第47話 ダンタリオ山麓2 【インターミッション】
「私が生まれたのはエスタミシュという村でした」
以前、マカフシュが口にした<エスタミシュ>という言葉――あれはエチカの故郷の名前だったのか。
「エスタミシュは、リバイアストンのずっと北、ニューシャルマニアの国境付近の山中にある小さな集落でした。ディコーン族だけが住む村で、他の集落とは交流を持たず、牧畜や狩猟でひっそりと暮らしていました。ただ、他のディコーン族の村と違う点が一つありました。エスタミシュの一族は、北方魔王と同族だったのです」
ちょっと驚いた。
やはりエチカは、普通のディコーン族というわけではなかったんだな。
「エスタミシュの一族は、北方魔王と同じく魔獣を狂化し、特に竜族を操る術に長けていました。魔王が即位したとき、味方になるよう誘いがありましたが……私の氏族は応じませんでした」
「エチカの一族は魔王のやり方に賛成しなかったんだね」
ラティーナがそう言ったのは、エチカと魔王が無関係だと、はっきり示したかったからだろう。
そのことを自分も認めていると。
彼女なりの気遣いだ。
「新竜戦争が終わって、何十年も経ち、私が生まれた頃、エスタミシュはヘラドーンに見つかってしまって……ヘラドーンは迷いなく村を焼きました。私だけが、たまたま狩りと採集で森の中にいたので助かったのですけど……。でも、戻ったときには……村は一面の、炎で……」
エチカはそこで一度言葉を切って目をつぶった。
俺は彼女が心配になった。
子供の頃の衝撃な出来事だ。
精神的に強い傷になっているだろうに。
エチカは深呼吸をして、心を落ち着かせた。
「どうして、ヘラドーンはそんな離れた場所の村を襲ったの?」
ラティーナがエチカの背中をさすりながら、優しく問いかけた。
「エスタミシュの種族は、竜族を使役できるという伝承があったんです」
「竜族を使役? 狂化とはまた別なのか?」
「はい。もっと強制的で、飼い主として絶対遵守の命令ができるという能力だったそうです。でも長い年月のうちに、その血は薄まってしまい、私はその能力を使うことができません」
「飼い主っていうのは、どういうことなんだ?」
「竜族というのは古代のディコーン族が作った種族だという伝承があるんです。元々はディコーンの中の奴隷階級で、実験によってドラゴンに変えられたと。本来の姿は、私たちディコーンとほとんど変わらないのです」
俺は唾を呑んだ。
そういうことか。
元々、ディコーンの一部が竜族になった――だからディコーンの王族だったドールゼフォンは金竜帝になれたということか。
「エスタミシュは古代文明が全盛期だったころに、竜族の飼育を行っていた一族だったそうです。でも文明が滅びて以降、ディコーンは竜族を使役することを止めて、お互い干渉せずに暮らすことを選んだのです」
「つまり竜族は元々新大陸にいたが、ディカリオン文明滅亡後にディコーンと別れて、旧大陸に渡って人類を支配して帝国を作ったということか」
エチカは静かに頷いた。
以前マカフシュは、竜族が旧大陸での人類支配を断念して、新大陸に渡った理由は、人類が火器と魔法の融合によって急速に軍事力を高めたからだと言っていた。
しかし、どうやらそれは本当の理由ではないようだ。
人類が独立戦争のさなか、新大陸に植民地を築き始めた。
そしてディコーン族というひっそりと暮らしていた現地民族を知る。
竜族が恐れたのは――人類がディコーン族と接触することだった。
せっかくディコーンの支配を逃れて旧大陸に渡ったのに、人類がディコーン族に『竜族の横暴を止めてくれ』と依頼したら――再び使役されるかもしれない。
だから急遽旧大陸の帝国を撤収して、新大陸に戻り、人類とディコーン族の接触を絶とうとした。
「モトム様の考えている通りだと思います。でも竜帝たちは、かつての主への義理を覚えていたので、ディコーン族が介入しないなら、滅ぼすつもりはなかったんです。ですが、ヘラドーンは急進派だったんですね……彼は容赦しなかった」
「ヘラドーンは裏切り者なんだね……」
ラティーナが眉を顰めながら言う。
「だから私は、ヘラドーンを討たなければなりません。あの男はディコーンと竜族の間の仁義を踏みにじり、そして私の大切なものを全て奪った」
エチカの言葉に合わせて、湖の水面に映っている月が揺れた気がした。
俺は背筋が冷たくなった。
彼女が、自分の生い立ちや竜族がエスタミシュを滅ぼした理由を外部に漏らせない理由が分かったから。
もしこれらのことが真実なら――新大陸で人類が受けている災禍の大半は、ディコーン族由来ということになってしまう。
そのことがニューシャルマニアの住民に知れ渡ったらどうなるか?
ただでさえ、北方魔王と同じ種族ということで、ディコーン族は敵性民族扱いされているのだ。
今のディコーン族とかつて竜を使役していたディコーン族が全くの別物だとしても……差別は確実に強まるだろう。
しかし――それは全然、まったく
――エチカとは関係ないことなのに。
「話してくれてありがとう。エチカの故郷のこと……聞けて嬉しい」
俺はあえて深くは触れず、ただそれだけを伝えた。
俺の言葉に対して、エチカはまるで消え入りそうな笑みを浮かべる。
アメジストの瞳が月明りの下で潤んでいる。
「ねー! 私の話も聞いてくれる?」
突然、ラティーナが元気な声で手を上げて叫んだ。
その声が、張りつめた空気を一瞬で吹き飛ばす。
俺は彼女の意を察して、できるだけ普通の調子で彼女に問いかけた。
「ラティーナはホバルク村に来る前は何してたんだ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれたね! 実は私もそんじょそこらのエルフとは一味違ってね――結構いいとこの一族なのだよ!」
そうなのか。
いいとこのエルフって何か良く分からないけど。
エルフにも貴族みたいなのがあるのかな?
「何を隠そう、私はあの密林エルフの中でも勇猛さで知られる、ベラ氏族の係累なのだ!」
すまんが、密林エルフもベラ氏族も、何なのかは全く知らないな。
そういえばエチカの姓って確かベランゾンっていう名前だったな。
ベラ・ンゾンみたいに切るのか?
「ベラ氏族は<世界樹会戦>でも活躍しましたよね」
何とさすがエチカは博識。
ベラ氏族が何かも知っていた。
「<世界樹会戦>っていうのはね、旧大陸史上最大の人類と竜族の決戦だよ! 大陸の五大国家とエルフ諸族の連合軍が世界樹の大密林で戦って、人類連合が勝利したんだ!」
珍しくラティーナが詳しい説明をしてくれた。
「まあ、うちの一族はその戦いに参加していないんだけどね。うちのひいおばあちゃんとひいおじいちゃんは、新婚旅行で新大陸に来たんだけど……運が悪く<新竜戦争>が始まっちゃって巻き込まれて帰れなくなったんだって」
「それでラティーナはどうしてホバルク村に?」
「それが、ひいおばあちゃんとひいおじいちゃんは他のエルフの人たちとニューイースの森に住み着いたんだけど……私が十三歳の時に、流行り病が出てね。お父さんも、お母さんも、みんな……いなくなっちゃった。あの時は悲しかったなあー」
「ラティーナ、奴隷商の牢屋に居た時、辛そうでしたものね……」
「あー、あの時同じ牢屋に居たのがエチカじゃなかったら、脱走できなかったよね。本当、私は運がいいな!」
「ふふふ。その後、エミリー村長に助けてもらえたのも運がよかったですね」
「そうだよー、あの時逃げられなかったら絶対変態金持ちに売られちゃってたよね」
ラティーナも結構すさまじい半生を送っているが、話し方が明るいので、聞いているこちらも救われる。
エチカも釣られて笑っている。
多分、エチカは自分の出自に業を感じているのだろうけど。
ラティーナが側にいることが、かなりエチカを救ってくれているんだろうな。
この子ら多感な時期に想像できないくらい辛い目にあっているのに、本当に前向きに生きているな……。
その後も、二人はエミリー村長に出会ってからの逃走劇のことや、ホバルク村での生活のことをいくつも話してくれた。
俺は二人の人生を聞けて、大切な仲間のことを深く知ることができて、とても満ち足りた気持ちになった。
……何とかして、この子たちと無事にやり遂げて、また俺たちの家であるエミリーヒルに帰りたい。
そう強く思った――




