第45話 リバイアストン自由都市2 【出撃準備2】
資料室に戻り、ニンテンブルグ兄弟からルキフグッサ周辺の地形について聞いた。
竜公都市ルキフグッサは、山脈の中の盆地に作られた都市だ。
リバイアストンの西にあるマステマーシュのさらに西に位置する。
マステマーシュの先のステップ地帯を横断し、ダンタリオ山脈の登山道を登って、都市の東側にある山地の切通しが、リバイアストン方面から来るものたちにとっては唯一の進入路だ。
ここまではカメレオンネットで敵の索敵網を搔い潜る。
以前デミスタンに聞いた情報によれば、竜は地上の検問などはしないので、警戒するべきは上空巡回のみ。
市内に入ったら、一気に反対側にある坑道入口まで突っ切る。
ルキフグッサはかなり綺麗な円形都市で、道路は放射状に直線で通っているが、市の中央には城館の跡地があり、それは空堀で囲まれているので、迂回する必要がある。
ここで敵に見つかって通路を塞がれたり、あるいは道路が損壊していて通れなかったりすると、なかなか厄介だ。
虐殺後に市街がどの程度破壊されたか、できれば情報を聞いておきたいが、多分誰も知らないだろう。
この辺りは割と出たところ勝負になる。
最悪、街にドラゴンたちが駐屯していた場合は、一戦交える必要があるだろう。
坑道に入った後は、そのまま進んで、レジスタンスの居住区へ向かう。
坑道入口からはメインの大通りに相当する地下通路がずっと続いており、途中、各鉱床への横道や、竪穴やスロープも無数にあり、立体的な迷路になっている。
レジスタンスの根拠地までの道筋をニンテンブルグに教えてもらい、地図にする。作戦決行の日までは頭に叩き込んでおくつもりだ。
作戦中は地図なんて確認している暇はないかもしれないからな……。
この坑道での迅速な行動と、そして次のオノンタルガ遺跡ことショッピングモール内の戦いでは、俺の操縦手としての技量と手腕が重要になってくるはずだ。
今まで戦闘ではラティーナやエチカの能力に頼っていた部分が大きいが、ここはちゃんと働いて、彼女たちに恩返ししないとな……
俺がそう決意を新たにした言葉を述べると、いきなりラティーナが泣きながら抱きついてきた。
「ど、どしたの?」
「うちの旦那様は最高だよ~」
鼻声で泣きわめいているラティーナ。
エチカの方を見ると、こっちも滂沱の涙で顔が赤い。
「エチカさん?」
「……私もいいですか?」
ダメとは言えないので、頷くと、エチカもはっしと抱き着いてきた。
熱い感謝の抱擁を二人分受けて、しかも人前。
自然、顔が上気してくる。
ちらりとニンテンブルグ兄弟を見ると、無表情でうんうんと頷いていた。
「そうか、嫁と仲が良いのはよいことだ」
と兄のマルク。
「まあ、結婚式には呼んでくれたら出るよ」
これは弟のルイドルフだ。
「なんか、すんません……作戦会議中に」
「いや……あと、わしらにできることは、レジスタンスのリーダーへの紹介状と身元保証の品の用意かな」
「他には、荷物の準備か。鱗や角を積めるようにしないといかんな」
マルクもルイドルフも、ちゃんと最大限自分たちにできる協力を申し出てくれるのが嬉しい。
「ありがとう、助かる」
マルクとルイドルフの工房は、リバイアストンでは最高の技術者がそろっている。
今回の作戦では、レジスタンスのアジトに収納してもらった後、90式のクラフト機能を使って、《《ある偽装》》をする必要があるので、そのための材料を目一杯積載していく必要があるのだ。
どうやって積むかというと、普段クラフト用に使っている砲塔バスケットの後ろに金物で同じバスケットを延長して付けるつもりだ。
一応これで倍の荷物が積み込めるようになるが、砲塔バランスはかなり悪くなって、旋回させるのが厳しいかもしれない。
それこそ固定砲塔気味になって、戦闘力が激減してしまうが、ルキフグッサまではあまり戦闘するつもりはないので、これはこれでよい。
取付は俺だけでもできるが、手伝ってくれる人がいると全然作業時間が違ってくる。
兄弟の協力申し出と作業場所の提供は心の底から有難い。
*
万端調整し、出撃を決めたことを伝えるために、コクトー評議員と連絡を取る。
普段は忙しくて会えない人だが、全ての約束をキャンセルしてくれて、二人で話し合いたいと言ってきた。
せめてラティーナとエチカは連れて行きたかったが、男同士の話がしたいと手紙に書いてあったので、それならば仕方が無いと一人で行くことにした。
「お一人で大丈夫ですか? 身の回りを守る者がいないと……ステフやフェンリを護衛につけましょうか?」
とエチカがおろおろしていたが、コクトーが俺を暗殺したり害したりする理由がないし、むしろコクトーは自分の名誉にかけて俺を守ってくれると思うので大丈夫だと安心させた。
最近、エチカは片時も俺と離れたくないみたいな姿勢を見せるので、とても可愛く思いつつも、かなり心配になる……ちょっと関係に依存気味かもしれないな……。
会合場所はコクトー評議員の別邸だった。
リヴェー川沿いの高台に建っている豪邸で、避暑地として使っているそうだ。
行ってみると、豪奢な邸宅ではあったが、中には使用人もおらず、コクトー評議員の奥さんが手料理を作ってくれるという。
コクトー評議員の奥さんはエルフだそうだ。
一見素朴に見えるが、手の込んだ料理は、ラティーナの作ってくれるものに似ていて、なんだか懐かしい匂いがする。
それに合わせて、陶器のピッチャーが運ばれてくる。
中身はワインだった。
珍しくガラスのグラスがあり、俺とコクトー評議員だけ座ったテーブルで、窓は開け放たれていて、二階のテラスからは、市内の夕景が一望できた。
グラスを持って、コクトー評議員が乾杯の合図をする。
俺も自分の手元のグラスを合わせる。
「出撃を決めてくれて、本当にありがとう。君には苦労ばかりかけるな」
「いえ。みんなの未来のためには、この選択しかないのは分かっていました」
「本音を言うと、私はリバイアストンさえ守れれば、他の何でも犠牲にするつもりだった。君たちのことも利用するつもりしかなかったんだ……すまないな」
「あなたの立場なら、そうせざるを得ないでしょうね」
なかなか、正直に本心を打ち明ける人だ。
まあ、その辺は分かっている。
政治家なら当然というか……この人の場合、まだ故郷を愛している分ましな方の政治家だと思う。
コクトーが黙ってワインを注いでくれたので、俺はそれに口を付けた。
近世のワインのせいか、アルコール度数が低くてフルーティで普通に飲める。
いや、むしろかなり美味いのでは。
さすが市の最高権力者の飲むワインだ。
「コクトーさんは、この街に思い入れが強いんですね。この都市の創始者のお一人だとか」
「ここは、元々小さな宿場街だったんだが、ある時カンテラート大森林から魔獣が溢れてくることがあってね。数人の冒険者がここに残って戦った。何を隠そう、その時の三十五人のうちの一人が私だ」
アダン・コクトー評議員は昔冒険者だったのか。
人に歴史ありだな。
それから、コクトー評議員は過去の武勇伝を聞かせてくれた。
俺はこの老人の話す過去話を聞くのが嫌じゃなかった。
なかなか、冷静なこの人が自慢話をするのは珍しい。
「私はまだその時、魔法学院に在学中で、フィールドワークの最中だった。専門は古代遺跡の探索でね。知っているかな、ディカリオン文明というんだが」
おお。
つい最近聞いて覚えた単語だ。
「ええ、古代のディコーン族の文明だとか」
「そう、それだ。良く知っているな。二百年前は、リバイアストンはメディナ大迷宮に行くための経由地でしかなかった。守る価値もないと言って、大半の住民も軍隊も逃げた。私が残ったのは、単に迷宮探索を止めたくなかったからだな」
そこで立てこもってリバイアストンを守った冒険者たちだけが、市の創始者として代々市長の座を継承しているのだという。
「当時の領主のリヴェー侯爵の長男や、ラガーシュの初代当主、それにエミリー・クルーデル……ホバルク村の村長をやっていたエミリーの五代前の女性が私のパーティーメンバーでね、私はその人たちに、色々教わったし、助けてもらった」
リバイアストンの市街に横顔を向けながら、懐かしそうな横顔でコクトー評議員は語った。
なるほど。デミスタンや市長のクロセラスのラガーシュ家や、ホバルク村のエミリー村長の先祖とは、その時以来の関係なのか。
「ここは親友たちと一緒に守って、育てた街なんだ……妻ともここで出会った。君がエミリーヒルの子供たちに感じるのと同じ感情を私はこの街の人々に抱いている……かもしれないな」
「きっと……同じですね」
「エミリーの子供たちも守ってあげたかったが、全てに手が届くほど私は有能ではなかった……」
……エミリー村長はこの人にとっては、孫みたいなものだったかな。
ホバルク村の壊滅や、エミリーの死、残された孤児たちについても、複雑な想いがあったのだろうな……。
「だが、君が我々のために戦ってくれると言うなら、何に変えても君の家族は私が守ってみせる」
「ええ、信じていますよ――でも」
弱い酒とはいえ、多少酔いが回ったのかもしれない。
老人を安心させたかったのかも。
おれはつい、威勢の良いことを言ってしまった。
「勝って帰ってきますよ。必ず」
俺がそう偉そうに言うと、老人は笑った。
「顔のわりに頼りがいのある男だよな、君は」
一言余計なのは、気を使わなくてよいから逆に心地良いぐらいだが……
……俺の顔、あんまり頼りがいのあるやつに見えないのかな?
*
コクトーさんとサシで飲んだ三日後、今度はデミスタンがおごってくれるから二人で飲もうと言ってきた。
最近の俺は男にもモテモテである。
デミスタンにはリバイアストンに来て以来、かなり世話になっているしな。
今生の別れになるかもしれない、と思うとやはり、色々と話しておきたいな。
「あんたらのエミリーヒル、すげえ勢いで立派になってきている。昔は何もない原っぱだったのにな」
「ああ。デミスタン、本当にあんたのおかげだよ。最初に来たときは右も左もわからなかったからな」
デミスタンは肩をすくめて笑う。
「まったく、お前はお人よしだな。……今だから言うけどさ、実は、お前リバイアストンに来た時点で大金持ちだったんだぜ」
「えっ? どういうこと?」
「お前が最初に倒したレッドドラゴンの死体、時価総額でいくらになったと思う?」
あっ……!
それか……。
バザーの武器屋でグラオシリーズの防具を見た時とか、コクトー評議員が地竜の素材を買い取らせてくれと言ってきた時感じていた違和感……。
なるほど……。
コクトー評議員は本来俺に所有権があるはずのグラオギルスの素材を、こっそり剥いで売っていたのか……
この口ぶりだと、デミスタンも一枚嚙んでいたってわけだな。
「そういうことか……あれいくらで売れたんだ?」
「金貨八千枚」
俺は一瞬だけ目を細めた。
ちょっとだけ悔しくなって、一瞬歯ぎしりした。
「ぐう……だから最初、妙に親切にしてくれてたのか」
俺がしかめっ面をすると、デミスタンは苦笑した。
すぐに真剣な顔になって、彼は続ける。
「ああ。でもな、仮にお前が風竜を倒せなかったとしても、本気で借金を回収するつもりなんかなかったんだぜ」
それについては、納得できる。
きっとこいつは、そうしただろうな。
しかしコクトー評議員は……たしか「借金返さないと心苦しいだろう」とか言ってたな……最初から、借金ねえじゃねえか。コクトーの爺さんというか、おっさん、やっぱり食えないやつだな……
……やれやれ。
「そういうことね。まあ……今となってはどうでもいいかな。終わりよければ、全てよしだ」
俺がそういってグラスを傾けると、デミスタンも同じようにした。
「お前のそういう所、イケてるぜ。……だから言わせてほしい」
そう言うと、またデミは真剣な表情に戻って、俺の目を直視した。
「モトム、死ぬなよ。お前の大切なものは、お前自身と、あの子たちの未来だろう? いざとなったら逃げろ。ほかの人間のために、死ぬことなんかねえ」
ふふ、とつい笑いが漏れてしまう。
こいつは、本当にイケメンだな。
多分、根がいいやつなんだろうな。
「あんたらしい励ましの仕方だな、デミスタン。嬉しいよ。だけど、俺は死なない。俺だって軍人の端くれなんだ。勝ち方は心得ている。エチカもラティーナも戦士だ。勝算のない戦いはしない」
俺がそう言うと、デミスタンはくくっ、とこらえきれないと言った様子で笑って、
「どうやら、やっと俺のギルドに、本物の<勇者>が現れたようだな」
デミスタンはそう言って、グラスの酒を一気にあおった。




