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第48話 ルキフグッサ外周 【敵地浸透】



 日の出直後、キャンプを撤収し90式に乗り込んだ俺たちは、朝靄の中、カメレオンネットを起動して山道を登る。


 この登山道は湖のキャンプ地にした場所からすぐに南に折れる。


 三百メートルほど走行すると、急に植生がまばらになった。

 低木、草地、岩肌が交互にモザイク状になった地形が延々と続いていく。


 途中、岩陰に赤茶色の巨大な蜥蜴のような獣が現れてぎょっとした。


『火竜がいますね。脅威値は【250】から【500】程度です』


 エチカが砲手スコープで拾った情報を教えてくれた。

 どうも見えない岩陰にも何匹かいるらしい。


 このずんぐりした胴体に、小さな顔のコミカルな形の竜が火竜か。

 背中についた翼は、赤竜の半分程度しかなく、空を飛ぶのは苦手そうだ。

 山脈を越えるのに徒歩で来ていると言っていたな。


『火竜は空間識覚も狭くて、範囲は精々十メートル程度なので、接近しなければ見つかることはないです』


 とはいえ、走行していると火竜がぽつぽつと現れるので、なかなかにスリリングだ。

 戦車の内部の声は外に漏れることはないのだけど、さっきのエチカの報告も心なしか小声だった。


『私はできることが少ないなー』


 このぼやきはラティーナだ。

 カメレオンネットを付けていると、車長はハッチから顔を出すことができないので、自然、暇になる。

 ラティーナも車長用照準潜望鏡で周囲をぐるぐる観察してはいるのだが、潜望鏡は視界が限られているし、光学迷彩発動中は光が滲んで距離感が掴みにくく、さらに視界が悪くなるのだ。


 操縦席のカメラモニターはどうなのかというと、これが全く影響を受けていないくらいクリアーなので、中々不思議ではある。

 カメラは90式が画像処理でもしてくれているのかも。


 火竜たちはなぜか街道には出てこないので、助かっている。


 特に、ルキフグッサへの唯一の進入路である切り通し上に陣取られるとかなり困ったことになるのだが、登山道を登り切って、切り通しのある断崖絶壁の前に来ていても、やはりその切り通しを塞いでいるということはなかった。


「なんで切り通しで検問しないのかと思ったが」

『私もそう思いましたが、火竜たちを見て意見が変わりました』


 エチカもインターコム越しに賛同してくれた。


『私もわかったよ!』


 お、ラティーナも気付いたのか?


『ちょくちょく何か食べているよね? 草かな。身体が大きいから、何か食べながら移動しないとお腹がすいて動けなくなるんじゃないかな?』


 多分そうだろうな。

 キリンや象みたいな大型生物も、移動しながら食事しているらしいからな。


 切り通しなんていう狭いところに陣取ったら、竜の巨体だと動きづらいし、そんなところに食いものは無い。

 結局すぐ移動しなきゃいけなくなるから常時検問なんてできないわけだ。

 街道上にいないのも同じ理由だろう。


「人型になれる高位の竜は見張りになんて出てこないってことかな」

『はい。エレメンタル・ドラゴンで人型になれるものはほとんどいないですし、赤竜の爵位付きはほぼ、人間の住居と同じところに住んでいると思います』


 そうすると、畑と僅かな農家しかない都市の外周では、少なくとも高位の竜とはほとんど遭遇しないということになる。

 少し安心した。


 また、もしかしたら奇襲が成功すれば、竜に変身する前に仕留めると言うことが可能かもしれない。

 マカフシュはエチカに9ミリ拳銃を突きつけられて、妙に脅えていたからな。

 本当に拳銃レベルで死ぬかはわからないが、M2ブローニングなら確実に死ぬ気がする。

 ……ちょっとエグいのでなるべくならやりたくないが。


 切り通しを無事通過すると、ルキフグッサのある盆地に到達した。

 山脈の中とはいえ広大な盆地だ。

 遠景にわずかに灰色の線が見える。方角的にあれが目指す都市、ルキフグッサだ。

 周囲には畑だったと思われる場所があり、用水路も見受けられる。

 荒れてはいるけど、トウモロコシみたいな品種が自生して生い茂っている。

 

 一つ、厄介な問題がある。

 先ほどの登山道より明らかに竜の数が増えている。


 どうやら、トウモロコシを食べながら畑をぐるぐる巡回しているらしい。


 それに、遠目に都市の灰色の石を積んだ重厚な城壁が見えるが、その上を飛び回っている影。

 鳥とは形が違うし、もちろん飛行機ではない。

 

 インターコムにラティーナの声が入った。


『赤竜がいるね。二匹かな』


 車長用の潜望鏡でも見えたようだ。


 高位の竜はあまり偵察に出てこないとしても、本拠地の上空ぐらいは哨戒飛行しているようだな。


『周囲に火竜が複数、上空を赤竜が旋回。ルキフグッサは竜たちの駐屯地になっているようですね。具体的な規模はまだ距離が遠いので分かりませんが……』


 ヘラドーンがリバイアストン侵攻のための兵力を集めていると言っていたからな。



 カメレオンネットのおかげで、ここまでは敵に発見されずに来ることができた。

 市街地に入ると、竜たちの密度が上がることが予測されるから、発見されてしまう可能性は高くなる。


 俺は荒野の中で、戦車を停止させた。

 どの方角から侵入しようか検討したい。

 一旦止まって状況を俯瞰する。

 元の作戦通りに街道沿いを行ったとしても、今の所、真正面の東門は空いている。

 しかし市街地内部は建物が密集していて、竜も戦車も通れる所が限られてくる。

︎︎自然、竜の識覚範囲が重なって死角が無くなる可能性がある。


 また、東門に続く街道の脇には、火竜たちがうろうろしていて、時々街道上が彼らの索敵範囲に入っているようだ。

 

『街道に近づいてくる火竜だけ、奇襲して倒すという方法もありますが』

「それもいいけど……」


 もし奇襲するなら、旋回砲塔を駆使する必要があるので、カメレオンネットが破れてしまうかもしれない。

 どこまで光学迷彩を維持して走るかも考え物だな……。


 みんなで思案している時に、百メートルほど先を小さな黒い影が横切って南、俺たちから見て左の方角へ走っていくのが見えた。

 そして、おそらくはそれに気づいた火竜が、首をもたげて動き出した。


「人影に見えたが。エチカ、わかるか?」


 小さい方の影は竜にしては大きすぎる。

 逃げているように見えたから、人で正解だと思うが。

 カメラモニターでは追いきれなかったので、エチカの空間識覚で追尾してもらおう。


『はい。生き残りの市民だと思われます。追っている火竜は二匹確認できます』


 遠景では、竜たちに大規模に包囲するような動きは見受けられないな。

 市民の方は、食料を求めて畑に出ていたのかな?


 都市から離れて南側に逃げるつもりのようだが……いずれ追いつかれてしまうだろうな。


 さてどうするべきか。

 戦車単位の指揮はラティーナの責任範囲だが、政治に関する事案や、作戦全体の運行責任は俺になっている。今回はどちらの責任で考えるべき出来事か。 


『モトム、助けよう!』


 ラティーナの威勢の良い決断がインターコムに入ってきたので、即座に了承する。


「了解」


 アクセルを踏んで、ハンドルをきり、市民を追っている火竜の背後をモニター正面に入れる。


『エチカ、行進間射撃で倒して』

『了解。APFSDSを使います』


 エチカの断種選択、多目的榴弾《HEAT―MP》では広範囲に破片が飛び散って、要救助者にも被害が及ぶかもしれないと考えての判断だろう。

 適切な判断だと思う。


『モトム、二射目の後、すぐに右旋回でお願い』

「了!」


 右旋回の指示で、ラティーナの意図が分かった。

 現在は右側がルキフグッサ市街、左側が元来た方角だ。


 今俺たちの姿はカメレオンネットで見えないから、もし発砲すれば、周囲の火竜たちは音のしたところに殺到してくるはずだ。


 都市の周辺はがら空きになるので、俺たちは走ってくる火竜たちの横を、空間識覚十メートルの範囲に入らないようにすり抜けて、何食わぬ顔で都市に侵入しようという魂胆だな。

 なかなか大胆な作戦だ。

 さすが密林エルフの勇者だ。

 肝が据わっている。


 さて、砲塔を旋回しすぎると、ネットが破けて迷彩が解けてしまうので、火竜たちを真正面に捉えるのは操縦手である俺のドライビングテクニックにかかっている。


 小刻みにハンドル調整しながら、火竜の体を射線上に入れるように工夫する。

 まずは少し左側の一体。


『発砲します……命中! さすがモトム様です』


 お褒めにあずかり光栄。

 次は右の個体。


『命中!』


 よし、二体とも倒した。

 ハンドルを切って右旋回すると、俺からは逃げている市民の姿が見えなくなるが……


『大丈夫です。市民たちは無事火竜の注意から逃げおおせたようです――代わりに、先ほど90式がいた地点に向かって火竜が集まってきていますね』


 操縦席カメラモニターにはルキフグッサの方角から走ってくる火竜たちの姿が見える。

 本来は空間識覚範囲十メートルを肌感覚で掴むのは難しいが、車間距離だと思えばなんとなくわかるか。


 俺の操縦手レベルも上がっているし。


 案の定、隣を通り過ぎても火竜たちには発見されなかった。


 よし――


――このままがら空きになったルキフグッサ東門に突入する!






 



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