第38話 赤竜王マカフシュ2 【事情聴取】
「さて、何からお話ししようかな」
流石に身なりが汚すぎてそのままでは不衛生なので、タオルを持ってきてもらって、マカフシュにあげた。
席に座って顔を拭きながら、マカフシュは語り出した。
「まず、モトムさんに答えておくけど、僕は転生者ではあるけど、完全に記憶を受け継いでいない。僕は失敗作なんだ」
平然と言われたが、やっぱり転生者なのか。
そして、続けて言われた内容も驚き。
「……えっ、何? 転生って失敗するの?」
「そう、現代人の感覚からすると意外に思うよね。でもよく考えてみると、毎回成功例ばっかりっておかしいよね」
「おお……」
この発言には、ちょっと感銘を受けた気がする。
確かにそうだ。
実験でも何でも、全部が全部、まともにうまくいく方がおかしい。
仮に安定期に入ったシステムでも、エラー発生率0パーセントなんてことはありえない。
自動車事故だってゼロにはならないしな。
転生が何らかのシステムだとしても、想定外の事態によるエラーは必ず起こるだろう。
完全に記憶を引き継いでいる転生があるなら、半分しか引き継がなかった例があってもおかしくはないだろう。
「じゃあ、マカフシュは前世の記憶が全部あるわけじゃないってことか?」
「そう。僕は現代日本の知識はポツポツ出てくるんだけど、自分が誰だったかとかは覚えていないんだよね。体系的な技術や知識も出てこないから、現代知識無双もできない」
両手の平を上に向けて、やれやれポーズを取るマカフシュ。
聞いてみると、不都合の多そうな転生だな……
ちょっと同情したかも。
「で、君は人類には敵対するつもりはないってことなのか?」
「そうだよ。ずっと人類を支配できると思っていない竜族も何人かいるんだ。かなり少ないけど。共存を望む者もいる。僕は出来損ないだから、尚更ね」
出来損ないっていうのはどういう意味なんだろうか?
中途半端に転生したことかな?
「何で竜族は戦争を仕掛けてくるんだ?」
「うーん、それは僕の口から言うのはちょっと……」
そう答えると、マカフシュはエチカをチラリと見た。
なんだ?
エチカと何が関係ある?
「そうだなあ。まず、古代の竜族は旧大陸で人類を支配して帝国を作っていた。これは知ってる?」
「ああ」
それはコクトー評議員やエチカから教えてもらった。
エルフ以外の人間や亜人種はドラゴンの奴隷だったんだよな。
「でも、最近になって、人間が竜族に対抗できる力を持ち始めた。科学と魔法の融合――それで、将来を危惧した竜帝たちは、新大陸に移ることにした」
「ふーん……しかし、カノン砲程度なら、小さい竜は倒せても大型は倒せなかったぞ。九十年前の戦争でも圧勝したんだろ? 何をそんなに恐れているんだ?」
「今の時点ではここまでしか話せないかな……後はエチカさんと話し合って」
またエチカ?
彼女と何が関係あるんだろう?
「他に聞きたいことはある?」
うーん。
マカフシュは全部本当のことを教えてくれているのだろうか?
……多分、自分に都合の良いことしか話してないんだろうな。
全部鵜呑みにするのは危険か。
現代日本人だったから、人類と敵対したり虐殺したりはしたくない、っていうのは本心だろうけど。
「モトムさん、ヘラドーンと戦うつもりなんでしょ? 90式戦車だっけ? 確かに強い兵器だけど、ヘラドーン相手だと……」
「ヘラドーンはそんなに強いのか?」
「高位の竜族は魔法が得意だから、砲弾を逸らす力がある。ギャンガラドもそうだったでしょ?」
確かに、魔法障壁が強くなるのは厄介なんだよな。
しかし――
「でも、ギャンガラドは倒せたぞ?」
「彼は単細胞だったからね。真正面から向かってきたんでしょ? ヘラドーンは狡猾なんだ。絶対に表には出てこないだろう」
強くて硬い上に、用心深いのか……。
本当に厄介な相手だな。
「やっぱりドールゼフォンみたいに、身を隠す方法がないと近づけないのか……」
「あっ、玄神霊の指輪のこと?」
「……おっ、もしかしてどこにあるか知っているのか?」
もしかしてマカフシュが指輪の場所を知ってたりする?
あるいは指輪の仕組みを知ってれば、それを応用して何かできるかも。
そう期待した俺だったが――
「そんなの手に入っても使えないよ。あれはドールゼフォンの転生特典だし、ディコーンの王族である彼にしか使えない」
「ええ……」
色々びっくりすることを、連続で打ち明けてくれるマカフシュ。
理解が追い付かない。
古の英雄様は転生者だったのかよ。
それに……
「エチカ、本当なの? あ、いや……知ってる? その……ドールゼフォンがディコーン族だったってこと」
「……はい、本当です。ドールゼフォンは元ディコーン族の王族でした」
「そして今の金竜帝ドールゼフォン。人類がドラゴンカースを気にせずに名前を呼べる、唯一の竜帝だね」
何ですと?
「え? 人類最大の英雄は今は竜帝ってこと? もしかして玄神霊の指輪も、まだドールゼフォンが持ってる?」
「そういうこと。だからヘラドーンを倒すのには使えない」
え?
ていうか、人類からドラゴンになれるの?
今の話からすると、なれるってことだよな――一体どういうことなんだろう?
……指輪についてはがっかりだな。
手に入らないなら研究もできない。
しかし、マカフシュはどうしてこんなに竜族の内部事情を教えてくれるんだろう?
同じ元日本人だからって気前良すぎではないか?
今は敵対している勢力に所属しているのに。
「ところで――何で赤竜王さんはヘラドーンを倒すのに協力的なんだ?」
「別にヘラドーンは味方じゃないからね。彼は赤竜帝の地位を狙ってるんだ」
「赤竜帝の地位? 簒奪ってことか?」
「うん。彼は野心家なんだ。竜族の成り上がりシステムは単純で、戦いで獲得した支配地の面積が、現竜帝の獲得面積を超えたら、挑戦権が得られるんだ。その挑戦で勝利した方が新しい竜帝」
何というか、脳筋な運営システムだな……
「今ヘラドーンは、リバイアストン攻略のために兵力を結集している。ニューシャルマニアを手に入れれば、丁度、竜帝への挑戦権が得られるって息巻いてたよ。よく息子の前で、その父親を倒す話なんてできるよね」
またやれやれポーズを取るマカフシュ。
こいつ、そのポーズ好きなんだな。
「君、もしかしてヘラドーンに会って来たってことか?」
「うん。近くまで来たから、挨拶がてらね。ついでに、もう人間を無意味に殺すのは止めたら? 交渉でも領土獲得できるでしょ、って言ったら激怒してたよ。相変わらず、叔父さんは短気なんだよね」
「叔父さん??」
「母方のね」
血縁関係もあるのか……
まあ竜族だって生き物だから、あってもおかしくないのかもしれないが……
もうびっくりし通しである。
赤竜王なんていうのが街中で行き倒れているだけでも頭を抱える珍事なのに……
「あれ? そういえば君、何でリバイアストンに来たの?」
「観光!」
高らかにそう言うと、にかっと笑ってVサインするマカフシュ。
おいおい。
この殺伐としたニューシャルマニアで観光って。
随分とそぐわない言葉だな。
「観光に来たのにどうして行き倒れているんだ? しかも竜族の中でも身分高いんだろ? 何で路銀すら持っていないんだ?」
「それは語るも涙、聞くも涙な事情が」
深い理由があるのか?
「実はお付きの子がいて、その子と一緒に旅をしていたんだ。財布はその子が持っていたんだけど……」
「……はぐれたのか」
結局ただの迷子だった。
ドラゴンに戻ってその辺の野生動物とか食えばいいんじゃないの? と思ったが、いきなりドラゴン現れたら大騒ぎになるか。
というか俺に討伐依頼が来るな。
「あとは、リバイアストンで冒険者やってみたくて。ホラ、メディナ大迷宮があるでしょ?」
ああ、カンテラート大森林の中にあるやつか。
古代の遺物が沢山出るっていう。
そういえば、俺たちはまだそこに行ったことないな。
「モトム、すごいね……よくこの子と普通に話せるね……」
ラティーナが、痺れを切らしたかのように俺の肩を突いてきた。
やっぱりまだマカフシュのことが怖いのかな?
「種族はともかく、王様なんだよね? 私王様にはさすがに会ったことないかな……」
そういやそうだった。
人間にしたら、皇帝の息子で皇太子でもあるんだよな。
おまけに絶大な力を持つはずの赤竜の王。
そんな相手に、何でタメ口でずけずけと話せるかとかと言うと、なんだか他人の気がしないからだ。
同郷出身だし、何となく世代も近い気がする。
あれ?
マカフシュは見た目子供だけど、いつ転生してきたんだろう?
話している内容からすると、最近の人間の気はするけど……
「まあ、僕とモトム兄さんはご飯を奢りあったダチだからね」
おい。
語弊があるだろ。
俺が一方的に奢っただけだ。
「ダチだから……またこの食堂に来てもいいよね?」
マカフシュは人差し指を合わせて、上目遣いで懇願するように言った。
こいつ……この食堂に入り浸りそうだな。
もしかしたら、日本の味が恋しいのかもしれないな……。
ふむ。
なんとなく、こいつはあまり害が無さそうな気がする。
スパイ、という線も一瞬考えたが、竜王が独りでそんな役をやっているなんて矛盾極まりないしな。
それになんか、俺と同じ間抜けオーラを感じるんだよな……
飯を奢って恩を売っておけば、色々と情報をくれるかも?
「マカフシュ様! こちらにいらっしゃいますか!」
俺が打算的な思考をしていると、ドアの外から威勢の良さそうな女性の声がした。




