい、落ち着け……!」
エチカは頰を少し赤らめながらも、俺のTシャツの肩口をつまんで、
「……私もモトム様のお力になれるのなら……どこまでもお供させていただきます」
と言って顔を下げた。
その瞬間、ウィンドウが少し光り、新しい表示が浮かび上がった。
【車長:ラティーナ・ベランゾン 任命完了】
【砲手:エチカ・ラディンスキー 任命完了】
【戦車兵スキル Lv1 付与開始】
二人が同時に小さく息を飲む。
どうやら、彼女たちにも<何か>が入ってきた感覚があったようだ。
俺は例えようのない神秘的な感情に襲われていた。
俺たち三人は選ばれたんだ、という実感があったんだ。
90式から、正式に乗員として認められた。
異世界に来て、共に戦う仲間を得たのだ。
【規定搭乗員全員の任命が完了しました】
*
朝早く、俺たちはキャンプを撤収し、再び旅路に付くことにした。
出発前に、俺はモナド平原一帯の状況について聞いていた――
「馬賊がいる?」
「東方旧大陸から移住してきた、モルガナ族っていう連中だよ。遊牧民だから馬に慣れていて、馬上騎射が上手なんだ」
「ホバルク村に住んでいた時も、何度か襲われました。元は、竜族と戦うためにニューシャルマニアの政府が雇って連れてきた傭兵だったんですけど……」
ラティーナとエチカの説明によると、九十年前に竜族との戦いがあり、ニューシャルマニアの植民地政府は破れて、西側の領土の大部分を失ったらしい。
モルガナ族はその敗戦で取り残され、祖国に帰れなくなり、竜族の軍門に降ったのだとか。
「じゃあ、この辺の一般住民とは敵対しているのか」
「うん、平気でキャラバンを襲撃して略奪してくるよ」
――百キロ近く四方開けた土地に、遊牧騎馬民族。
俺は操縦席で「厄介だな」と二人に聞こえないようにつぶやいた。
騎馬の戦闘速度ってのは、徐行している車両よりは余裕で速い。
たぶん、見つかったらすぐに距離を詰められてしまうだろう。
もちろん戦車自体にとっては、騎馬弓兵は蚊ほどの脅威でもない。
しかし、今回は馬車荷台を牽引しているし、中には子供たちが乗っている。
できることなら、出くわしたくない連中だ。
『モトム、戦車前進しよう。速度は低速!』
ラティーナが車長として、車内通話装置越しに出発の指示を出してきた。
レベル1だってのに、中々様になっている。
搭乗員として最低限必要な基本情報は、90式から流れ込んでくるのだ。
中々初心者に優しい設計だと思う。
「了解。随時、索敵注意願う」
走行開始。
戦車と牽引する荷台は、果てしなく続く大草原を横断する。
まるで緑の海をゆく船のようだ。
(できれば、目標の土地まで平穏に移動したいが……)
そんな俺の期待は、出発してからものの数分で裏切られた。
出発以降、ラティーナはキューポラから上半身を出して、周囲を索敵していたが、
『ん? 左方向に、草ずれ……これは騎乗兵だよ! あっ、右にも! これ……モルガナ族だ!』
「何? 距離は!」
『えーと、三千五百!』
三千五百メートルだって?
俺は驚いた。
双眼鏡有りとはいえ、ラティーナはそんな距離でも敵を発見できるのか?
「ラティーナ、数はわかるか?」
『左が十八、右が十六。全員、腰に弓を装備。手持ちの投槍や投石機もちもいる!』
凄い識別能力だな。
しかし、結構数が多い。
包囲してくる、ということは、相手からも見えているのか。
望遠鏡でも持っているのかもしれない。
相手からしたら、こっちは未知の鉄の化け物なのに、近づいてくるのは何でだろうか?
まあ、戦車のスペックなんて知らないから、見慣れない火砲ぐらいにしか思っていないのかもしれないな。
接近してくる、奴らの目的は何か?
中の乗員を捕虜にして、奴隷にするつもりとか。
鹵獲して新しい主人のヘラドーンに売りつけるとか。
そんなとこだろうな。
とにかく、敵対意思は明確。
対話したいのなら、包囲行動は取らない。
『モトム、どうしよう!?』
「ラティーナ、距離五百まで近づいたら、機銃で威嚇射撃しろ!」
『了解!』
俺はおおまかな指示を出した。
本来ならラティーナが車長だから、独自判断するべきだが、まだ慣れないからな。
そして、結局、馬賊は俺たちへの包囲を狭めようと接近してきた。
ドドドドドドドドドッ!
砲塔の上から、90式の副武装・ブローニングM2の咆哮が草原を切り裂くのが聞こえた。
『うわっ?! お馬さんが!? 人が倒れた!』
直後、ラティーナの驚いた声がインターコム越しに響く。
「なんだ? どうした?」
俺は操縦席のモニターを素早く確認したが、側面の死角がどうしても見えない。
(くそ、ペリスコープとモニターだけじゃ視界を完全にカバーしきれない……!)
俺は即座に操縦手ハッチを開け、上半身を乗り出して左側面を確認した。
風が顔を叩く。
「おっ……逃げていくぞ。馬を失った奴が地面を這ってる……」
俺がそう言っていると、ラティーナがキューポラから身を乗り出したまま、少し震えた声で漏らした。
『……うう……お馬さんを死なせちゃったよ……』
彼女の声が珍しく沈んでいる。
威嚇射撃のつもりだったのに、当たってしまったからショックを受けているのだろう。
ブローニングM2は口径12.7ミリの重機関銃だ。
かすっただけでも肉がえぐれる。
馬もひとたまりもなかったんだろうな。
荷台の方を確認すると、側面の板に矢が一本刺さっていた。
推察するに、馬をやられて走っているやつ、あいつが射たんだろう。
五百メートルから矢を放って、荷台に当てられる奴がいたとは。
……俺の判断ミスだな。
遊牧騎馬民族の異能を侮りすぎた。
俺はハッチから顔を半分出したまま、インターコム越しに優しく声をかけた。
「まあ、敵が予想外の行動を取ったんだ。当たっちまうこともある。むしろ、M2みたいな化け物で、人を死なせなずに敵を退かせただけ、大成功だ。ラティーナ、君は初陣なのに立派にみんなを守ったんだ。誇りに思っていいぞ」
ラティーナは少し間を置いてから、小さく頷いた。
『……うん。モトムがそう言ってくれるなら……』
エチカが砲手席から静かに付け加えた。
『ラティーナ、馬は……仕方ありません。私たちもみんなも、生きています』
『うん……そうだね』
馬賊の馬のいななきが遠ざかり、草原に再び静けさが戻ってきた。
俺は操縦手ハッチを少し開けたまま、インターコムで声をかけた。
「ラティーナ、幌馬車を確認してくれ。矢が当たっているはずだ」
『了解! すぐ見てくるね』
ラティーナはキューポラから軽やかに身を乗り出した。
砲塔上面を踏みしめて、戦車後方に連結された幌馬車の方へ移動する足音が聞こえる。
数十秒後、インターコム越しに明るい声が返ってきた。
『大丈夫! 命中したのは幌の側面の木板に一本だけ。貫通はしてないよ! 子供たちもみんな無事。びっくりして泣いてる子が何人かいるけど、怪我はないみたい!』
「……よかった」
砲手席にいるエチカが、小さく息を吐く音が聞こえる。
俺も胸を撫で下ろした。
幌馬車は戦車のクラフト能力で作った簡易荷台だったが、念のためサイドとリアに厚めの板を二重に貼っていたのが功を奏したらしい。
子供たちを守るための最低限の工夫が、ちゃんと活きた。
「わかった。じゃあこのまま進もう。馬の死体は……残念だが放置だ。もう二度とあいつらには近づかないように、速度を上げて北へ向かう」
『了解です、モトム様』
『了解!』
戦車が再び動き出す。
無限軌道が草地を噛む低い振動が車内に響いた。
モナド平原は本当に果てしなく広い。
地平線まで続く緑の絨毯が、午前中の陽光にきらめいている。
馬賊の残した馬の死骸を背後に残して、俺たちは黙々と北西へ進んだ。
そして一時間ほど走った頃——
『モトム! あそこ! 見て!』
ラティーナの声が入ってきた。
俺も操縦席のモニターを切り替えて遠方を拡大する。
地平線の先に、灰色の壁がぼんやりと浮かび上がっていた。
城壁だ。
背後にいくつもの塔と建物が連なっている。
「あれが自由都市リバイアストンか……」
俺は二人から教えてもらっていた都市の名前を小さく呟いた。
子供たちを乗せた幌馬車を引きながらの移動は、思ったより神経を使った。
でも、ここまで来れば一息つけるはずだ。
ラティーナがインターコム越しに嬉しそうな声を上げた。
『モトム、みんなに知らせていい?』
「ああ、教えてやれ。みんな頑張ったからな」
俺はハッチからもう少し身を乗り出して、風を頬に受けながら、アクセルを踏み込んだ。
90式のディーゼルエンジンが、いつものように頼もしく唸った。




