第42話 ニンテンブルグ鉄工所2 【坑道の地図】
俺たちはニンテンブルグ兄弟にヘラドーンの住んでいる鉱山の様子を聞くために、リバイアストンの鉄工所を訪問することにした。
技術好きな兄弟に手土産としてカメレオンネットの効果も見せたいので、戦車のままでリバイアストンの南門に行く。
地竜伯ギャンガラドに破壊された南門は、ほぼ修復が終わりかけている。
さすがシャルピュイユの棟梁は仕事が速い。
俺たちは基本的に門は顔パスになっているのだが、歩哨の兵士が少し待っていてくれと言って、内門の詰め所の中に入っていった。
おかしいな。
ギャンガラドを倒してからこれまで、何回か90式で通っているけど、呼び止められたことなんかないのだが。
十分ほど待っていると、内門のところに見知った将校がやってきた。
コクトー評議員の息子、ジバル・コクトー准将だ。
「ジバル准将! どうしてこちらに?」
「配置転換だよ。都市防衛の任を受けた。久しぶりだね、フジワラ卿に、ラティーナ少尉、エチカ少尉。元気そうでよかった」
「「お久しぶりです!!」」
ラティーナもエチカも元気に敬礼して挨拶する。
ジバル准将とはマステマーシュ防衛戦で一緒に地竜と戦った仲だ。
戦友みたいなものだし、マステマーシュに置いていったステファニーとフェンリエッタの面倒も見てくれたりと、色々と恩義や交友がある。
彼の親父さんとのことも含めて、浅からぬ縁だ。
詰め所で珈琲か紅茶でもご馳走すると言われたので、戦車を城門の脇に停めて、ご相伴にあずかることにした。
席について二角帽子を脱いで机の上に置くと、准将は足を組んで話し出した。
「ルキフグッサへの潜入を打診されたそうだね」
「お耳に入っておりましたか」
「申し訳ないが、市も軍も君たちに頼らざるを得ない状況だな。私に何か力になれることがあれば、遠慮なく行ってくれ」
「ねえ、モトム。あの本のこと、もしかしたら息子さんだから知ってるんじゃないかな?」
ラティーナが紅茶を啜りながら、エルフ耳をぴこぴこ動かして俺に言ってきた。
「ああ! そうだな?」
「そうですね。どんな見た目だったかとか、せめて題名さえわかれば……」
エチカもそう言った。
そうそう。
なぜかコクトー評議員は本の題名すら思い出せないと言っていたんだよな。
もしかして年嵩が行っているから、少し記憶力が衰えてきたのか?
なんて思ったが、何百年も生きているエルフが人間と同じで痴呆症になったりするかどうかはわからんな。
「本とは? なにかね?」
「コクトー評議員から、九十年前の戦争のことを書いた本を市立図書館に寄贈したと教えてもらって、それを探しているのですが……」
俺はコクトー評議員から聞いた、ドワーフのゲネリッヒという人が書いたという、三号突撃砲とヘラドーンの戦いの顛末を知りたいということを話した。
あと、売れ行きが芳しくなかったので、嘆いていたことも。
俺が説明を終えると、なぜだか准将はこめかみに手を当ててしばし目をつぶった。
「なるほど……父は英邁な人物なのだが、その……それでも寄る年波には勝てないのかもしれんな」
あれ?
これはどういう意味だろう。
「実際はね、父は書籍を作ったわけではない。父は博物館の展示品に解説文を寄稿しただけなんだ。その展示品自体、市への寄付だったし、大々的に公開もされなかったから、売れるも何も……」
何だって?
じゃあ、図書館に寄贈もしていないってことか?
出版したものだと思いこんでいたってことか……何でそんな勘違いを。
割と真剣に書庫を隅から隅まで捜索していた時間を思いやって、俺はラティーナとエチカと一緒に苦い顔をした。
「何せ、その文を書いていたのは八十年も前のことだからね。記憶が捻じ曲げられてしまったのだろう……」
「では、九十年前の戦争について書かれた資料というのはどこにあるのですか?」
「市立博物館に展示されているが……確か非公開になっているんじゃなかったかな。待っていたまえ。私が閲覧の申請書を書いてあげよう」
おお。
とても助かるなあ。
本当にコクトーの、息子さんの方は有能だ。
……まあ、親父さんの方も優秀ではあるのだが。
勘違いで無駄足踏まされたことに、若干苛立ってしまったかも。
ともかく、博物館に情報があることがわかったし、ジバル准将の紹介状を手に入れたから、これでまた一歩目標に近づいた。
俺たちはまずニンテンブルグ兄弟の鉄工所でルキフグッサのことを聞いてから、その足で博物館に行くということで段取りを決めた。
『ふえー、これが鉄工所……すごいところだね』
「ラティーナはここ来るの初めてだったな」
リバイアストンの鉄工所区画を90式で疾走し、早々に兄弟のいる高炉の隣の作業場へ乗り付ける。
マルクとルイドルフの、同じ顔をした兄弟が戦車の駆動音を聞きつけて外に出てきた。
二人は初めて間近で90を見て、しばらく棒立ちになり、まるで天使の降臨を見たかのような恍惚とした表情をしていた。
「これは……まるで神が作ったかのような逸品だな」
本当に神々しさを感じていたらしい。
ちなみに今しゃべったのは、左に立っている弟のルイドルフだ。
俺は何度か会ううちに兄弟の見分けがつくようになった。
同じ技術者のニンテンブルグ兄弟が知的な衝撃を受けて感動している様を見るのは気持ちがいい。
「もう一つ、見て欲しいものがあるんだ」
俺は戦車のフロントに立ちながら兄弟ににやけ顔のまま告げる。
「ネットを準備します」
エチカとラティーナと一緒に、バスケットに入れたネットを広げて90式にかぶせる。
カメレオンネットも常識をはるかに超えた逸品だから、兄弟も再度たまげるだろうな。
「じゃあ、さっそくやるねー!」
ネットをかぶせた砲塔の上から、ラティーナが元気に叫ぶ。
俺はサムズアップでそれに応える。
ラティーナが魔法陣にわずかに魔力を込めると、『シュッ』という音がして、ネットの色合いが変わり、数秒後には周りの景色と完全に同化して境がわからなくなる。
「はっ⁈」
「消えた……⁈」
「なんじゃあこりゃあ!!」
マルクとルイドルフが変わるがわる声を上げる。
中々良いリアクション。
「これは……完全に周りに同化してるのか」
「驚いたな。どういう品だ……」
「こんなの使っていったい何をするつもりなんじゃ?」
「ルキフグッサに潜入し、赤竜公と戦う」
俺が堂々と言い放つと、兄弟の顔に冷や汗が浮かんだ。
ちょっと格好付けすぎたかな? と思って頭の後ろをポリポリ掻いていると、急に、兄のマイクが前に出てきて、俺の手を握ってきた。
「何でも協力する。同胞の仇を討ちたい」
剣幕がすごかったので、気圧されてしまう。
「あ、ああ……」
「怨敵、赤竜公をどうか……倒してくれ」
次いで、弟のルイドルフも、俺の手を握っているマルクの手に乗せてくる。
なんとも熱い想いだ。
なるほど……理由が分かった。
彼らは、ルキフグッサから脱出してきたという話だった。
その際に、何人も赤竜たちの襲撃で犠牲になったんだろうな……
それに……
つい最近、ヘラドーンはルキフグッサの市民、八万人を虐殺したのだ。
その中にはこの兄弟の親類縁者もいたのかもしれない。
これなら、俺たちの目的、ルキフグッサ潜入後の地形把握について積極的な協力を得られそうだ。
「なるほど、ダンタリオ坑道の入り口の位置や、地形が知りたいのか」
実際にはルキフグッサの鉱山は、ダンタリオ坑道という名前らしい。
「そこで赤竜公と決戦するつもりか……」
「ああ、赤竜公が鉱山の中の、神殿に住んでいるという情報をキャッチしたんだ」
俺がそう言うと、兄のマイクが弟のルイドルフを後ろ指で指した。
「ルイドルフは、ルキフグッサにいた時、ダンタリオ坑道の延伸設計を担当したことがあってな」
「わしから説明する」
そしてルイドルフは話し出した。
「まずダンタリオ坑道の基本構造だが、元々あった古代遺跡を基盤にして、坑道を伸ばし、山脈中に伸びている」
「どれくらいの広さなの?」
「ルキフグッサ市内にある坑道入口からだと、南北に三十キロメートルはある」
「三十キロメートルも地下空間が伸びているってこと?」
「ああ。だが、そこで竜が住めるのは全部の空間じゃない。ルキフグッサ側にある正面入り口から、中央にあるセーレ大神殿の出口ぐらいまでだな。竜が住めるのは。そこから先は単なる洞窟で、竜のサイズでは入れん」
「セーレ……古ドワーフ語で<高炉>という意味ですね」
エチカがルイドルフの発言を拾って補足した。
「嬢ちゃん、良く知っとるの。実際、巨大な吹き抜けがあっての。そこに高炉を作って、取れた鉄鉱石をすぐに加工していた。今はもう、竜たちに破壊されてしまったかもしれんが」
高炉まで設置していたとは。
かなり大規模な地下空間があるんだな……。
場所を選ばないと、空を飛ばれてしまう可能性があるな。
「セーレ大神殿、そこに赤竜公がいるのかな……」
ラティーナが言った。
「多分そうだろう。新大陸ではドワーフは王政をやめていたが、一応習慣でね。玉座みたいなものも作っていた」
「傲慢な竜族なら玉座を好みそうだ」
ルイドルフとマイクがかわるがわる答えた。
「うーん、地図でもあれば作戦が立てやすいんだけどな……」
「ダンタリオ坑道やセーレ大神殿の地図なら、ルキフグッサから引き揚げた時に持ってきた荷物の中にあったぞ。ルキフグッサ周辺の地図もあるはず」
兄のマイクがポツリと気になる情報を出した。
「え⁈ 本当ですか? それ、見せてもらうことってできますか?」
「ここにはないな……あれは……ゲネリッヒさんの持ち物だったから」
兄弟はコクトーの友人だったというヘラドーン戦の目撃者、ゲネリッヒ氏も知っているのか。
「確か、記念事業か何かで地図は博物館に寄贈されたはずだぞ」
弟のルイドルフの追加情報。
おいおい。
何か一つの線に繋がってきたな……!
今は全部、市立博物館に情報が集まっているのか。
「「よし、わしらも一緒に行って説明しよう」」
マイクとルドルフが同時に同行を提案してくれた。
俺はラティーナとエチカと顔を見合わせ、確認のために、三人同時に頷いた。
全員で市立博物館に行って、ルキフグッサ周辺の地形と、坑道の内部図面を抑える。
そして、三突がどうやってヘラドーンと戦ったかも同時に調べる。




