第43話 リバイアストン市立博物館 【真相解明】
俺たちはニンテンブルグ兄弟と一緒に市立博物館に行くことにした。
市立博物館の学芸員さんたちにジバル・コクトー准将の紹介状を見せると、学芸員たちは多少渋ったが、大展示室の公開を了承してくれた。
しかし、普段公開していないので開くのに準備がいるという。
しばらく館内で待ってくれと言われたので、ニンテンブルグ兄弟と一緒に地図の方を探しに行くことにした。
「地図は展示室ではなく、資料室の倉庫にあるそうだ」
資料室への入室も、学芸員の許可を得て、みんなで一斉に倉庫の中をあさって捜索を始める。
「あった、これだ」
兄のマルクが埃を被って山積みになっている資料の中から、頑丈な箱を取り出した。
その箱の蓋を開けると、図面が書かれているくすんだ羊皮紙が何枚も重ねられて入っていた。
「これが地図か」
かなり精巧に描かれている地図だ。
表記も現代の地図に匹敵するぐらい細かく描かれている。
俺たちはその地図を資料室の机の上に一斉に広げた。
その地図のうち、坑道の主要平面図と思われるものに目線を走らせてみて、俺はすぐに目を疑った。
……なんだこれは。
これがドワーフの作った地下坑道、なのか?
「遺跡の全体図面はこれだな……ああ、ここだ。この吹き抜けに高炉を設置していた。もう崩れてしまっているかもしれんが」
弟のルイドルフが地図の中から、一際広いスペースが書かれた地図を持ってきた。
無数の階層があり、寸法を見るかぎり、階層の一角に、乗用車が数台通れるサイズのスロープが必ず付いている。
立体駐車場に酷似した構造。
︎︎そしてルイドルフは、その建物に隣接した、同じ幅で長さが三倍の長方形のブロックを指さした。
「この隣の建物と外側の岩塊の間にはかなりの空洞が空いていてな。竜一匹なら飛んで通れるかもしれない」
そう言っていた建物の屋上はだだっ広いスペースになっている。
もう間違いない。
ダンタリオ坑道の元になった古代遺跡。
これは郊外型のショッピングモールだ。
なんでこんなものが、ニューシャルマニアの山地の奥深くにある?
「これは<古代ディカリオン文明>の遺跡ですね」
エチカが険しい顔をして言った。
ディカリオン文明とは何だろうか……。
「そうだ。やはりディコーンの嬢ちゃんにはわかるんだな。遺跡の本来の名前は<オノンタルガ>と言うらしい」
「もしかして、古代のディコーン族の遺跡ってこと?」
俺がそう言うと、エチカもルイドルフもうなずいた。
「カンテラートのメディナ遺跡も、ディカリオン文明の遺産なんです」
なるほど。
ということはニューシャルマニア中にこういう遺跡がいっぱいあるってことなのかな。
マルク・ニンテンブルグが指さした高炉が置かれていたという場所が立体駐車場で、それに隣接している屋上駐車場があるスペースがショッピングモールのようだ。
そしてそこから広い空き地が広がっていて、その先にある施設も広大だが先ほどのモールとは少し様子が違う。
同じく全階層に車両が入れるスロープがあるのだが、こちらは完全に仕切りがない広い階層が七階層ほどある。
どうやらこれは郊外型の流通ステーションのようだな。
「この構造なら、色々な作戦が立てられるかもしれんな」
ショッピングモールに流通ステーションというなら、現代の建物の用途を考えれば、仕様が想像できる。
天井高、耐荷重がどの程度か……あとは撃ってはいけない柱などかな。
もしここに赤竜たちがいても、やつらが地図や地形特性をきちんと把握しているだろうか?
していないと思う。
単に住居として使っているだけだろう。
90式の機動力と地図の知識があれば――仮に赤竜が空を飛んできても翻弄できる可能性は十分にある。
「あんたらの戦車も一応入れそうだな。居住区みたいなところもあったが、どの階も床は頑丈だった」
とはいえショッピングフロアらしき場所の床はそこまで強く作っていないだろうから、気を付けないとな。
走れるところは一階と、駐車場と展示スペース部分か。
それから屋上部分。
広大な一階駐車場スペースでは赤竜と出くわさないようにしないとな。
「しかし何で全部山に埋まってしまっているんだろうな……?」
基本的には空洞の中にショッピングモールのある区域が完全に埋まったようになっているみたいだが、岩盤にめり込んでしまっている建造物もあるようだ。
しかし図面に建物の輪郭が綺麗に描かれているということは、損壊はしていないから、後から土の中に埋もれたというわけではないようだな。
「古代ディカリオン文明の末期に研究されていた転移装置の暴走が原因だと言われています。それが原因で文明自体滅んでしまったとか……」
エチカ、そんなことまで知っているんだ。
転移装置?
どういう仕組みでどういう効果かはわからないが、元々地下空間があったところにショッピングモールがはまったか、あるいは山脈地下の土砂とショッピングモールの空間が入れ替わったか――今の所、その詮索は後回しでいいか……
「私のお里で伝えられていた伝承です。いつか、詳しくお話しますね」
そう言ってエチカはにこやかに微笑んだ。
気のせいか、切なそうに感じているように見えたが。
「セーレ大神殿はここだ。ここも巨大な建造物だったが、かなりの部分は後からドワーフが<オノンタルガ>を模倣して作っているな」
整理すると、全体がダンタリオ坑道で、その中にオノンタルガと呼ばれるショッピングモールスペース、それに隣接してセーレ大神殿があるという感じか。
ルイドルフが指した個所は、ショッピングモール本館がめり込んでいる岩壁から続いている長大な回廊だった。
その回廊の脇に添えられている寸法らしき数字を見て俺は目を疑った。
「全長六百メートル、幅百メートル……全高百メートルって本当なのか?」
ケネディ宇宙センターの宇宙船組み立て棟並の大きさだぞ……
そんな巨大な空間を地下に作ったのか?
「もともとここは吹き抜け空洞があったらしい。火山の火口だったとかマグマ溜まりだったとか言われている」
兄のマルクが答えてくれたが、多少俺は冷や汗をかいた。
この空間なら、ヘラドーンのような巨大な竜も飛べてしまうかもしれんな……
俺が顎を当てて、その地形で取れる戦術を考えていると、資料室の入り口から学芸員さんが俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
「大展示室への入室許可が出ました」
*
展示員さんに言われて、俺たちは市立博物館の東側にある大展示室の建屋に案内される。
開かれた扉の先は圧巻だった。
四方の壁面、天井と一面に、襲い来る竜と逃げ惑う人間、そして軍隊や戦車が戦っている様子が、写実的なタッチで描かれている。
俺は実際に行ったことはないが、ミケランジェロの大作『最後の審判』があるシスティーナ礼拝堂というのはこんな感じなのかもしれない。
「ゲネリッヒさんというのは、芸術家だったのか……」
「ああ、画家であり、ドワーフ当代最高の技術者だった」
俺が漏らした言葉に、兄のマルクが答えてくれた。
本当に、ルネッサンスの天才的巨匠みたいな人だったんだな。
入口から真正面の一際目を引く大絵画。
そこには恐怖のすべてを具現化したような、巨大な赤竜の姿がある。
絵は、その赤竜が、こちらへ向かってくる車両を追いすがっているような構図になっていた。
赤竜の姿――それは、床面から天井まで、かなり首を上に傾けて見上げないと頭長部が見えないぐらいに巨大だ。
「ヘラドーンってこんなに大きいの……」
ラティーナが呆然とした表情で漏らした。
基本的なフォルムは、ホバルク村で倒した赤竜伯グラオギルスと同じだが、頭部の左右から生えた山羊角は長くて節くれだっており、表情はより凶悪に見える。
もしこれが本当の大きさだとするなら、正面に描かれている三号突撃砲のサイズから計算すると、ヘラドーンの全高は十五メートル程度になってしまう。
グラオギルスの約二倍の大きさ。
90式の全高約三メートルに対しては五倍の巨体だ。
「ヘラドーンは成竜で、かなり歳を経ていますから……」
エチカが苦いものを噛んだような表情で言った。
ドラゴン族に詳しいエチカが肯定するというなら、本当のサイズなのだろう。
これだと、全長は五十メートルに達するかもしれない。
全長に関してはギャンガラドより長いが、ギャンガラドは骨太な体躯だったので、重さに関しては空を飛ぶヘラドーンの方が軽いかもしれないが……
本当にドラゴンというのは驚愕の生物だ。
しかし、俺は既に別のところに目を奪われていた。
正面の壁面画は、三号突撃砲が大展示室の出口、すなわち俺たちがいる側に向かって、疾走して向かってくるように描かれている。
それを、巨大な竜が後ろから追いかけて、火を噴いている。
突撃砲は回転砲塔ではなく、固定砲塔だから、背後には攻撃できない。
第二次世界大戦の戦車は火炎耐性も断熱性もほとんどないから、ヘラドーンレベルのブレスを背後から吹き付けられては、ひとたまりもなかっただろう。
乗員は即時に黒焦げか、蒸し焼きになったはずだ。
これが、三号突撃砲がヘラドーンに挑んだ最後の姿。
これが九十年前の先鋭兵器が、ドラゴンというファンタジーの最高峰魔獣に敗北した理由。
……ヘラドーンは、シャーマンの76ミリも弾いたギャンガラドと同等の防御力を持っていながら、三突と正面から戦わず、バックアタックを選んだのか……
しかし――
もう一度、逃げてこちらへ向かっているように描かれている戦車の様子を確認してみる。
左右についた増加装甲板……HEAT弾対策のシェルツェン、それに機銃座に付けられた防盾……
「これは三号突撃砲G型か。長砲身の後期タイプ……」
そして三号突撃砲が走っているのは、橋のような場所だ。
左右は漆黒の闇で、おそらくは断崖か、川か堀なのだろうか。
突撃砲がそこを走って、ヘラドーンから逃げているような形になっているのは、《《そこ》》しか走る場所がないからだ。
九十年前の戦車はそうするしかなかった。
90式戦車なら……?
第三世代戦車トップクラスなら、どう戦う?
つまり……
いや、結論付けるのはまだ早い。
もっと注意深く、絵画を観察してみないと。
重要なのはヘラドーンの背後だ。
そこは単なる闇ではなかった。
鍾乳石のようなものが見える。
つまり天井がかすかに見える空間ということ。
そしてヘラドーンの背後の遠景には、遠ざかっていく神殿のような外壁が描かれている。
ヨルダンにあるペトラ遺跡のような壁面神殿だ。
おそらくはあの神殿の出口から逃げてきた突撃砲は、この一本道を通り、それに追いすがる様にヘラドーンが出てきて……
もう一度、資料室に帰って図面を確認してみる必要があるが、記憶が確かなら、この道は……
「この場所は、謁見の回廊から続く大橋だな。この戦車が逃げてくる先には、山脈の尾根へ続く出口があったのだが……逃げるのが間に合わなかったようだな」
ルイドルフがくれた言葉で、俺は確信する。
「……モトム様?」
俺は、絵画を食い入るように観察しながら、思わず笑みを浮かべていたらしい。
後からエチカに教えてもらった。
発見の快感をこらえきれずに、口元が緩んだのだ。
エチカの言った言葉も鍵だった。
『ヘラドーンは成竜で、歳を経た竜だから』
歳を経た竜だから、巨大。
そして性格は狡猾ではあっても、傲慢で狭量で短気――
――《《だから必ずそうする》》。
「――作戦が決まった。これでヘラドーンに勝てる」
多少こらえきれず、俺は漏らした。
「エ……?」
ラティーナとエチカが不思議なものを見るような目で俺を見る。
「モトム様? 本当ですか……?」




